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11 即席ホストクラブへようこそ、お姫様



 アマーリエの手をそっと取り、ソファへ案内する。

 彼女は戸惑いながらも促されるまま腰を下ろす。オレはその隣じゃなくて、向かいのソファに座った。


 体験だからな。

 いきなり横並びに座るにはダメ。距離を詰めるのはもうちょっと段階を踏んでからだ。


 グラスに氷を入れて、ジュースの瓶を手に取取り、グラスに注ぐ。

 ただ注ぐ動作にも、美しく見える角度ってものがある。


ふと目を向けた先のアマーリエは、ぎこちなく背筋を伸ばしていた。

 肩がやけに硬い。緊張してるな。


 ジュースの瓶を置いて、グラスをアマーリエの方に寄せる。


「お姫様、緊張してる? ……なんなら、手、握っててもいいよ」


 グラスの横に手を置いたまま、じっと目を見つめる。視線を合わせたまま、静かに。


「え?」


 戸惑ったような声を漏らし、アマーリエは急に顔を赤らめる。

 小さな手を胸の前でぎゅっと組みしめて、視線を逸らすように俯いた。

 慣れてない姿が、可愛い。


「……あ、やべ。手が綺麗すぎて、口説き文句忘れたわ」


 言葉に詰まる彼女に、軽く冗談めかして言ってやると、アマーリエはさらに真っ赤になった。


 ジュースに手を伸ばして、彼女は勢いよくごくごくと飲む。

 落ち着きたいのか、逃避したいのか――そのどっちも、なんだろう。


「オレも、飲んでいい?」

「は、はい……もちろん」

「ありがと」


 自分のグラスにも氷を入れて、ジュースを注ぐ。

 そして一口。ああ、うまいな。


「お前が飲んだ分と、オレが飲む分が、オレの売り上げになって、お前の支払いになる。気をつけろよ」


 にやりと笑って告げる。

 雰囲気と酒と甘い言葉に酔わせて、何も考えないでいいようにしてあげる。

 ここでは虚勢なんていらない。現実のことは忘れればいい。ただ甘やかされて、甘えればいい。


 少しだけ、距離を詰める。


「いい匂い。オレ、好きかも」


 好き、かも――って断言しないのがホストのずるさだ。

 でも、本気でいい匂いだと思ってるんだぜ。本心からさ。


 アマーリエは顔を赤くしながら、グラスに残っていたジュースを飲み切った。

 オレはすぐにおかわりを注ぐ。


「――はい、二杯目。これもオレの売り上げ」


 ジュースだからいいけど、これが酒ならこいつすぐ酔いそうだな。危なっかしいなー。

 アマーリエはジュースで酔ってきたのか、ちょっと座った目でグラスを睨む。


「こ、これが……ホストクラブ……なんですか?」

「うん、そうだよ。オレはお仕事、キミはお客様」

「……どなたにも、このようなことを?」

「お客様全員に本気で恋してるつもりで接するのが、ホストですから」

「…………」


 グラスを見つめている顔が、ちょっと切なそうになる。


 オレは苦笑して、そのきれいな顔を覗き込んだ。


「……でもいまは……世界にひとりのお姫様と、キミだけの王子様だ」

 ――人間っていうのは、特別扱いに弱い。

 そして誰しも、承認欲求ってものがある。

 認めてほしいんだよ、誰かに。


 できたら、大切なひとに。


 オレはアマーリエの大切なひとじゃないけれど、アマーリエの大切なひとの姿をしている。


「……頑張ってくれてありがとな。感謝してるんだ、本当に。キミがいなかったらオレ、どうしていいかわからなかっただろうから」


 ひどい男だよな、ほんとに。

 でもこれは営業じゃなくて本心から。


「ユーリ様……」


 アマーリエの目元が、じわっと潤む。


「わ、わたくし……ご恩を返すつもりだったんですけれど……いまは……」


 声が震えている。


「……うん。聞かせて」

「いまは、あなたの進む未来を、見たいと思っています……」

「…………」

「あなたのしようとしていることは、わたくしにはまだよくわかりませんが……きっと、この世界に、必要なことなんです……」


 ――それは、前ユーリ様にじゃなくて。

 いまのオレに向けられた言葉だ。


 王子様とはかけ離れた俗物的なこと言って、俗物的なことやろうとしているのに、アマーリエはついてきてくれようとしている。


「……ありがと」


 言って、グラスに残っていたジュースを飲み切る。

 喉が渇いていたのか、ひどくうまく感じた。


「――さ、体験はここで終わり」


 いつも通りの軽い調子で言って立ち上がり、アマーリエに手を伸ばす。

 アマーリエの手を取って立たせて、オレは笑った。


「気をつけろよ。オレみたいな男はクセになるぜ?」


 アマーリエを部屋に送り届け、オレの自室に戻る。

 そしてそのまま着替えもせずに、窓辺の椅子に腰を掛けた。


 ――何やってんだ、オレ。


 ドキドキさせるのがホストなのに、ドキッとさせられてどうすんだ……


 しかも恩返しってなんだ?

 前ユーリ様、アマーリエに何をしてやったんだよ。

 考えてもわかるわけがないし、本人に聞くのもバツが悪い。


 あー、これはやべぇな。忘れよ。




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