表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/42

人材登用①

天文16年(1547年) 9月

山城国 葛野郡 妙顕寺


「はぁ…疲れた…」


俺は最終的に、『自分としては是非ともお受けしたいが、家長は父なのでまずは父に許可を取るので少し待って欲しい』と言って、少し後奈良天皇には待ってもらうことにした。


宿舎の妙顕寺に帰ると丁度都合良く父からの使者として家老の酒井筑後守が来ていた。


筑後守からの話だと、父上も近々京に上って晴元に挨拶をするとのことなので、とりあえず筑後守には『話したいことがあるので急ぎ京へ』という俺の言葉を父上に伝えてもらうために一回帰ってもらった。


そうそう、あともう一つ…今まで暫定俺の領地だった摂津国の島上郡、島下郡、能勢郡の八万五千石は正式に俺の領地になった。また、それに伴って摂津の国の武士を家臣にする許可も下りた。


いや〜、良かった良かった…少し前から摂津の有力者達が俺に挨拶しに来たり使者を送って来たけど、ちょっと金を渡して待っててもらってたんだ…


これで漸く彼らを吟味できる…


まずは最優先で会いたい奴が二人いるんだ…


天文16年(1547年) 9月

山城国 葛野郡 妙顕寺


「待たせてすまんな、荒木信濃守殿」


「なんの!将来の惣領様の為ならば苦になりませぬ!なあ、弥介よ」


そう、今回の人材登用の目玉の一人、荒木信濃守義村とその息子の弥介くん、史実の荒木村重だ。


最近知った衝撃の事実その一、実はこの荒木家、我が波多野家の分家らしい。


なんでも丹波波多野氏の祖、波多野義通の三代孫の波多野義定の更に八代孫の波多野兵部少輔氏義という人物が丹波国天田郡の荒木村に移り住んだのが始まりとされ、その後、信濃守の父の荒木高村という人物が摂津の池田氏に仕官して村重の荒木氏に、そのまま丹波に残った荒木氏は我が波多野に仕え、その荒木氏の人間の内の一人が俺の横にいる山城守だ。


もしかしたらこの二人は親戚なのかも知れない。


そしてそんな信濃守だが、仕えている池田家の領地は豊島郡…筑前殿の領地だ。一体何をしに来たんだ?ただいきなり『会いたい』とだけ言ってきて、親族じゃなかったら追い返してたところだったが…


「然れば用件を申されよ。ただ私に会いたいとしか言われなかったとのことだが…」


「はっ…ならば惣領様に申し上げます……我が荒木家を、召し抱えてはくれませぬか?」


ご感想等、お待ちしてます…

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ