伊奈地の戦い①
天文16年(1547年) 6月
摂津国 能勢郡
「申し上げます!二里(8キロ)前方に軍勢!旗印は対い松と二つ引き。細川氏の軍勢と思われます!」
いきなり俺の目の前に駆け寄ってきた斥候兵が、そんなことを叫んできた。なんでいきなり細川氏の軍が?というか敵?味方?どっちだ?
「八郎、細川の軍と申したな?どちらの軍か、右京大夫(晴元)様の軍か?」
戸惑っている俺の代わりに、側に居た天子が聞いてくれた。天子が名前を知っているということは大江山衆の者か?そして八郎とやらはその問いに対して少し俯き
「それはまだ分かりませぬが、配下の者に探らせております」
と答えた。そしてそんなことを言っているうちにまたも1人、足軽姿の兵…おそらく今話に出た八郎の配下が駆け寄ってきた。
「申し上げます!細川氏の陣の中に抱き牡丹、六つ木瓜、輪鼓に手鞠の旗…摂津様(氏綱)の軍と思われます!また、兵数はおよそ四千!」
抱き牡丹は細川氏綱の重臣の多羅尾綱知、六つ木瓜は遊佐長教、輪鼓に手鞠は内藤氏の家紋…あれ?もしかして今俺らのすぐ近くに居るの、細川氏綱本軍?
だって参戦してる面子と兵力から考えてそうとしか思えないんだもん!
にしても兵数差およそ五倍か……あれ?でもこれひょっとしたら…
「八郎とやら、敵は我らに気づいているのか?」
「いえ、奴らはこの先の盆地にて休憩しており、その様子を見るに気づかれていないと考えます」
よしっ!この条件ならいける!
そう思った俺は各方面に下知を飛ばす。
「天子、大江山衆をここから奴らの後ろの山に回り込ませることは可能か?」
「はっ、半刻ほど頂ければ」
「ならばすぐさま動いてくれ。山城、越中、兵達にこのことを伝え、草摺を縛らせ、馬には枚を噛ませろ。それと物音に気をつけるように伝えよ」
『承知っ!』
二人はそう言うとそれぞれ自分の隊に下知を伝えに向かった。
それを見届けた俺も小姓たちに命じて具足を持ってこさせ、それを着込み始めた…
さて、俺の策が通用するかどうか…
そうして半刻後、全ての隊の準備が整い、七百名全員が俺の前に控えている。
彼らの背で翻るのは、波多野の抜け十字と俺の考案した俺の直属の隊専用の紋、蜂の巣が描かれた旗だ。
蜂の巣の紋はシンプルに六角形を七個並べたいわゆるハニカム構造を描いただけだが、意味はちゃんと込めてある。
蜂は女王に忠誠を尽くし、勇敢に戦う。またその動きは素早く、体の色は虎を彷彿とさせる。おまけに子沢山ときた。まさに戦国武将にピッタリだと思ったんだよ。
そしてそんな旗を背負う彼らは隊によって武器が違う。
隊は大きく分けると三つ。一つ目は山城守率いる二百五十人の切り込み隊。彼らの武器は高品質な持槍と柄の長い刀…そう、長巻だ。
長巻といえばなんか地味な感じがするが、史実では上杉謙信や織田信長が自分の兵に使わせていたという話があるし、『槍が使えないなら長巻を使え』という言葉が残っている使いやすい武器だ。
二つ目の隊は越中守率いる二百二十五人の遠距離部隊。武器は弓と火縄銃…そう、火縄銃だ…
八木城の戦いの後、いきなり親父から鉄砲を土産として渡されたときは思わず叫んでしまったが、その後鍛冶屋に無茶言って量産してもらったのだ。まあ、鍛冶屋も興味津々だったし、win-winということで…
そして三つ目の部隊が俺の親衛隊二百五十人。武器は長柄槍と他の隊より二十五人多いので、そいつらには持盾を持たせた。
ぶっちゃけ俺の親衛隊は俺を守ることに重きを置いているので他の隊と比べて攻撃力はない…
そしてそんなことを考えている間に、天子達のところに使いに出した四郎(長澤義遠)が戻ってきた。
「殿!大江山衆の皆様、準備が整い申した!殿の御合図でいつでも出陣れるとのことに御座います!」
その言葉を聞き、俺は床几から腰を上げ、馬に乗り込む。
「聞いたか皆の者!出陣るぞ!」
『応っ!!』
この平地に、七百余名の大音声が響き渡った。




