179.存在しなかった友
年の瀬の寒さが一層深まり、ゼスメリアの校舎を吹き抜ける風も、もはや鋭い刃のようになっていた。
冬休みを目前に控え、生徒たちはどこか浮ついた空気を纏いながらも、年明けの実技試験に向けて準備を進めている。
そんな中、あの日は、何の前触れもなくやってきた。
「ねえ、サラ。シルフィンって今日休み?」
昼休み、教室でサラと並んで机に向かっていた私は、ふと思い出したように問いかけた。
けれど──
「・・・シルフィン、さん?」
サラは首を傾げた。
「それ、誰ですか?」
私は、言葉を失った。
「え・・・?いや、ほら・・・私と同じ赤髪ので、炎の魔法が得意な子。何年も前から、仲良くしてきたじゃない」
だが、サラは困ったように眉を寄せるだけだった。
「ごめんなさい。そんな人、知らないです。もしかして・・・転校生でしょうか?」
「そんなわけない。ずっと前からいたよ、ルージュの組で、私たちと同じ──」
言いかけて、私は声を止めた。
何か──おかしい。
サラだけじゃない。他の生徒に聞いても、誰も彼女のことを知らないという。
レシウス先生を始めとした教師に尋ねても、「シルフィンという生徒はいない」と、きっぱり返された。
まるで、最初から存在していなかったかのように。
放課後、私は一人で校舎の裏に向かった。
ここは、時間がある時によくシルフィンと話した場所だ。
風が抜ける小道、薄く積もった雪の上に、小さな足跡のような跡が残っている。
(・・・ここにいた。確かに)
私の中には、はっきりと彼女の存在が刻まれている。
昨日まで、みんなで仲良く話していた。
以前は、卒業後に旅立つことを話し、自分は行けないと言いつつも、応援してると言ってくれた。
これまでの六年間、私と彼女はずっと一緒だった。
様々な事件を、一緒に解決してきた。
それらの記憶・・・思い出すら、私の妄想だと言うの?
私は焦って家に戻り、母に問いかけた。
「ねえ、母さん。シルフィンって覚えてる?赤髪の子で、私の友達で・・・」
けれど、母の反応も、他の大人たちと同じだった。
「・・・ごめんなさい。アリア、誰のことを言ってるの?」
静かな声だった。でも、それが余計に怖かった。
心のどこかで、「まさか」と思っていた可能性が、現実になりつつある。
一人だけ、覚えている私。
他の誰も、彼女の名前を知らない。
まるで──世界から、“存在そのもの”を消されたみたいに。
雪が降り始めていた。細かく、静かに。
私は一人、凍える風の中に立っていた。
(どうして・・・)
どうして、あんなに近くにいたのに。
どうして、私だけが覚えてるの?
そのときだった。
風が、一瞬だけ止まった。
まるで、何かが──世界の背後で動いたような感覚。
その直後、耳元で誰かの声がした。
「──気づいて、しまったのね」
振り向いても、誰もいなかった。
ただ、空だけが不自然なまでに澄み切っていた。
(シルフィン・・・どこにいるの?)
この違和感は、ただの夢や勘違いなんかじゃない。
私の中にある記憶が、確かな証拠だ。
誰が、何のために──彼女を“消した”のか。
その答えを、私は追わなければならない。
たとえ、それが邪悪な存在の仕業だったとしても──。




