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灼炎の転生魔女〜いじめ自殺から最強魔女の娘へ!前世の因縁、全部終わらせます〜  作者: 明鏡止水
3章 ゼスメリア生活・後編

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134.焔の封域

 重く閉ざされた石門が、ゆっくりと開いていく。

そこに広がっていたのは、異質な沈黙。


私はルシウス先生と共に、ゼスメリアから遥か離れた地──伝説の試練場「封域」の門前に立っていた。


「・・・ここが、封域」


 赤黒く焦げた岩肌と、地の底から湧くかすかな熱気。

空には雲ひとつなく、それでいて、どこか空虚な天蓋のように覆われている。


風もなく、音もない。まるで、世界が息を潜めているかのようだった。


隣を歩くルシウス先生は、いつもの飄々とした様子を消していた。


「そうだ・・・この“焔の封域”は、君の母──セリエナが試練を受けた場所。だが、その時とまったく同じものではない」


 彼の声は低く、静かに響く。


「今ここに存在する封域は、“精神”を媒体とする異空間。君自身の記憶、内面、過去が、試練の形を決める。・・・つまり、これまで君が逃げてきたものが目の前に現れる」


私は無意識に、リーヴァの柄を握りしめていた。


「・・・わかっています。でも、私は行きます」


 その言葉に、ルシウス先生は頷く。


「ならば進め。ここから先は、私も同行できない。扉をくぐれば、そこは“君だけの”世界だ」


私は一人で、封域の奥へと足を踏み入れた。




 最初に感じたのは──音がなかったことだった。

自分の足音すら、どこか遠く、別人のもののように聞こえる。


大地は焼け焦げ、灰色の空がどこまでも広がっている。なのに、熱はない。

燃えたはずの痕跡だけが残る、どこか冷たい風景だった。


「これは、私の・・・心の中?」


 そのときだった。遠く、何かが“軋む音”がした。


地面にぽっかりと開いた黒い穴のような門が、一歩ごとに近づいてくる。

何もないはずの大地に、突如として現れたその門には、なにか得体の知れない“圧”があった。


 門の中心には、光ではなく──影が渦巻いている。


(これが、“精神の扉”・・・)


ここに来る前に、ルシウス先生から聞いていた・・・”精神の扉”のことを。


 《焔の封域》に存在する、挑戦者の精神と記憶に基づいて形成される異空間への入口。

通常の空間とは隔絶されたその先には、物理的な敵ではなく、“内面”と向き合う試練が待ち受けている。


この扉は、挑戦者の「逃げてきた過去」や「乗り越えるべき恐怖」をそのままの形で具現化させ、通過することで“真の覚醒”へと繋げる。


 扉そのものに鍵や取っ手はなく、自らの意志で“触れる”ことで開く。

無理に開こうとしても反応しないため、「自分から向き合う」姿勢が求められる。


扉の中心は“光”ではなく“影”でできており、見る者に不安や過去の残滓を喚起させる。

・・・そんな話を、事前に聞いていた。


 鼓動が速まる。逃げ出したくなる衝動が、喉元までこみ上げてきた。


──逃げたな、お前は。

──また逃げるのか?

──それでも“母を超える”と、言えるのか?


影の中から、そんな言葉が響く。


「・・・違う。もう、逃げない」


だけど、私は進む。


「・・・私は、“あの頃”から目を背けたりしない。そう決めたんだ」


 一歩、また一歩。

扉に近づくたびに、視界の端に、何かがちらついた。


──夕焼け色の教室。

──机に刻まれた落書き。

──ロッカーの中に捨てられた教科書。

──誰かの笑い声。

──無言で視線を逸らす先生。


 もう、考えるまでもない。

何となく来るかなとは思っていたが、やはり来たか。


わかってはいても、思い出すときついものだ。


(やめて・・・やめてよ)


 思わず耳を塞いだ。

けれど、記憶は止まらなかった。


 


 扉を通過した瞬間、私は“現世”の制服に包まれていた。


見慣れたはずのブレザー。けれどそれは、私にとっては服でも鎧でもなく・・・枷だった。


「・・・ここは」


 目の前には、灰色の校舎。薄汚れた廊下。掲示板には、私の名前をもじった悪意の言葉が貼られていた。


足音が響く。振り返っても、誰もいない。

だけど、確かに、誰かが私を見ていた。


──『またあいつ一人で飯食ってるよ』

──『空気読めないっていうか、キモくない?』

──『先生に媚び売ってて草。ホント笑えるわ』


 声が、視線が、嘲笑が、過去の“日常”が、押し寄せてくる。


(私は・・・いじめられてたんだっけ?)


埋めたはずの記憶が這い出してくる。

まるで腐った手のように、私の心を掴んで離さない。


 そして、場面が切り替わる。

校舎の屋上。──“あの日”だ。


風が吹いていた。

今にして思うと、あれはほどよく冷たくて、気持ちよかった。

だけど、それは死の直前の静けさ。


 学校の屋上で、柵の向こうを見つめる“私”がいた。

涙の跡が残る顔。スマホに書いた、即席の遺書。誰にも相談できず、助けてもらえなかった絶望。


(・・・ああ、もう・・・嫌だ。帰りたい)


 全身が震える。膝が崩れそうになる。

でも、私は気づいていた。


これは──試練だ。“あの頃の自分”に、今の私が向き合わなければならないのだ。



 私は歩く。あの柵の向こうで飛び降りようとしていた“かつての私”の前に立つ。


「・・・私。今度こそ、あなたを助けに来た」


そのとき、手のひらに・・・熱を感じた。

まるで、心の奥で炎が芽吹いたような。


──これが、“母の炎を超える”第一歩なのかもしれない。



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