150.規則を越えて
昼休み。学院中庭の片隅、視線の少ない茂みの陰に、私たちは集まっていた。
目的は、クラリッサの過去につながる手がかりとなりそうな記録を見つけることだ。
ゼスメリアの地下にある旧文書庫には、図書室の比ではない数の書物があり、その中には史実や歴史上の人物に関して書かれたものもたくさんある。
それらを片っ端からひっくり返せば、なんとかきっとどこかには何かあるだろう。
でも、あそこは生徒は立ち入り禁止だし、管理している教師も最悪なほど堅物だ。
「・・・やっぱり正攻法じゃ無理よね」
私がそう言うと、マシュルがにやっと笑った。
「まっとうに頼んでも、“規則違反の第十五条、文書閲覧の不許可を以て却下する”って返されるのがオチさ」
彼の口調を真似たそれが妙にリアルで、私は思わず苦笑した。
「で、どうする気なの?」
「簡単さ。ちょっとだけ眠ってもらって、鍵を借りる。すぐ返すし、証拠も残さない。完璧だろ?」
「・・・“拝借”ね」
私は念を押すように呟いたけど、内心ではもう覚悟を決めていた。
あの文書庫の中に、きっとクラリッサに繋がる手がかりがある──そんな、確信めいたものがあったから。
旧文書庫の管理人の名は、サーレン・グリムワードという。白髪にぼさぼさ頭のおじさんで、眠たそうな目つきなのに、規則にはやたら厳しい。
何かと言えば「禁則五十条」やら「七の掟」やらを唱える、いわば“生きた監視装置”みたいな人だった。
(そんな人が昼休みに油断してる、なんて・・・でも)
「見てて。おれ、こういうの得意だから」
マシュルはそう言って、茂みからそっと抜け出すと、学院の南棟にある資料保管室へ向かっていった。
サーレン先生は、昼になると決まってその部屋で資料の目録整理をしている・・・という情報は、ノエルがこっそり調べてくれていた。
中の様子をうかがったマシュルは、静かに手をかざす。
(・・・水の魔法?)
「『眠りの水環』」
囁くような詠唱のあと、ほとんど音もなく、淡い水の揺らぎが室内を満たした。
そして──数秒の静寂。
「・・・ぅん、禁則・・・廊下での・・・走り・・・」
サーレン先生の呟きがだんだん間延びしていき、やがて机に顔を突っ伏して、静かに眠り始めた。
(・・・ほんとに寝た)
私たちは息をのんだまま、マシュルの背中を見つめていた。
彼はすっと近づき、手慣れた動作で先生のローブから鍵の束を抜き取る。
「ふっ、いたずら完了だ」
戻ってきたマシュルは、どや顔で言った。
「まるで盗人ね」
「人聞き悪いな。おれは盗人なんかじゃないよ」
「いや、完全に盗んでたじゃない。動きも手慣れてたし」
ティナが眉をひそめて突っ込むと、マシュルはすました顔で肩をすくめた。
「いいや、“借りた”んだよ。ちゃんと返すし、資料に触れるだけ。文書は一文字も持ち出さない。それってつまり、ノーダメージってことさ」
「開き直ってるわね」
「・・・なかなかね。でも、ありがとう。マシュル。助かった」
私が素直に言うと、彼はちょっと照れたように笑った。
「アリアにそう言われると、悪くない気分だな」
・・・調子に乗りやすいんだから。
それでも、今は彼の大胆さに助けられているのは間違いない。
「よし。じゃあ、午後の授業が終わったら──いよいよ乗り込みましょう。今は、もう時間がない」
既に、昼休みはあと10分を切っている。
勝手の効かない場所に忍び込むことを考えると、それではとても時間が足りないだろう。
「でも、その間にあの人起きるんじゃ」
「大丈夫さ。あの魔法はわりと強いからな、一回かかれば十二時間はおねんねしてくれる」
「本当かな?バレたら大変なことになるわよ」
「大丈夫だって・・・おれを信じてくれよ」
祈るように手を合わせるマシュルに、ノエルはため息をつきつつも、彼を信じることにしたようだ。
私は代表として鍵を受け取った。
一番信頼できるから、とのことだったが、マシュルの性格を考えると、万一バレた時の保険という意味合いもあったような気がする。
どちらにせよ、もう後戻りはできない。よって、私も覚悟を決めざるをえないのだが。
ポケットの中の小さな鍵をそっと握りしめ、私は思う。
(待ってなさいよ、クラリッサ。あんたの過去を・・・腹の中を、暴いてやるわ。必ず)




