表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
灼炎の転生魔女〜いじめ自殺から最強魔女の娘へ!前世の因縁、全部終わらせます〜  作者: 明鏡止水
3章 ゼスメリア生活・後編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

160/716

160.信じたい、ただそれだけ

 数日が過ぎた。

あれからクラリッサとは顔を合わせていない。授業はいつも通りだったけれど、目が合うことも、会話もなかった。


でも、私は焦っていなかった。

少しずつ、彼女の中に沈んでいた“赤”が、あの日の風で揺れたのなら──それで、十分だ。




 放課後、私は図書室で資料を探していた。

ページをめくる指を止めたのは、突然、後ろからかけられた声だった。


「──また、変なことしてんのか?」


低く、どこか引っかかるような声。

振り返ると、そこにジオルが立っていた。


 乱れ気味の紫髪、軽薄な笑み。だけど、その目は笑っていなかった。

彼は、私をじろじろと見下ろすようにして言う。


「おまえ、母様に何を言った?」


声に張りがあった。

明らかに、何かを探るつもりだった。


「何のこと?」


「とぼけるな。最近、母様の様子が変だ」


 ジオルはテーブルに手をつき、顔を近づけてくる。その距離の取り方がわざとらしいほど近くて、不快だった。


「おまえが母様を焚きつけたんだって、バカでもわかる」


「焚きつけたなんて思ってない。・・・話をしただけよ」


私が静かに答えると、ジオルは鼻で笑った。


「“話”ね。・・・そうやって、おまえの母親も、昔母様から男を奪ったんだ」


 ぞっとするような言葉だった。

けれど、私は眉一つ動かさなかった。彼が言う“男”が誰なのか、私はもう知っている。


「・・・母さんが何を選んだかは、本人たちの問題よ」


「違う。“奪った”んだよ。母様はずっと言ってた。セリエナは、“信じるふり”をして、人を裏切るってな」


 彼の声が少しずつ熱を帯びていく。

けれど、それは“怒り”ではなく──きっと、“刷り込まれた痛み”だった。


「おまえも、そうなんだろ。“赤い髪と瞳”だし、きっと中身も同じだ」


 私は、言葉を返さなかった。

けれど、視線は逸らさなかった。


「・・・それが、あんたの本心なの?」


「・・・なに?」


「母親が言っていたから、ってだけで、あんた自身は何を思ってるの?」


 ジオルの表情がわずかに揺らいだ。

私の言葉が予想と違ったのか、それとも、“自分の感情”を問われることが、初めてだったのか。


沈黙が一瞬、流れる。


「・・・関係ない。僕は、母様の味方だ。それだけだ」


 ジオルは言い放って、背を向ける。


「でも覚えとけよ。──おまえが母様に触るたび、僕はちゃんと見てるからな」


吐き捨てるようにそう言って、彼は足早に図書室を出ていった。

その背中には怒りもあった。でも、それよりも──どこか、必死なようにも見えた。




 私はページを閉じた。

風もないのに、指先が少し震えていた。


(・・・母だけじゃない。息子まで、傷を背負ってる)


誰も悪者じゃない。けれど、誰も癒されていない。

その呪いのような連鎖を、誰かが止めなければならない。


(・・・私がやる。やらなきゃ)


 目を伏せて、小さく息を吐く。

この闇の奥にも、確かに“赤”は残っている。

それが私を照らす限り、私は引き返さない。






 昼下がりの中庭は、いつもより静かだった。

レンガの縁に腰掛けて、私はシルフィンとパンを半分こしていた。


「・・・アリア、最近難しい顔してる」


ちぎったパンを口に運びながら、シルフィンがちらりと横目で私を見る。


「・・・うん、ちょっとね」


 曖昧に笑って返した、その時だった。

石畳の向こうから、聞き慣れた声が不快に響いた。


「おまえら、昼間っからベッタリだな。・・・暑苦しい」


ジオルだった。ポケットに手を突っ込んだまま、飄々とした足取りで近づいてくる。


「また来たの?」


 私は呆れ混じりに言ったが、ジオルの視線は私ではなく、シルフィンに注がれていた。


「そうだ、おまえら二人は仲良しなんだったな。もっとツンツンしてるかと思ったけど、意外と“かわいげ”あるんだな、おまえも」


シルフィンの手がぴたりと止まった。


「・・・何それ。どういう意味?」


「褒めてるんだよ。ほら、女の子らしいって意味で──」


 ジオルのニヤついた顔が、言い終わるより早く──


「黙れ」


低く、地を這うような声が響いた。


シルフィンの掌に、炎が灯る。

橙色の魔力が風に踊り、その目は怒りで燃えていた。


「おまえ、アリアを侮辱した」


「は?何怒って──」


「もう一度言わせる気? ・・・消えろ、今すぐ」


揺らめく炎が、一瞬だけ形を変える。

ジオルが後ずさるほどの迫力だった。


「シルフィン、やめて!」


 私は立ち上がり、思わず叫ぶ。

彼女の力は本物だ。止めなければ、取り返しがつかない。


「・・・でも!」


「私は平気。・・・だからお願い、手を下ろして」


沈黙の末、シルフィンはぐっと奥歯を噛みしめ──指先の炎を、しぶしぶ消した。


「・・・アリアが言うならやめる。でも次は、言い訳できない・・・いや、させないから」


 鋭い警告の言葉に、ジオルは鼻を鳴らした。だが、目だけは冷えていた。


「・・・やれやれ。面倒な女ばかりだな、おまえは」


そう吐き捨てた、そのときだった。


「その“女”たちの一人が、おまえの母親だとわかって言ってるの?」


 静かで、それでいて鋭い声が響く。

三人が振り向くと、そこに──クラリッサが立っていた。


黒衣のまま、日陰から姿を現す。

その瞳は、ジオルを冷たく射抜いていた。


「母様・・・!」


 ジオルの声に、クラリッサは歩を止めることなく続けた。


「何度も言ってるはずよ。学院内では、私もあなたも“ただの個人”──親子であることを言い訳にするなら、出直しなさい」


「・・・僕は別に、そんなつもりじゃ」


ジオルの目が逸れた。


「なら行きなさい。言い訳をする前に、なすべきことがあるでしょう」


「・・・はい」


 彼はしぶしぶ、だけど従順にその場を後にした。

母親の言葉を拒絶しきれない、少年の背中だった。


残された私たちに、静かな空気が流れる。


やがて、クラリッサがこちらを向いた。


「・・・なぜ、止めたの?」


「彼を傷つけても、何も変わらないから」


 私が言うと、クラリッサは薄く笑った。


「・・・甘いわね。痛みでしか学べない子もいるわ」


「それでも、痛みは──恨みに変わるだけのこともある」


静かに返すと、クラリッサは視線を伏せる。


それは否定ではなかった。

むしろ、肯定すらできずに戸惑う誰かの表情だった。


「・・・どうして、そんな目で見るの。何を私に期待してるの?」


「あなたが、“誰かを信じてもいい”って思えるまで──私は、あきらめない。ただ、それだけよ」


 風が揺れる。

クラリッサの黒い髪が、さざ波のように揺れた。


彼女は立ち去らなかった。

ただ、言葉のひとつひとつを、胸の奥で確かめるように受け止めていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ