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灼炎の転生魔女〜いじめ自殺から最強魔女の娘へ!前世の因縁、全部終わらせます〜  作者: 明鏡止水
3章 ゼスメリア生活・後編

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98.赤く染まる季節に

 夜になって、ノエルが帰ったあと。

私は、迷うような足取りで家の奥へ向かっていた。


母の部屋の扉の前で、私は一度立ち止まる。


赤く深い木材の扉。その向こうにいる母は、かつて世界を支配した存在を焼き尽くした、世界最強の炎の魔女。

でも私は、ただの娘として、訊きたかった。


 覚悟を決めて、ノックする。


「・・・母さん。話、いい?」


「入りなさい」


短く、でもいつもより柔らかい声だった。


 中は静かだった。壁一面の本棚に囲まれた空間。

机の上には、魔法理論の書物や古びた地図が並べられ、ロウソクの火が淡く揺れている。


母は椅子に腰かけたまま、私の方を見た。

その赤い瞳に、嘘も飾りもない、ただの“真実”がある。


 私は、まっすぐにその目を見て、問いかけた。


「母さん・・・私って、なんのために生まれてきたの?」


母の眉が、少しだけ動いた。


「復讐だけのため?それとも、誰かを傷つけるため?」


 沈黙が、数秒だけ落ちた。

けれどそのあとで、母は立ち上がり、私の前まで歩いてきた。


「違うわ」


それだけを、まず言った。


「アリア。あなたが生まれてきた理由は、“それを知るため”よ」


「・・・え?」


「怒りも、悲しみも、愛しさも──どれが自分の中にあるのか、何を選びたいのか。あなたは、それを知るために生きている」


 母の声は、まるで炉の奥に潜む火のように静かで、それでいて揺るぎなかった。


「私は“炎の大魔女”として、世界を支配する邪悪な神を焼いた。でも、それは私が選んだ生き方。誰にも決められなかった。だから、あなたも選びなさい」


私の頬に、そっと手が触れた。


「私の娘としてでなく、アリア・ベルナードとして、生きる道を見つけなさい。あなたの生き方は、あなたのものよ」


 その言葉が、私の胸に静かに沁みていく。


これまで、何度もこの人の背を追ってきた。

その強さを、ただの“呪い”だと思っていた。

けれど今、母はそれを私に「手渡してくれた」のだとわかる。


 選びなさい、と。

自分の生き方を、自分で。


私はゆっくりと頷いた。


「・・・うん。わかった。私、自分の答えを見つけるよ。もう、“誰かのせい”にはしない」


母は微笑まなかった。ただ、静かに──満足げに、頷いた。


そして私はその背を見ていた。かつて世界を変えた魔女の姿を。

でもそれ以上に、“一人の母”の姿を。


 部屋を出ると、空は澄んでいて、星が瞬いていた。


私は初めて、自分の足で夜を歩いていける気がした。






 それからまたしばらくの月日が経ち、風が冷たくなってきた。

けれど、まだ冬の冷たさじゃない。


紅葉が始まった並木道を抜け、私たちは学院の裏にある、坂の上の小さなベンチに座っていた。


「ふぅー・・・やっぱり、訓練終わりにここ来るのは定番だよなぁ」


 最初に声を上げたのは、ライド。雷の魔法を操る彼は、いつも通り制服の上着を脱いで、シャツの袖を無造作にまくっていた。


「そのまま風邪ひくわよ、ライド」


シルフィンが呆れたように言う。赤い瞳が、どこか優しげに揺れている。


「はいはい。お姉さん、今日も厳しいねー」


「別にお姉さんじゃないし」


「いや、包容力的な意味で」


「・・・それは否定しないけど」


 二人のやり取りに、思わず笑ってしまう。


その横で、マシュルが静かに水筒のふたを開けていた。


「ほら、ハーブティー。冷えてきたから、温かいのを淹れてきた」


「ありがとう、マシュル。あなた、ほんと気が利くよね」


「気が利くっていうか・・・アリア、最近すぐ疲れてる気がするからさ」


言われて、少しだけ苦笑する。

確かに、あれこれ考えることが多くて、心がフル回転だった。でも、それに気づいてるのがマシュルらしい。


「・・・うん。でも、少しずつ整理はついてきたよ。いろいろね」


「そっか」


 温かいハーブティーの香りが、風にふわりと混ざっていく。

その静かな時間が、なんだかとても愛おしく思えた。


「そういえばさ、秋っていいよね」


ふと、シルフィンが呟いた。


「空気が澄んでて、葉っぱが色づいて、風も穏やかで・・・ちょっと切ないけど、落ち着くというか」


「シルフィンらしいな、それ」


「えっ、なにが?」


「“詩人かよ”って言いたいのさ」


「詩的で何が悪いのよ」


シルフィンがちょっと膨れて、ライドが笑い、マシュルがそのやり取りを眺めて小さく笑う。

私もまた、ふっと頬を緩める。


 こんな時間が、好きだった。

何かを争うでもなく、憎しみ合うでもなく、ただ一緒に過ごすだけの時間。


少し前までは、そういう“普通”が、私には遠いものだった。

でも、今は違う。


 私は、ここにいていい。

そう思える自分が、ようやく胸の中に芽生えてきていた。


「・・・ねえ、また四人でどっか出かけようよ。今度は、学院の外に」


私がそう言うと、シルフィンが目を輝かせた。


「それ、いい! 秋の森とか、見に行きたいな。焼き栗とか食べながら」


「食べ物が目的なのかよ・・・いや、いいけど」


 ライドが呆れたように言いながらも、どこか楽しげだ。


「外に出るなら、事前に魔力検査の申請通す必要があるな。魔物も増える時期だし」


マシュルが現実的なことを挟むのも、いつも通りだった。


「そっか。じゃあ、明日先生に聞いてみるよ」


「じゃ、任せた。おれたちは栗を楽しみにしてる」


「もう、それ完全に遠足じゃん」


「遠足だよ。青春ってやつ」


冗談を言い合いながら、夕陽が沈んでいく。

ひんやりした秋風が、赤く染まった葉をゆっくりと舞い上げた。


 そのとき、石段の方から軽い足音が聞こえた。


「──あ、やっぱりここにいた」


振り返ると、ノエルが小さく手を振っていた。肩からバッグを提げ、少し息を弾ませている。


「ノエル?」


「うん。ちょっと用事が長引いちゃって。でも、まだ間に合うかなって思って」


「全然間に合ったよ。・・・ちょうどよかったまである」


 ライドが栗の入った袋を振って見せると、ノエルがふっと笑う。


「それは良かった。・・・秋の森と焼き栗、なんて、ちょっと絵本みたい」


「詩人が増えたな」


ライドの軽口に、ノエルが肩をすくめる。


「そういう空気だったから、つい」


 彼女はベンチの端に腰を下ろすと、アリアの隣に少しだけ寄り添うように座った。

それは自然な距離で、けれどどこか、あたたかいものを含んでいた。


「・・・遅れてごめん。みんなの輪に、入っていい?」


「なに言ってんの。もう入ってるよ、ずっと前から」


私がそう返すと、ノエルは小さく息を吐いて、笑った。


 そして、また話し声が重なっていく。

静かな風に、落ち葉が揺れ、笑い声が溶けていく。


過去も未来も、まだ全部が片づいたわけじゃない。

でも、それでも──私は、今ここにいられる。


 この小さな安心が、いつか大きな希望に変わっていくと、私は信じていた。

 

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