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灼炎の転生魔女〜いじめ自殺から最強魔女の娘へ!前世の因縁、全部終わらせます〜  作者: 明鏡止水
3章 ゼスメリア生活・後編

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141.許すとは言えないけれど

 昼過ぎ。

芽依に案内されて、私はアルフィーネ魔法学院の講堂の前へと向かっていた。


ここに来るのは、実に四年ぶりになる。

あのとき、私はゼスメリアの二年生として、三か月だけこの学院に留学していた。


授業も、演習も、寮生活も、全部が新鮮で、でもどこか馴染めなくて、結局ほとんど誰とも親しくなれなかった記憶だけが、今もぼんやり残っている。


「・・・緊張してる?」


 芽依、もといユエが小さく笑いながら訊いてきた。


「ちょっとだけ。・・・たぶん、覚えてる人なんていないと思うけどね」


「そうかな。私、聞いたことあるよ。“赤髪の留学生、あまり喋らなかったけど、炎の制御がうまかった”って」


「・・・ ああ、それ絶対、無愛想だったってことじゃん」


「うん、そう思う」


「ひどい・・・」


 二人で小さく笑っていると、講堂の扉が開いた。


「──あっ」


一人の少女が、私たちに気づいて立ち止まった。

淡い銀色の髪、涼しげな瞳。年齢は私と同じくらいだろうか。制服の肩章からすると、芽依と同じく六年生のようだ。


「・・・?もしかして、ゼスメリアの・・・アリア・ベルナード?」


 私は少し驚きながらも、ゆっくりと頷く。


「・・・うん。四年前に、ここに来てたことがある」


少女は少し目を丸くして、それから柔らかく笑った。


「やっぱり。・・・覚えてる?私、あなたと小規模演習で組んだことがあったの。魔法のセンス、すごく鮮明だったから」


「ありがとう。ごめん、私、名前を・・・」


「いいの。覚えてなくて当然だよ。私はエレナ・リュミエール。今はユエと同じクラスなの」


 エレナはユエの方を見て、親しげに目を細める。


「ねえ、アリア。少しだけ、うちのクラスに顔を出していかない?留学してたってこと、覚えてる子も他にいると思う」


私は一瞬だけ迷ったけれど──ユエがうなずくのを見て、口元を引き結んだ。


「・・・うん。少しだけなら」




 教室の扉を開けると、雪のような静けさが一瞬、空気を包んだ。


けれど、すぐに何人かの生徒が立ち上がる。


「あれ・・・もしかして、アリア・ベルナードじゃない?」


「え、本物?うそ、懐かし・・・!」


「覚えてる。前に演習で見たよ。すっごく真面目で、いつも一人だったけど、魔法だけは飛び抜けてた!」


「“炎を使う無口な子”って有名だったんだよ、実は」


思わず顔が熱くなる。

どれだけ無愛想な印象を残してたんだ、あのときの私。


「ま、待って。もうちょっとなんか、他の記憶ないの?」


「昼休みに、パンと牛乳で済ませてたの覚えてるよ」


「・・・それ、思い出す必要あった?」


 教室に笑いが広がる。


いつの間にか、私はユエの隣で小さく肩をすくめていた。

懐かしさと、照れくささと、でもどこかあたたかい気持ちが心の中で溶けていく。


「アリア」


 ふと、ユエが私の袖を引いた。


「今日だけじゃ、足りないね。・・・また、来てくれる?」


 その声に、私はまっすぐに頷いた。


「・・・うん。何度でも。だって──ここにも、私の帰ってこれる場所があるって、今なら思えるから」


窓の外では、雪がほのかに陽を浴びて、きらりと光った。


 あの頃は見えなかった景色。

でも今は、確かにここにある。


──“もう一つの春”が、ゆっくりと始まりかけていた。





 昼下がりの薄曇りが、アルフィーネ学院の講堂をやわらかく包んでいた。

雪解け水が校庭を濡らし、乾いた土の匂いが春の訪れを告げる。


「今日は・・・どうしよう、リーネもいるって聞いたけど」


ユエが少しだけ緊張したように呟く。

彼女もまた、複雑な思いを抱えているに違いない──リーネ、もとい野々村愛美は、前世で芽依をいじめていた一人だったから。


 ユエの不安を感じ取った私は、ぎゅっと彼女の手を握った。


──その時、講堂の裏手から小さな足音がする。振り返ると、ポニーテールの銀髪少女がこちらに向かって歩いてきていた。


「・・・アリアさん、ユエさん」


リーネ・シュトラウス。

高校生だった前世では、野々村愛美としてアリア・・・もとい鈴木三春である私や高橋芽依を苛んだうちの一人。


今は氷属性を持つ六年生。十二歳に見えるが、その瞳の奥には鋭い光がある。

まあ前世の記憶があるのだから、当然かもしれないが。


「・・・リーネ」


 言葉を詰まらせながらも、私は静かに返す。

どうしてここに?過去のこと、抑えきれない記憶が胸に蘇る。


「覚えてる?四年前、模擬演習であなたの魔法が暴走したこと。私が・・・あなたを助けた。あれは偶然じゃなくて、本当は償いたかった。謝りたかったんだ」


彼女は静かに視線を落とした。

私は、あのとき彼女が見せた驚きと慌てた表情を思い出す。


「あの時も謝ったけど、それで許されることじゃないよね。・・・本当にごめんなさい、アリアさん。あの時──前世の私として、あなたと向き合う勇気がようやく持てたの」


 リーネの声は震えていたが、その誠実さを感じずにはいられなかった。


彼女の言う通り、謝られたところで、許していいことだとは思わない。

けれど逆に、絶対に許してはならないことだとも思えない。


 許さないと言って復讐を続けて、その先に何があるのか。

復讐を成し得たところで私は幸せにはなれないし、傷ついた過去も消えない。


それは、加害者であるリーネも・・・愛美も同じだ。

でも、「謝った」というだけでも、きっと大きな変化だろう。


だからこそ、余計に悩むのだ・・・それこそ、苦しいほどに。


 結局、誰も幸せにはなれない。

なのに、なんでやってしまうんだろう。

なんで、あんなことが起きてしまったんだろう。



 そんな中、ユエもまた、胸が詰まるように小さく黙っていた。


「・・・正直、あなたにもユエにも、許してもらえるかわからない。でも、一歩進みたくて」


 リーネは震える手を差し出す。

その手には、確かに“和解”への意思が込められていた。


私は深呼吸し、リーネの手をそっと握った。


「・・・ありがとう、リーネ。あの時、あなたがいたから私は助かった。暴走を止めてくれたことは、今でも感謝してる。あの時、私は怒りと憎しみに支配されて、自分の炎を制御できなくなって──一歩間違えれば、死んでたと思う」


 でも、と私は続けた。


「あの時、あなたがいてくれてよかった。たとえ過去は消せなくても、今のあなたは違うって、そう思えたから」


ユエもまた、静かにうなずく。


「リーネ、お互いに赦すってこと・・・芽依としてではなく、ユエとして、今ここにいるあなたを見てます」


 リーネは声を詰まらせながらも、小さく笑みを返した。


「・・・ありがとう。あなたも許してくれるのなら、こんなに嬉しいことはない。私、もう誰も苦しめない。自分を変える、って誓うよ」


講堂の窓から差し込む光が三人を照らし、氷と炎、そしてやわらかな絆のように温かい瞬間を作る。


「・・・これからだね。三人でまた、歩いていこう」


 私は微笑んで頷き、ユエもリーネもそっと私に寄り添った。


春の風が吹き抜け、雪から緑への時間を刻んでいくように、私たちもまた──過去を癒し、新しい関係の種を育て始めた。



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