131.炎と光の裁き
ヴァルグスの背後で、仮面の“黒い塵”がうねるように形を変え、無数の触手を伸ばしてきた。
私はリーヴァを構え、母と並んで前へと出る。
「来る・・・!」
次の瞬間、地を裂くような轟音と共に、闇の触手が襲いかかってきた。
「──『紅焔連弾』!」
母と私の声と同時に、赤い障壁が前方を覆う。
炎の壁は黒い塵の一撃を受け止め、空間に火花が散った。
「今よ、みんな!」
私の合図で、仲間たちが一斉に動いた。
「ライド!」
「任せろっ!」
雷鳴が走る。 ライドの拳が雷光を纏って閃き、触手の一本を打ち砕いた。 痺れるような電流が爆ぜ、黒い塵の一部が崩れ落ちる。
「シルフィン!」
「行くわよ、アリア!」
シルフィンは地を蹴って宙に舞い、炎の弓を引いた。
「『陽炎の矢雨』!」
無数の火矢が降り注ぎ、塵の周囲を焼く。
火と雷、二重の波状攻撃が広がる。
だが──
「チッ、再生してる・・・!」
ライドが歯を食いしばる。 焼かれ、砕かれた触手が、再び煙のように再構成され、数を増やして襲いかかってきた。
「際限がないの・・・!?」
ノエルが叫び、手を突き出す。
「『岩牢壁陣』!」
地面から岩が競り上がり、味方の前に幾重もの防壁を築く。
その一方で、マシュルがすぐに対応する。
「なら、冷やせばいい!『氷結乱舞』!」
舞うような動きと共に、冷気が巻き起こる。 黒い塵の表面が凍りつき、再生速度が一瞬だけ鈍った。
「今よ!」
私は全身の魔力を集中させ、炎をリーヴァに纏わせた。
「──『紅焔剣舞』!」
紅蓮の斬撃が空を裂き、凍結した塵を貫いた。 仮面がわずかに傾き、裂け目から濁った黒い魔力が噴き出す。
「効いてる・・・!」
ティナが光の魔力を放ちながら叫んだ。
「『照破の光環』!」
光の輪が黒い塵を囲み、闇の力を削ぐように輝く。
「させるか・・・!」
ヴァルグスがついに動いた。 その両手から黒紫の魔力が放たれ、空間が波打つ。
「『神降ろしの印章』!」
天井の結晶灯が砕け散り、空中に巨大な邪紋が描かれる。 それは空間そのものを歪ませるほどの圧力だった。
「魔力の場を、書き換えてる・・・!」
ティナが声を震わせる。 次の瞬間、五人の生徒たちの上に、黒い鎖が伸びる。
「やめなさい・・÷!」
私は思わず踏み込んだが、鎖が高速で伸び、私を押し戻す。
「この子たちの魂を、完全に捧げるつもりね・・・!」
母の顔に怒りが浮かぶ。
「セリエナ、アリア!二人で“核”を狙って!」
ティナの声が響く。
「仮面の下・・・あれがこの塵の中心核よ!あれを破壊すれば、塵も魔法陣も・・・すべて崩れるはず!」
「分かった!」
私は母と視線を交わす。 互いの魔力が同時に収束していく。赤と紅の炎が、空間そのものを焼き尽くすように膨れ上がった。
「──『紅焔・双重陣』!」
私と母の魔力が融合し、双つの炎柱となって黒い塵を貫く。 仮面の中心に直撃し、凄まじい轟音が空間を揺らした。
仮面が砕け、黒い塵が悲鳴を上げる。 その声はまるで、この空間そのものが呻くようだった。
その際、ヴァルグスは初めて焦ったような表情を浮かべた。
「やめろ・・・その炎は・・・!」
だが、構うことはない。母と私は、炎の奔流をさらに押し込む。
リーヴァにすべての力を注ぎ、私は仮面の中心を断ち切った。
一瞬、世界が沈黙した。
次の瞬間、黒い塵が爆発的に拡散し、塵のように霧散していった。 魔法陣が崩壊し、天井の結晶が全て砕け散る。
「・・・っ!」
ヴァルグスが崩れ落ちる魔力の中で膝をついた。 その背を、私はリーヴァで冷たく見据えた。
「終わりよ、ヴァルグス」
私はそう言い放ったが、ヴァルグスはまだ立ち上がろうとしていた。
その姿は、すでに人ではなかった。
法衣は焼け焦げ、黒い瘴気がその体から立ち上っている。皮膚にはひび割れたような痕が走り、そこから覗くのは、血肉ではなく──禍々しい“何か”。
「まだだ・・・私は・・・まだ、“神”に・・・」
ヴァルグスが呻くように言葉を漏らし、空を仰ぐ。
そのときだった。
「──もう、やめなさい」
凛とした声が響いた。
その瞬間、空気が張りつめたように震える。 音も光も、すべてが一瞬静止する。
次に見えたのは──、紫の服を着た、麗しき魔女・・・メジェラ先生。
「メジェラ・・・!?」
ヴァルグスが、獣のような声を漏らす。
「なぜ、お前がここに・・・!」
「・・・逆に聞こう。なぜ、あなたがここに?」
その声には怒りがこもっていたが、同時に深い哀しみも滲んでいた。
メジェラ先生は、倒れかけたヴァルグスを見下ろす。
「あなたは変わってしまったな。あの頃、あなたは優れた魔法使いだった。私もまた、あなたを尊敬していた」
ヴァルグスの顔が、苦悶に歪む。
「・・・それでも、私は・・・選ばれたのだ・・・“あの方”に・・・私は、神の器になるはずだった・・・」
「邪神は眠りについたのだ、再び目覚めさせるべきではない。・・・そんなことのために、子どもたちを犠牲にするおつもりか?」
「その通りよ!」
その言葉は、ティナだった。
彼女は前に出て、杖を高く掲げた。
「光は、すべての闇を照らし出す──『聖光裁断』!!」
天井の割れ目から、光が差し込んだ。
光はティナの杖に集まり、まばゆい剣となって空中に現れる。
それは裁きの剣。罪あるものを打つ、“純白の刃”。
「──これで終わりよ、学院長」
ティナが杖を振ると、光の剣がヴァルグスの上空に出現し、そのまま真っ直ぐに落下した。
刹那、まばゆい閃光が爆ぜる。
叫び声も、黒い瘴気も、すべてを呑みこんで、ただ静寂が残された。
光が消えたあと、そこにヴァルグスの姿はなかった。 あるのは、焦げた床と、消え残った灰だけだった。
私は、ただその場に立ち尽くしていた。 ──すべてが、終わったのだ。
母が、私の肩に手を置く。
「・・・終わった。よくやったわ、アリア」
私は小さく頷いた。肩の力が抜け、膝が少し震える──とどめは私ではないが。
ティナが光の杖を下ろし、胸に手を当てて深呼吸した。
「・・・怖かった。でも、皆がいたから、できた・・・ありがとう」
その言葉に、誰もが頷いた。
戦いは終わった。 だが、守るべきものはまだ目の前にある。
五人の意識を失った生徒たち。彼らを、救わなければ。
だが、これについては心配無用だった。
メジェラ先生が、いとも簡単に魔法を解いてくれたのだ。
はっ!と目を覚ます生徒たちを見て、母はつぶやくように言った。
「相変わらず手荒いわね」
それに対しメジェラ先生は、ふん、と鼻で笑った。
「多少の荒療治が必要なこともあるのだ。お前とて、それは知っているだろう」
「・・・そうね。メジェラ、つくづく変わってないようで何よりだわ」
「余計なお世話だ。それより、速やかに戻ろう。いろいろと、報告せねばなるまい」
「確かにね。・・・証拠になりそうなものを持って、戻りましょう。もう、処分されるリスクもないわ」
そうして私たちは室内を調べまくり、学院長ヴァルグスの悪行と正体、そして邪なる者の計画の証拠になりそうなものを残らず持ち出した。
もう妨害されることもなく、すんなり持ち出せた。
あとは、これらを母とメジェラ先生が然るべき所に提出して報告してくれるらしい。
元の学院長であるソリス先生が戻ってきてくれるかはわからないが、とりあえず安心だ。




