706.隠された家系
礼儀正しく扉をノックし、入ってきたのは1人の男性だった。
軍人の格好をし、あごひげを生やしたその顔には見覚えがあった。
さっきの討伐隊に参加していた、兵士たちの隊長だ。
「あら、ニック隊長。どうしたの?」
「リゼ様。・・・この方のことで、お話が」
ニックと呼ばれた男は、私の方を見ながら言った。
「アリアに?何の用?」
「その前に確認させていただきたいのですが・・・この方は、セリエナ様の娘さんなのですよね?」
「ええ。それがどうかしたの?」
男は、どこか複雑な顔をした。
「セリエナ様の娘さんということは、つまり・・・」
すると、リゼは険しい顔をした。
「言いたいことはわかった。まあ、いずれ私も言おうと思ってたことだったし・・・いいわ、ここで言いなさい」
ただならぬ雰囲気に、私とサラとノエルは「え?何?」と言葉にせずして困惑した。
もちろん母も・・・と思いきや、母はどこか「悟っている」ような顔をしていた。
「あなたは、もしかしてもともと北ガロウに?」
「はい。私は以前まで、北ガロウの軍に所属していました。そして、カイル様のもとで働いていました」
つまり、この人は北ガロウからの脱走兵・・・というか亡命者なのか。しかも、カイルのもとにいたとは。
正直ちょっと怪しいところだが、リゼの様子からしても信頼はできるのだろう。
「セリエナ様・・・アリア様に、あのことは話されたのですか?」
「いいえ。もしかして、あなたはわざわざそれを・・・?」
「はい。なんというか・・・なぜか、言わずにはおられなくて」
「そう・・・仕方ない人ね。まあいいわ。この件については、アリアは何も悪くないし」
何やら物々しい雰囲気だが、一体どんな話をされるのだろうか。
そう思っていた矢先、ニックは私と向かい合って座った。
「アリア様・・・美しいお方だ。セリエナ様に似て、とてもお美しい」
面と向かってそんなことを言われると、照れる。
でも、彼は続けて気になることを言った。
「同時に、あの方にもよく似ておられる・・・レオナール様に」
レオナールという名前を聞いて、背筋が震えた。
今まであまり聞いてこなかったが、はっきりと覚えていたその名前は・・・私の父親。つまり、母の夫だ。
「私の父を、知っているんですか?」
「もちろんです。なぜなら・・・」
そこでニックは言葉を切り、リゼと母の顔を見た。
リゼが頷き、母が力強く微笑むのを見て、彼は小さく頷いた。
「あなたの父上・・・レオナール様は、リゼ様とカイル様の父上の息子。あなたは、リゼ様たちの親戚に当たるのです」
「えっ・・・?」
私たちは、驚きを隠せなかった。
でも、母たちの反応からすると・・・それは本当のようだ。
「ど、どういうことですか!?」
混乱したように尋ねるノエルに、ニックは落ち着いた声で説明した。
「リゼ様とカイル様の父、ロイ様はお二人が生まれた後に離婚し、別の女性と再婚してまた子供を設けました。それがレオナール様です」
「ってことは・・・アリアは、リゼ様からすれば腹違いの兄弟の娘、ってことですか!?」
「そうです。簡潔に言えば、アリア様はリゼ様の姪っ子なのです」
私は思わず母を見、リゼを見た。
母はうつむき、リゼは私を優しい目で見てきた。
その目つきには、なぜか母とどこか似たものを感じた。
「つまり、リゼ様はアリアさんの叔母・・・そういうことですか?」
サラの問いにも、ニックは頷いた。
「しかし、それはカイル様にも言えること。カイル様はリゼ様の弟、あなたからすれば叔父に当たります」
そして、ニックはさらに続けた。
「カイル様は、あなたを殺そうとしています・・・セリエナ様のツテを利用し、リゼ様に協力するに違いないと考えて」
つまり、私の叔父は私に生きていられると困るということか。
これまでは、リゼたちの壮大な姉弟喧嘩に巻き込まれたとばかり思っていたが・・・実は、私にも大いに関係のあることだったようだ。
「この前城に侵入してきた傭兵も、おそらくはカイルが雇ったものでしょう。そして、さっきの影も・・・」
リゼはそう言って、ため息をついた。
「でも、カイルの思い通りにはさせない。アリアは、私の姪っ子なだけじゃなく、大切な友人の娘でもある。絶対に、守ってみせる」
彼女の顔には、とても固い決意が宿る。
さっきまで他人だと思っていたリゼが、実は叔母だった・・・その驚きもあって、少なからず誇張されて見えたのかもしれないが。




