168.鍵と封印の真実
記録庫の空気は、静かで重かった。
木製の本棚が並び、所々に積まれた巻物や羊皮紙が時間の流れを物語っている。
奥には閲覧机と魔導灯が設置されていたが、ほとんどの場所は半ば暗がりだった。
「すごい・・・全部、魔法や歴史の記録なんでしょうか?」
サラが、周囲を見渡しながら言った。
「うん・・・前、母さんが言ってた。ここには、古代の魔法使いたちの禁術の記録や、封印に関わる文献があるって」
私は急ぎ足で奥へ進む。
この学院には数百年の歴史がある。邪神ガラネルとの戦い、“神魔戦役”の時のこともまた、過去の記録として残されているはずだ。
──そして、もし運が良ければ、“鍵”についても。
「・・・あった。これ、見て」
一時間ほど探して、私は埃をかぶった革表紙の古い本を見つけた。
背表紙には金の文字で、こう記されている。
『八封の鍵と十三の扉 ──邪神封印儀式の記録』
ページを開くと、淡く発光する魔法文字が浮かび上がり、魔力に反応して内容を示してくれる。
サラが隣に寄り添い、ページをのぞき込んだ。
「“八封の鍵”・・・?」
「うん。読めるところから・・・」
私は息を整え、声に出して読んでいった。
『八つの封印。それは“神の墜落”を止める楔。
封印は八つの魂に分けられ、各地に散らされた。
魂の主は死して輪廻に戻り、再び人として生まれる。
彼らは“鍵”と呼ばれ、その命が絶たれれば、封印はひとつ崩れる』
「じゃあ・・・私が、その“鍵”の一つ・・・」
サラの声が震える。
「・・・たぶん、そう。封印は“力”だけじゃなく、“命”と結びついてる。サラが死ねば、そこに込められた封印の魂も崩れる・・・」
私は喉が詰まるような感覚を覚えた。
それはあまりに理不尽で、重すぎた。
『鍵の魂は、いずれ記憶を取り戻す。
邪なる意志がそれを導くならば、封印は内側から崩れる。
されど、鍵が己を選ぶならば──未来はまだ、選びうる』
「・・・え?」
サラが見開いた目で私を見つめた。
「つまり・・・?」
「“記憶”が戻るのは、鍵が力を持ち始めてる証拠。でも、サラが自分の意志で“それ”を拒むなら・・・封印が崩れるとは限らない、ってこと」
希望。わずかながら、確かにそこに在る。
「・・・でも、やっぱり誰かが狙ってる。私が“鍵”として覚醒し、力を暴走させることを・・・」
「それが、敵の狙い。サラを暴走させるか、殺して、封印を崩す。どっちでもいいってわけね」
私の胸が痛んだ。
これほどの運命を、彼女に背負わせる世界が、私は悔しかった。
だが、まだ終わってはいない。
「サラ、あなたは・・・どんな過去があっても、今の自分を選んでいいんだよ。記憶も、力も、すべて抱えて」
彼女は小さく頷いた。瞳に、かすかに涙を浮かべながら、それでも強い意志を灯して。
「・・・はい。私、もう逃げません。記憶が戻っても、それでも私は、アリアさんと一緒にいたい」
その言葉が、何よりも嬉しかった。
そのとき──
記録庫の奥から、金属の軋むような音がした。
私たちは顔を見合わせ、同時に立ち上がる。
「・・・誰かいる?」
「いや、気配が・・・変だ」
私は魔力を練った。サラも、かすかに身構える。
奥の陰から、何かがゆっくりと現れた。
それは──骸骨のように痩せこけた異形の魔物。
けれどその身体からは、人間の魔力の名残が滲み出ている。
私は直感した・・・これは、魔物じゃない。
とすると、なんだろう?
かつて、魔法使いだった者の成れの果てか?
「・・・また来たのね、サラ・ヴェルレイン。“鍵”よ。記憶を、力を、取り戻す気か・・・」
呻くように語る声。
記録庫の奥深く、ずっと“何か”が眠っていたのだ。
「アリアさん・・・気をつけてください。こいつ、ただの敵じゃないです。“過去の記憶”が、私を試しに来てる・・・そんな気がするの」
「・・・戦おう。逃げる必要はない」
私たちは再び、共に立った。
記録庫──それは“過去”と“未来”を結ぶ場所。
この戦いが終わったとき、私たちはきっと、また一歩先へ進めると信じて。




