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13 人がこんなに押しかけてくるなんて聞いてない




 明るいの日差しが差し込む執務室の中、オレは机に向かって紙と格闘していた。


 いや、事務仕事じゃない。折り紙だ。


 机の上の紙の束をなんとなく眺めてたら、無性に折りたくなったんだよ。いまは紙飛行機を試作中。バカにするなよ、これでも気分転換とアイデア出しにはなるんだ。たぶん。


 仕方ねーじゃん。オレ、この世界の事務仕事わかんねぇの。

 サインは一応教わったけど、サインするだけの仕事ってすごい虚無感なの。


 これ、オレである必要ある? ないよね? ――って。

 世の偉いさんってすごいよな。皆、サインし続ける仕事してんだろ? なんかそういう場面、マンガとかでよく見た。


 オレには無理だわ。


 それにしてもオレ、夜型だったのにすっかりすっかり昼夜逆転しちゃって真人間みたい。やだなぁ。オールが基本だったのに。この世界の夜、暗すぎるんだよ。


 ちなみにクライヴは部屋の外に立たせている。中にいると気が散るからな。


 その時、外からバタバタと足音が聞こえてくる。

 外のクライヴとなんか話した後、執務室のドアが開いた。


「殿下、大変です! セブンツリーに大勢の人が押し寄せています!」

「んー、オレに治してもらいたいって人たちが来た?」


 とりあえず、折った紙飛行機をひょいと飛ばす。

 王都で結構派手にぶちかましたからな。噂が噂を呼んで、奇跡にすがりたい人がそろそろ来るはずだと思ってた。


「それも大勢いますが、移住希望者がたくさん来ているんです!」

「は?」


 ルカくんの頭上をひゅっとかすめた紙飛行機が、床にペタンと落ちた。


 移住希望者――王都から?


 マジかよ。想定よりだいぶ早いんですけど。オレまだ街、建て終わってないぞ。

 うーん、王都のニナさんが紹介してくれたのか?


 その時、ドタバタと別の部下たちが次々に駆け込んできた。


「殿下、宿泊所が足りません!」

「殿下、建築資材も底をつきかけています!」

「このままでは食料も、井戸の水も足りません――!」


 ちょ、待て。一気に言うな。


 水がないって、それシャレになんねーだろ。命に関わるやつじゃん。日本でも水道止められるのは一番あとだぞ。


 ――だが、オレはこの世界の仕組みなんてまだほとんどわかってない。政治とか役所とか、マジで無理。社会科赤点のオレに、行政処理なんてできるわけがねえ。


 だから、こういうときは――頼れるやつに丸投げするに限る!


 オレは立ち上がるなり、迷いなくアマーリエの元へ――彼女の執務室に突進した。


「――アマーリエ! なんとかしてくれ~!!」

「もう、仕方ないですね。各地の商人ギルドに緊急調達依頼を出します。信徒の寄進も利用します!」


 アマーリエは水を得た魚のように、迷いなく動き始めた。


「マジで女神……」





 アマーリエは部下たちと共に、執務机でものすごい勢いであちこちに指示を飛ばし始める。

 オレはマスコットのようにちょこんと隣にいるしかない。


「いいですか、ユーリ様。事務処理は順序が大切です」

「うん」

「まずは門で移住希望者と治療希望者に分けて、列整理をしていきます」

「うん」


 完全に頷くだけの置物だ。東北の土産物にこんなのなかった? 確か赤べこ。オレ、赤べこ王子。

 さらには書類にサインまで求められる。

 クソ、またサインか。ハンコ作らねぇ? 誰でも押せるようにさぁ。


「移住希望者には、出身・職業・家族構成・持参資金などを記録し、戸籍を登録します」

「あ、いままで何やってきたかとか、趣味とか特技とかも聞いといて」


 あとで仕事を振りやすくなるからさ。


「わかりました。身元保証のない者はどうしますか? そのまま入れると、犯罪者が流入するリスクがありますが」

「ん? わかんねぇ。適当にしといて」

「了解しました。他の人たちとは別のところでいったん待ってもらうようにします」


 アマーリエはそう言いながら凄まじいスピードで書類を作っていく。


「使用可能施設は既にリストアップしていますので、そちらに優先的に家族連れを収容しましょう。住居が足りなくなるのは確実なので、廃屋を応急で修繕します。使える建物を増やします」

「さっすがアマーリエ、頼りになる~」


 そこにまた外の様子を伝えに人が来る。

 そしてアマーリエとなんだかごちゃごちゃやり取りする。


 アマーリエがくるりとオレを見た。


「――ユーリ様、この事態を見越してか、食料と水を支援してくれる商人がいました。支援を受け入れますか?」


 えっ? もう支援がくるの? めちゃくちゃ早いな。鼻が利くな。

 たぶん王都からセブンツリーに向かう人の流れを見て、いち早く動いたんだろうな。有能。


「もっちろん!」


 断る理由なんてないだろ。


「後ほど、見返りを要求されると思いますが……」

「それでも背に腹は代えられないだろ。多分流通の一部でうちのルートを使えとか、優先的に出店させろとかだろ? 理不尽じゃなきゃいい」


 相手は商人。こっちは聖王子。

 無茶な要求はしてこないだろう。

 お互いウィンウィンな関係なら大歓迎。


「……あと、今後は交渉の際、ユーリ様の御名前を使わせていただくことになると思います」

「オレの名前でよけりゃ好きに使っといて。んじゃオレは、パァーっと神聖術使ってくるわ」


 治療希望者はさっさと治して、さっさと帰ってもらおう。

 遊ぶところとか土産物屋とか充実してたらお金落として帰ってもらうところだけど、いまはそもそも物資が足りない。

 だから、恩だけ売っておく。



◆◆◆



 快晴の空の下、セブンツリーの神殿前広場には、治療希望者たちの長い列ができていた。


 オレは斜め後ろを歩くクライヴの気配を背に、列の様子をひととおり確認していく。

 おお、ちゃんと並んでるな。意外と秩序あるじゃん――と思いきや、途中で小さな揉め事が起きているのが目に入った。


「どーしたの?」


 声をかけると、ひとりの男がこちらを振り返る。


 整えられた髪、装飾の施された衣服。見るからに自分を偉いと思ってそうな顔と態度。


「どうしたもこうしたもあるか! 私を庶民と一緒に並ばせるなど、どういうつもりか!!」

「……は?」


 なんだかめちゃくちゃ偉そうだな。貴族様かなんかか?


「早く聖王子殿下がいらっしゃる場所に案内しろ!」

「はいはーい、ご指名ありがと。オレが聖王子のユーリだよ」

「……は?」


 男は目を見開いたまま、悪い冗談を聞いたかのように言葉を詰まらせる。


「ふ、ふざけるな。聖王子殿下がこのような……」


 このような卑しい顔はしていないって?

 おんなじ身体なのにおっかしーなぁ。


 まあ、中身の卑しさが出てるんだろうね。

 前ユーリ様、どんだけ高潔な顔してたんだ?


「移住希望者じゃないんだろ? じゃあ治療希望者の列に並んで。ほらほら、早く並ばないとどんどん外の方になっちゃうよ。外側だと効かないかもよ」


 ちょっと茶化すように笑いながら、促す。


 横でクライヴが何か言いかけたが、オレは片手を上げて止めた。


「――殿下、こちらの方は――」

「いいよ、教えてくれなくて」


 どうせ覚えられないし。

 どんだけ偉いやつだったって、オレの前ではただの治療希望者。


「ほら、並んで並んで。痛いんだろ? 皆も痛がってるからさ。早く終わらせようぜ」


 ちょっと優しい声で言って、ちょっと笑うと、男は目を伏せるようにして黙り込み――しぶしぶ列の最後尾へと歩いていった。

 はい、よくできました。


 オレは神殿前の、広場の皆を見渡せる場所に上る。

 ぐるりと並んだ人々が、息をのんでこちらを見ていた。大部分は不安、そして期待。

 そんな顔すんなよ。でもまあ、治せなかったらごめんな。


 オレは両手をゆっくりと掲げる。

 たくさんの光がどこからともなく生まれ、ひとつひとつが広がりながら、人々の中に入っていく。


 驚きの声、歓声、涙ぐむ声。

 そしてオレを神様を見るみたいな目で見て、ひれ伏し始める。


 だからそれ、やめてくれって。立て立て。


「――みんな、気をつけて帰ってくれよな。治っていない人がいたら、奥の神殿の方に来て」


 オレは軽く手を振りながら、にっこりと笑って背を向けた。



◆◆◆



 夕方の陽が傾き始めたころ、仮説庁舎の奥、静かな執務室に足を踏み入れる。

 アマーリエはまだ机に向かっていた。重なった紙の山の間に、小さな体が埋もれるようにしてある。


 ――ずっと働きっぱなしなんだな。


「アマーリエ、マジでご苦労様。肩揉もうか? あ、神聖術の方がいい?」


 冗談半分で声をかけると、アマーリエはビクリと肩を震わせて、顔を上げた。


「か、肩なんて……っ、揉まれなくても……大丈夫ですっ!」


 顔を真っ赤にしながらも、頑なに言い張る。

 ……でも目元の疲れは隠せてない。


「んじゃ、神聖術ね」

「い、いえ神聖術を使っていただくほどではなく……」


 声が尻すぼみになる。


「……ユーリ様さえよろしければ、す……少しだけ……お願いしてもよろしいでしょうか……?」

「オッケー」


 アマーリエの後ろに回り、そっと肩に触れる。

 その肩は驚くほど細くて、そして硬くなっていた。


 ゆっくりと、優しく、痛くないように指を滑らせる。

 力を抜いて、丁寧に。


 オレ、肩揉むのうまいんだぜ。特に女の子のはな。よく褒められた。


「お前がいなかったら、この街一か月で崩壊してるわ。いやマジで」


 そう言いながら、両手を動かす。

 指の腹でじんわりと、蓄積した疲れを溶かしていくように。


「将来は大臣だな」


 アマーリエは振り返ろうとしたが、すぐにまた正面を向き直った。

 背中越しに、戸惑いと困惑が伝わってくる。


 オレは笑って、さらに一言。


「いや、ごめん。王妃だな」

「…………っ」


 手の下の肩がぴくりと跳ねる。


「こんな王妃がいたら、みんな幸せだわ、マジで」


 アマーリエ、耳まで赤くなっている。かわいいな。

 オレはちょっとしたいたずら心で、真っ赤になってる耳元で囁く。


「オレは――お前がいてくれて、助かってるよ。マジで」


 その瞬間、アマーリエの肩が、ほんの少しだけ震えた。

 オレはそれ以上は何も言わず、肩が温かくなるまでほぐし続けた。


 ――そういや、なんでアマーリエはオレ(前ユーリ様)の婚約者なんだろ。

 お互い好きになって恋人になって結婚の約束したのか?


 にしては男慣れしてなさすぎじゃね?


 ま、いーか。

 いまはこのお姫様と過ごす時間の方が大切だからな。







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