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灼炎の転生魔女〜いじめ自殺から最強魔女の娘へ!前世の因縁、全部終わらせます〜  作者: 明鏡止水
3章 ゼスメリア生活・後編

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169.闇を裂く焔

 記録庫の空気が震えた。

異形の魔物──骸骨のように痩せこけたその影が、こちらへと歩を進めてくる。


瞳孔のない目の奥に、暗い炎のような魔力が灯っていた。


「サラ・ヴェルレイン・・・我らが主の封印を崩す“鍵”よ。戻りなさい、かつての闇へ」


「・・・嫌です。私はもう、昔の私じゃない・・・!」


 サラの声は震えていたけれど、確かな意志を含んでいた。


「ならば、力をもって示しなさい。お前にその資格があるかどうか、今ここで、試してやりましょう──」


 魔物が腕を広げた。

黒い魔力が、霧のように記録庫中に広がる。


冷たい風が吹き抜け、魔導灯の灯が一つ、また一つと消えていく。

その中心に立つ魔物が、低く呪文を唱えた。


「・・・『ノクス・ディレアータ』」


 闇の柱が立ち上がった。重く、ねばつくような魔力が空間をねじ曲げ、あたりを飲み込んでいく。


「っ、来るよ!」


 私は即座に手をかざし、魔力を練る。


「『カルド・インフェルナ』!」


 燃え上がる炎の柱が、黒の柱にぶつかり、激しく炸裂した。

けれど、完全には相殺できない。残った闇が空中を這い、サラへと向かう。


「・・・!」


サラもまた、両手を前に突き出した。


「『フレア・エミッサ』!」


 サラの掌から放たれた炎の矢が、闇の触手を貫いた。

炎が軌跡を描き、記録庫の壁を赤く染める。


「──お前たちは、何も分かっていないわ。鍵が自らを律することなど、できはしない!その魂は穢れ、いずれ封印を裏切る!」


「違う・・・私は、選ぶ!」


サラが叫んだ瞬間、魔物の背後から闇の刃が出現し、こちらへと飛来してくる。


「・・・アリアさん!」


「任せて!」


 私は左手を翳し、次の呪文を紡ぐ。


「『イグニス・ヴェイル』!」


炎の障壁が展開され、闇の刃を包み込む。

刃は焼かれ、空中で掻き消えた。


その隙に、私は跳び込む。

接近戦は得意じゃないけど、この距離なら──


「サラ、援護を!」


「はい!」


 二人の魔力が同時に放たれる。


「『フレイム・ランサー』!」


「『カルド・インフェルナ』!」


 炎の槍と火球が交差し、魔物の胸部に直撃する。

その瞬間、魔物の体が裂け、内側から黒い蒸気が噴き出した。


「ぐぉぉぉぉ・・・!・・・我が主は、目覚める・・・鍵も、扉も、いずれ・・・!」


呻き声と共に、魔物はゆっくりと崩れ落ちた。




 静寂が戻る。

記録庫の空気が、少しだけ軽くなった。


「・・・終わった、の?」


サラが問いかける。私は頷いた。


「うん。たぶん・・・でも、これで全部じゃない。まだ、続きがある。きっと、もっと深くまで」


 私たちはしばらくその場に立ち尽くした。

焦げた床、揺れる灯り、そして消えた魔物の残滓。


サラが“鍵”であること。

私が、“扉”を選ぶ存在であること。


この戦いは、きっと始まりにすぎない。


「・・・行こう。また、探そう。今度は、“鍵”の記憶じゃなくて、私たち自身の未来のために」


「はい・・・アリアさん」


その手を、私はもう一度、強く握り返した。





 記録庫の重たい扉を閉じ、私たちは再び静まり返った廊下へと戻った。


──地上へ戻る。あのときとは違う。

私たちは、何かを見つけた。

戦い、恐れ、そしてそれでも進むと決めた。


 階段を上がるごとに、空気が少しずつ温かくなるのを感じた。

やがて見えてきた学院の中庭の光景に、私は小さく息をのむ。


「・・・終わってる」


サラが呟いた。


 学院の敷地は荒れていた。

地面には黒い焦げ跡が残り、ところどころに魔法の焼き痕が刻まれている。


倒壊した校舎の一角では、教師たちが魔法の障壁で修復作業をしていた。

けれど、空は青く、風は穏やかに吹いていた。


すべてが終わった直後の、静かな午後だった。


「サラ!アリア!」


 声がして、私たちは振り返る。

駆け寄ってきたのは、ソリス先生だった。


変わらぬ厳しさをたたえた表情で、それでも少しだけ、安堵の色を浮かべていた。


「ご無事で・・・何よりです」


「・・・学院長先生。戦いは、終わったんですか?」


「ええ。残っていた魔物たちは、教員たちですべて退けました。あなたたちが、記録庫で何と遭遇していたかは・・・こちらでも一部察知していました」


「・・・ごめんなさい。勝手に動いたこと、叱られると思ってました」


 私の言葉に、ソリス先生はわずかに目を伏せ、そして静かに言った。


「確かに、あなたたちの行動は勝手なものです。けれど──あなたたちは、自らの意志で“知る”ことを選んだ。そして、乗り越えた。・・・それは、ただ守られる生徒にはできないことです」


 サラが、そっと口を開いた。


「先生・・・“鍵”のこと、知っていたんですね?」


「ええ。あなたがそれを知るときが、必ず来ることも分かっていました」


先生は歩み寄り、サラの頭に手を置いた。


「あなたの中にある力は、確かに恐ろしいものです。けれど、それ以上に大切なのは──あなたがそれを、どう使うか。過去がどうあれ、今のあなたはこの学院の生徒。一人の、魔女です。守られるだけでなく、誰かを守ろうとした。それを、私は誇りに思います」


 サラの目に、涙が浮かんだ。


「・・・ありがとうございます」


「それと、アリア・ベルナード」


私も思わず、背筋を伸ばした。


「あなたは、“選ぶ者”としての立場に、徐々に近づきつつある。・・・いずれ、“鍵”たちと“扉”を巡る、本当の決断の時が来るでしょう」


「・・・はい。分かってます。でも、私は──この手を、離しません」


私はサラの手を握ったまま、はっきりとそう言った。


「私たちは、一緒に進みます。誰かに決められた未来じゃなくて、自分たちで選んだ未来へ」


 ソリス先生は、その言葉に小さく頷いた。


「・・・その意志を、どうか忘れないでください。それが、すべてを決める鍵となるのです」


 


 その日、学院の空はいつになく高く、澄んでいた。

魔物の襲撃は去り、瓦礫の中から、誰もが新たな朝を迎えようとしていた。


けれど、私たちは知っている。

本当の戦いは、まだ始まってもいない。

“鍵”と“扉”──そして、その向こうに眠るものの正体が何であるかを。


 でも、今はそれでもいい。

私たちは確かに、自分の意志で立ったのだから。



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