丹波切り取り
天文14年(1545年) 7月
丹波国 桑田郡 数掛山城
「千熊丸様、美作守殿、この度は誠に有難う御座います!!」
この数掛山の城主、波多野秀親とその郎党達が俺や美作守殿に対して土下座で感謝している。これが土下座…したこともされたことも見たこともないのでかなり衝撃的だったが、ぶっちゃけ暑苦しいしあんまり良い気もしないからとりあえず止めるか…
「いえいえ、与兵衛尉殿、拙者たちは成すべきことをしただけにござる。どうか顔を上げてくだされ」
「おお!誠に頼もしいことよ!これならば丹波波多野家の未来も明るいのう!」
そう言う与兵衛尉に呼応し、与兵衛尉の家臣たちも一斉に「その通りよ!」「丹波の神童の名に相応しいわ!」との声が上がる……うん…暑苦しいことこの上ない…とりあえず父に勝ったことと数掛山城にいることを書いた手紙を送ったが、どうやら堺からだと早くて5日はかかることになるらしい……5日間、俺…こんな暑苦しい場所にいなきゃいけないの?…………
5日後…
ようやく父上たちが数掛山城に到着した。何故か筑前守殿とその手勢五百人と共に……
「おお…千熊丸…そのようにやつれて…大変だっただろう、辛かっただろう…」
ええ…主にこの城での生活がね…っとそんなことより…
「父上、こちらを…」
そう言って俺は孫平太に首桶を準備させた。
「こちら、内藤備前守と備前守に与力した国衆どもの首です…念の為首実検をお願いします」
「何!?内藤備前守の首だと!?」
ん?なんか父上と筑前守殿たちがざわついてる…あれ?俺もしかして内藤を討ち取ったの言ってなかった?
ざわつきながらも父上は首桶を開けて内藤の首を確認した…そのときに首が七月の暑さのせいで腐りかけたのかとんでもない悪臭を放ったが…
「うむ…この首は内藤めの首に間違いない…ところで千熊丸、儂は勝ったとは聞いたが、此奴を討ち取ったとまでは聞いてないぞ?」
あ、やっぱり言ってなかったか…とりあえず話題を変えよう…
「それに関しては申し訳ありません…少し戦に勝って浮かれていたようです…それより父上、これは好機ですぞ」
「ん?好機とな?」
お、食いついてきた…ここは押すべきだな…
「ええ、この首級になった者どもの領地は今は支配者も兵も居ません……今のうちにこの土地を切り取ってしまいましょう」
その言葉に父は目を見開いた…当然だろう、丹波国の細川氏綱派の領土は大体五万石…それが手に入るとなれば当然驚くだろう…
「ハッハッハ!!流石は我が甥!考えることが豪気じゃな!」
「そうでしょうか、叔父上様?」
「おうよ!そもそも流石の儂でも三百の兵で千二百の兵は倒せんよ」
「………とにかく、今は一刻も早く、丹波を切り取りましょう!」
「おうっ!!!!」
この決して広くない大広間に大音声が響いた!
天文14年(1545年) 8月
丹波国 桑田郡 宗神社
氏綱派との戦い………ぶっちゃけ拍子抜けだった…
どうやら内藤は村から無理矢理領民を連れて行ってたらしい。酷いことするよな…その連れて行かれた奴らを殺したのは俺だけど…
そして俺たちは一つ一つ城を接収していき、そしてとうとう内藤の居城の八木城に到着した。流石は丹波三大山城…馬鹿でかいな…そして見た感じだが、兵は四百はいる…こっちの兵は俺の兵三百と父上の兵二百(残りの三百は接収した城の抑えになってもらっている)、それと筑前守殿の兵八百の合計千三百…勝てるか怪しいな…
にしてもこの城、誰が指揮を取ってるんだ?国貞は殺したし、子供でもいたか?こんな時に家臣に忍者がいれば城の中が分かったんだが…そういえば美作守殿は確か村雲党とか言う忍者集団を家臣にしてた筈だけど、今度貸してもらおうかな…
今から軍議…攻めるのはそれからだ…
そうして四半刻(一時間)後、本陣のこの宗神社に武将たちが集まった。主な顔ぶれは俺を含めて
波多野側
波多野元秀
波多野千熊丸
波多野宗高
波多野秀親
酒井頼重
三好側
三好範長
三好之相(実休)
三好長逸
岩成友通
松永久秀
松永甚介(長頼)
と、特に三好側が錚々たる顔ぶれだった…そんなことを思っているうちに軍議が始まる。話を切り出したのは父だった。
「筑前殿、この戦、分が悪うございますぞ」
「ええ、義兄殿…ですがここを落とさない限り、奴らはまた襲ってきますぞ」
その言葉で軍議に参加している者たちが呻き始めたが、一人だけ挙手をした者がいた…
「殿、上総介(元秀)様、拙者から一つ報告が御座います」
「おお、霜台如何した?」
今の男、霜台ってことはあの男が松永久秀か…なんかイケメンだな…ゲームとかで見た顔と随分違う…
っと、今は久秀の報告に集中しよう…
「殿、拙者の子飼いの細作からの報告ではどうやらこの城、指揮する者がおらぬようです」
「ん?どういうことじゃ霜台。何故指揮する者がおらぬのに奴らは籠城ができる?」
確かにそうだ。指揮者がいないならそもそも兵は纏まらず籠城すらできない…
「はっ…それが奴らは確かに指揮する者はいるのですが、抜きん出た身分のものがおらず、兵が纏まらないとのことに御座る」
「ふむ…ちなみに誰が指揮を取っているのだ?」
「主な者だと、内藤家の家老の塩見某と国貞の子の千勝丸の後見人で一門衆の内藤某の二人に御座います」
「なるほど………千熊丸殿は如何思う?」
「………えっ!?」
一体何を言っているんだこの叔父は?普通4歳児に戦略の話を振るか?慌てて父を見て助けを求めようとしたが…
「うむ、確かに内藤めを討ち取ったのは千熊丸に御座るな……よし!千熊丸!お主の意見を言ってみよ!」
このクソ親父!心中でそう毒づきながらも必死に頭を回して考える…………あの手でいくか…
「ならば霜台殿、その細作を少し拙者にお貸し願えますか?」
「ええ!殿の甥御様の願いとあらば喜んで!」
おっ…意外とすんなり行ったな…実は意外と人が良いのかも…
「しかし千熊丸、細作を如何使うつもりか?」
そう父が聞いてきた…だがこれは答えられないな…
「すみませぬが父上、その儀は戦が終わってから…」
その後、各隊の持ち場などを確認し、軍議は終わったのであった…
天文14年(1545年) 8月
丹波国 桑田郡 八上城内
「おい、聞いたか塩見様の噂」
「ああ、なんでも敵方に寝返ってるって話だろ?」
「うむ、どうやら若様の首を差し出すことを条件に本領安堵を取り付けたらしいぞ」
八上城内には今、とある噂が流れていた。それは家老の塩見某が敵方に寝返っているという者だった。
最初は誰も取り合わなかったが、日に日にこの噂を話す者が増え、一部の者の間ではこれが真実のように扱われた…そしてある日、運命を変える出来事が起きた…
事の発端は一通の矢文だった。城の敷地内にあったそれを、偶然足軽が広い、上役に届けた。その矢文を届けられた上役が訝しみながら矢文を開くと、そこには驚くべきことが書かれていた。
塩見某に内藤千勝丸と内藤某を殺すように、と書いてあったのだ。上役はひっくり返る程驚き、急ぎ内藤某に矢文を届けた。当然内藤某と千勝丸も驚き、なんと塩見某を上意討ちしたのだ。だが、当然塩見某にも家臣がおり、その家臣たちの報復により内藤某と千勝丸も殺されてしまった。
そしてその事件から一日後、三好、波多野軍の総攻撃が始まった。指揮官がいない所為で城方は統制が取れずに為す術もなく、多くの者が降伏するか逃亡した。
こうして九月に八木城は落城したのであった…