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灼炎の転生魔女〜いじめ自殺から最強魔女の娘へ!前世の因縁、全部終わらせます〜  作者: 明鏡止水
3章 ゼスメリア生活・後編

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159.記憶のしおり

 夜の廊下は静かだった。

木の床が小さく軋む音だけが、私の歩みに合わせて響いている。


部屋を出てからも、しばらく私は立ち止まれずにいた。

クラリッサと母さん──二人の間にある、過去の傷。


それは誰のせいでもなく、それでも誰かが痛みを背負ったまま、今も終わらずに残っている。


(じゃあ、私が・・・)


 思考ではなく、感情が先に走った。

誰も悪者じゃない。なのに、誰も幸せじゃないなんて、おかしい。

私は、このまま見てるだけなんて嫌だった。


夜の風が窓から吹き込んで、カーテンが静かに揺れる。

私はその音を聞きながら、ポケットにしまっていた小さな(しおり)を取り出した。


例の“記録の本”に挟まっていた、赤いインクの走り書き。


 ──「信じたかった、ただそれだけだった」


 震えるような筆跡だった。けれど、どうしても伝えたかったという想いだけは、真っ直ぐに滲んでいた。


誰かにわかってほしい、でも届かない、そんな叫び。


「・・・クラリッサは、自分で抱えすぎてるんだ」


 だから、誰にも触れさせない。母さんにも、他の誰にも。

それがどれだけ孤独か、私にはわかる気がする。


(なら、私が)


彼女の憎しみでも、後悔でもない。

残った“揺らぎ”にだけ目を向けるなら──私だけは、踏み込めるかもしれない。



 私は、次の日にやるべきことを静かに思い描いていた。

あの人の沈黙に、私の声を届けるために。

あの人の手に、誰かの温度を思い出させるために。


(私は、二人の間に立つ)


母さんの過去を否定しない。

でも、それだけじゃ救えない人がいるなら、私はその手を、もう一度握る。


 小さく息を吐き、私は窓辺のカーテンを閉じた。

夜が深くなる。けれど、明日はきっと来る。


その光を信じて、私は静かに目を閉じた。





 翌日の放課後、私は人気のない裏庭へと向かっていた。

この時間、クラリッサはよく一人でそこにいる。生徒たちにとっても“近づきがたい場所”として有名で、誰も寄りつかない。


けれど私は、まっすぐにその足音のほうへと向かっていた。


 背の高い木々に囲まれた、苔むした石畳の広場。その一角、壊れた石壁のそばに、やはりクラリッサはいた。


黒いローブの裾が風に揺れ、木陰の中でその髪もまた静かに揺れていた。


「・・・また来たの?」


こちらが声をかける前に、クラリッサがそう言った。

振り向きもせず、手にしていた杖の先で落ち葉を払いながら。


「ええ。話がしたくて」


 私は正面に立つ。

けれど、彼女の目は私を見ようとしなかった。


「昨日の生徒のことでなら、済んだ話よ。処分も報告も必要ないし、同情も受けたくない」


「・・・違う。あなたの話がしたいの。先生のじゃなくて、“クラリッサ”の」


わずかに、彼女の眉が動いた。


「あなたが、あの人と“過去”を持っていたこと──そして、今もその傷を隠しきれていないこと」


「・・・また母親に吹き込まれたの?」


 低く冷たい声。

けれど、その下に潜んでいるのは苛立ちというより、呆れと疲れだった。


「違う。自分で読んだの。“記録”を。そして、自分で見たの。あなたが、昨日あの子を怒るとき──本当は、迷ってた」


「・・・あの程度の揺らぎで見抜いたつもり?自惚れないで」


クラリッサはようやく顔を上げた。

その瞳が私を射抜くように見つめる。だが、私は逸らさない。


「自惚れじゃない。あれは、“誰か”に似てた。あの記録にいた“赤い髪の少女”に」


 その言葉に、クラリッサの視線が一瞬だけ泳いだ。

でもすぐに睨みつけるように戻ってくる。


「それで何?あんたに何ができるの?」


──その声に、私は一瞬だけ言葉を失った。

けれど、胸に浮かんでいた思いを押し出すように、言った。


「・・・何もできないかもしれない。でも、私はあなたを“先生”だとは思ってない」


「ふん・・・知ってるわ。あなたの態度で、ね」


「でも、あなたが“ジオルの母親”ってだけで嫌いになるほど、私は子どもじゃない。ジオルは・・・たしかに好きになれない。でも、それとこれとは別」


 クラリッサの瞳が、すっと細くなった。


「・・・なら、何?」


「“ジオルの母親”としてじゃなくて、“赤い髪の少女”として、私はあなたに向き合ってる。・・・その先で、何か変えられるかもしれないって思ってるから」


クラリッサは、ふっと目を逸らした。

その視線の先には何もない。ただ、風に揺れる草木があるだけ。


 沈黙が落ちる。

私も、それ以上言葉を重ねなかった。


しばらくして、クラリッサがぽつりと漏らした。


「・・・その“赤い髪の少女”は、もう死んだのよ」


 私は静かに首を振った。


「違う。隠してるだけ。黒く染めても、髪の奥に赤は残ってる。・・・あなただけが、それを忘れようとしてる」


クラリッサは何も言わなかった。

でも、彼女の手が、指先が、ほんのわずかに震えていた。


私はそれだけを確かに見届けて、背を向けた。


「・・・今日はそれだけ。無理に聞かせようとは思ってないから」


 振り返らずに言って、歩き出す。

でも、その背後でクラリッサが言った──低く、絞り出すように。


「あんたは、いつか後悔するわ。そんな甘さじゃ、この世界では・・・」


それでも私は、立ち止まらなかった。


「その時は──“私”が全部引き受けるよ」


 そう返して、私は夕暮れの影の中へと戻っていった。




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