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灼炎の転生魔女〜いじめ自殺から最強魔女の娘へ!前世の因縁、全部終わらせます〜  作者: 明鏡止水
3章 ゼスメリア生活・後編

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175.涙は強さの証

 夜更け。

学院から戻った私の足は、無意識のうちに母の部屋の前で止まっていた。


廊下の窓には、まだ雪が静かに降っていた。薄く積もった白が、月明かりをぼんやりと弾いている。

静寂の中で、心臓の音だけが妙に大きく響いていた。


──何かを、話したい。

でも、話したら崩れてしまいそうで。


 私は拳をぎゅっと握りしめ、目を閉じた。


ドアの向こうには、母がいる。強くて、厳しくて、誰よりも優しい人。

けれど今、この胸の奥に渦巻く感情を──言葉にできる自信がなかった。


「・・・怖い」


 小さく呟いたその声は、雪の音にすらかき消されそうだった。


旅立ちの日は近づいている。

私は、前を向いているつもりだった。

それなのに、なぜか今、心のどこかが軋んでいる。


 過去も、呪いも、仲間の想いも、すべて背負って歩いていくと決めた。

それでも──一瞬だけ、怖くなってしまった。


私は、ドアノブに手をかけかけて、やめた。

何も言わず、そのまま踵を返し、自室へ戻った。


母の部屋の灯りは、最後まで消えることはなかった。


 


 翌朝。窓の外は、まばゆいばかりの銀世界だった。

キッチンから、湯気の立つ匂いが漂ってくる。

私は、少し眠たげな足取りで食卓に向かった。


 そこには母がいた。いつもと同じ、落ち着いた横顔。

何も言わず、何も問わず、ただ手元の鍋を静かにかき混ぜている。


「・・・アリア、座ってなさい。すぐできるから」


いつも通りの声。けれど、その響きはまるで、抱きしめるように優しかった。


テーブルには、湯気の立つスープと、香ばしく焼かれたパン。

少し焦げた部分すら、母の不器用な優しさに思えて、胸がいっぱいになる。


 私は何も言えなかった。

でも、スプーンを口に運んだ瞬間、熱いものが頬を伝った。


涙だった。止めようとしても止まらなかった。


「ごめん、母さん」


 私はかすれた声でそう呟いた。

けれど、母はただ、柔らかく微笑んで、私の頭をそっと撫でた。


「いいのよ。あなたが泣いてくれるのなら、それは強さの証」


その言葉に、私はまた泣いた。

心の底に凍りついていた何かが、ようやく解けていくのを感じながら──。


 そして私は、もう一度、立ち上がる決意をする。


怖くてもいい。不安でもいい。

私は、それでも進む。守りたいものがあるから。


 母の温もりが、背中を押してくれる。


それが、私の始まりであり、私の支えなのだと──この朝、ようやく気づいたのだった。





 その日の午後。

雪は少しだけ落ち着いて、雲の隙間から淡い陽射しが差し込んでいた。


私は、学院の中庭に向かって歩いていた。

いつもより人気が少ないのは、休日のせいかもしれない。


 中庭の隅。石畳のベンチに、ひとりの少女が座っていた。


サラだった。

膝の上に本を広げていたけれど、ページは開いたまま、目はどこか遠くを見つめていた。


「・・・寒くない?」


 私の問いかけに、サラはゆっくりとこちらを振り返る。

そして、ふわりと笑った。


「少しだけ。でも、平気です。・・・アリアさんも、ここに来てたんですね」


「うん。・・・ちょっと、歩きたくて」


私はサラの隣に腰を下ろした。

ベンチの表面は冷たくて、けれどそれも、どこか心地よかった。


「このあいだの“お別れ会”、楽しかったね」


 そう言うと、サラは小さく頷いた。


「はい。夢みたいな時間でした。・・・いえ、夢だと思ってた時間が、現実にあったんだって、ちゃんと感じられました」


「うん・・・私も、そう思ったよ」


しばらく、風の音だけが吹き抜けていく。


私は、ふと思い立って口を開いた。


「サラ。ひとつだけ、聞いてもいい?」


「はい」


「・・・怖いって思うこと、ある?」


 サラは少し驚いたように目を瞬いたあと、ゆっくりと首を縦に振った。


「・・あります。今も、たまに・・・いいえ、しょっちゅう。でも・・・」


 彼女は自分の胸にそっと手を置く。


「それでも、アリアさんやノエルさんがいるから・・・“一緒にいる”っていうだけで、怖さを少しだけ、追い払える気がするんです」


私は息をのんだ。

まるで、今朝の私自身の気持ちを、そのまま言葉にされたような気がした。


「・・・私もね、怖いよ。今でも。昨日だって・・・一歩踏み出せなかった」


 サラが目を見開く。でも、何も言わない。ただ、じっと耳を傾けてくれている。


「だけど・・・母さんが、何も言わずにごはんを作ってくれて。言葉にしなくても伝わるものが、ちゃんとあるんだって思ったの」


「・・・あたたかいですね、それ」


「うん。・・・だから、私も、誰かをそうやって支えられる人になりたいって思った。次は、私の番だって」


 サラの瞳が、少し潤んだ気がした。

そして、彼女はそっと、自分の右手を差し出してくれた。


「・・・私も、支えたいです。アリアさんを」


私はその手を、静かに握り返した。


──あの日、笑ったサラ。

──あのとき、涙を流した自分。

それら全部が、今この手の中にある気がした。


「・・・ありがとう。サラがいてくれて、私、すごく嬉しい」


 サラは照れたように笑いながら、でもしっかりと、頷いてくれた。


氷のようだった時間が、少しずつ、溶けていく。

春には、まだ遠いけれど──この小さなぬくもりが、きっと未来を照らすのだと思えた。


 


 空には、もう雪はなかった。

けれど、白く染まった世界は、やさしく光っていた。




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