17 開店準備中
――セブンツリー仮設訓練所。
水が豊富に湧いて、建築資材も余裕が出て、開発が急ピッチで進んでいる。
キャバクラ一号店の建設も進んでいる。チルチルの小道具開発も進んでいる。
となると次は、ホステスを育てる段階だ。
オレは奴隷や労働希望者の中から、ホステスに向いてそうな女の子を六人選んだ。
そして今日が研修一日目。
ホステス候補生たちが、恥ずかしそうに席に座っている。
部屋の入口の所にはクライヴが眉間にシワを寄せて立っている。不本意って顔に書いてあるぜ。
部屋の中には二人掛けのソファとローテーブル。
「本当に……やるんですか?」
アマーリエがどこか不安そうにオレに言う。
「おうとも! まずは実演だ。ちゃんと見てろよー?」
オレはボーイの黒服を着て、長髪のカツラをかぶって、颯爽と登場してクライヴの元へ向かった。
「は~い、いらっしゃいませ~♡ 本日お席ご案内しますね~♡♡」
満面の作り笑顔で、指定席にお客様役のクライヴを案内する。
今日のオレは王子じゃない。ホステスのユーリアちゃんだ。ドレスも着たかったがアマーリエにものすごく嫌そうな顔をされたのであきらめた。
「…………」
終始無言のクライヴを席に座らせ、隣に座る。
さー今日はオレの接待っぷりを見せてやるぜ。お前ら、ちゃんと見てろよ?
「うふっ♡ ユーリアです♡ 今日は初めてですか~? どこからいらしたんですかぁ~?」
「……聖王国近衛騎士団、第一部隊所属。護衛任務の合間だ」
「すっごーい! お仕事大変なんですね~♡ その剣、すっごく立派で重そう~! お名前はなんておっしゃるんですかぁ」
「……クライヴ」
「わたしの好きなタイプの名前~! クライヴ様って、やっぱ強いんですかぁ~?」
「まあ……それなりに」
「うわー♡ 頼れるぅ~! 守ってほしい~!♡♡」
ホステス候補生たちが圧倒されている。アマーリエが顔を覆っている。
クライヴは相変わらず眉間にシワを寄せている。
「ねぇ、最近お疲れじゃないですか? 眉間にシワ寄ってますよぉ~? いっぱい癒してあげますから、いっぱい飲んでくださいね♡」
黒服見習いが運んできた氷と酒で水割りを二つ作る。
「はい、まずはかんぱ~い♡ お酒のお供に、わたしの秘密♡ 聞きたいですか~?」
「……任務に支障が出なければ」
「な~んて真面目な人ぉ~! でもそういうとこ、好きですよ♡」
さりげなく服の袖をまくり、わざとらしくウインクして、グラスに口を付け――ずに、テーブルに置く。
「わたしの秘密、一つ目♡ わたし……年上の人に守られるのが好きなんです♡ だって、安心できるじゃないですかぁ~?♡」
「…………」
おい、さらに眉間にシワを寄せるな。
オレはホステス候補生たちの方を見る。
「……これが擬似恋愛空間ってやつだ。見てたやつら、ポイントわかったか?」
完全に圧倒されてるのか静まり返ってるぜ。
よし、解説してやろう。
「いいか、いまのは基本の『疑似恋愛+安心の型』だ」
なんか技名みたいでカッコいいだろ?
「ただチヤホヤするだけじゃだめ。この子、オレに気があるかもって思わせて、でもガチじゃないって空気も同時に出すのがミソ。誤解させすぎるとガチ恋になって厄介だからな」
下手すりゃ刺されるからな、いやマジで。
「ま、危ない客がいたら黒服がちゃーんと守ってくれるから安心しろ」
オレは一人一人の顔を見る。
「いいか、お前ら――ホステスってのは、相手が主役になれる空間を作る仕事だ」
「大事なのは相手にしゃべらせること、気分よく飲ませること、ちょっとドキッとさせること」
オレは言いながら黒服衣装の首元を緩める。
ホステス候補生たちがかすかに息をつめたのが伝わってくる。
さっきクライヴ接客中に、袖をまくったのもそう。
ちょっとしたガードの緩めは効果が高い。
「でも誤解させすぎるとガチ恋になって厄介だからな、本気の空気は出さないように」
だからちょっと冗談っぽく話すのもも大事なテクだ。
「こっちが楽しいと、相手も楽しい。会話は鏡だ。自信がなくても、明るく堂々とだ。話している内容よりも、声や表情の方が大事だからな。女の子が笑っていたら、男はそれだけで嬉しい」
言いながら、酒の入ったままのグラスを指差す。
「あと、相手の飲むペースと機嫌を常に見ておけ。ボトルが減ってきたら『もう一本いっときますぅ?』が自然に言えるようにしておけよ」
これは営業の基本。こっちから声をかけると、断るやつはあまりいない。
「あと酒は客の目の前で作るのが大事だ。あなたのために、って見せてやるんだ」
「先生すごい……」
「なんか……かっこいい……」
おう、もっと言っていいぞ。
「何か質問はあるか?」
「はい! クライヴ様、いまどんなお気持ちですか?」
そっちかよ!
「騎士の矜持が、試されている気がしました……」
「ん? 脈あり? 次指名もらえる?」
ノリノリで笑っていると、アマーリエが割って入ってくる。
「もうやめて差し上げてください……!」
◆
「それじゃ次は、お互いを接客しあってみるか。意外とすげー勉強になるんだぜ」
そう言ってオレが手を叩くと、ホステス候補生たちはわらわらと視線を交わしはじめた。
恥ずかしがってモジモジしてる子、やる気満々で張り切ってる子、もう逃げたいって顔してる子。いいね、個性が出てきたな。
「よし、じゃあ――アイリスとマリア、ペア組んでみて?」
「えっ、あ、あたしが……?」
「ぎ、疑似恋愛って……その、同性でもやるんですか?」
「やるんだよ! これがな、けっこう実になるんだって!」
顔を真っ赤にしながら、二人が向かい合って座る。
「よし、じゃあアイリス、お前がホステス役な。いってみようか?」
「あ、あのっ……いらっしゃいませぇ♡ お、お名前は……?」
「マ、マリアです……♡」
「今日は初めてですか? あっ、緊張してます? お、お水飲みますか?」
「は、はい……緊張してて……うふふ……」
互いに赤くなりながらへろへろ会話してるのが尊い。
「――ほらな。お互い接客しあうと、客がどう感じてるかもわかるんだ。目線、口調、しぐさ、言葉――全部参考になるからな。練習しあえよ」
全員力強く頷く。
こいつらは絶対に成長する。オレはそう確信した。




