114.試練の火蓋
模擬戦の翌日、私たちは再び訓練場にいた。
けれど、昨日とは違う。
誰もがそれぞれの動きに「意味」を持たせていた。立ち位置、視線、魔力の使い方、そして声のかけ方──。
あの模擬戦で、私たちは「通じた」瞬間を確かに感じた。
「闇使いの影、昨日の軌道を元に再現して。ノエル、地脈の変化を仕込める?」
「いける。今回は、罠に“二重構造”を組んでみる」
ノエルの声は冷静だった。けれどどこか、昨日よりも心の芯が近くなっているような、そんな気がした。
「ライド、雷を使うときは必ず“陽動”が必要。前後で動きを読まれないように」
「オッケー。昨日のやつに“痺れ”加える。逃げられなくすればいいだろ?」
そして。
「アリア、あなたの炎・・・昨日より制御が効いてる。爆ぜる手前で留めてたでしょ」
「うん。模擬戦のとき、ノエルのバリアでギリギリ守られたとき思ったの。“暴れた力”じゃ、意味がないって」
私はそう答えながら、魔力の流れを意識する。
ただ燃やすだけじゃない。仲間の動きと呼応して、力を“運ぶ”炎にすること。
あの模擬戦は、それを教えてくれた。
三日後の戦略会議では、私たちの隊だけが“戦術分担表”を提出していた。
それを見たカイン先生は、ほんのわずかに口元を緩めた。
今年になって学院に来た彼の、初めて見る、ほんの小さな“笑み”だった。
「第七小隊・・・よく練られている。“穴”を、前提にしていないのがいい」
ティナが小さく頷く。
「足りないものを埋めるんじゃない。“持っているもの”で、戦える形を作る」
「──まさに、それだ」
先生はそう呟くと、全体へ向けて声を上げた。
「他の小隊にも伝える。本番試験では、“与えられた条件”において、最適の陣形を即座に作る力が求められる。それは、魔力量でも属性の豊富さでもない。“理解と連携”だ」
試験まで、あと十日。
私たちの隊には、緊張もあるけれど、それよりも高まっていくものがあった。
あの模擬戦が、ただの演習ではなかった証拠。
“上には上がいる”──それを見せられて、私たちは負けなかった。
だから、次は勝ちたい。
模擬戦で見た“闇の影”の動き。
氷のタイミング。
光の照準の取り方。
それらすべてを分析し、真似て、対策する。
そしてなにより、あの瞬間の決断力を、次は自分たちで引き寄せる。
夏の本番試験。
それは、また一つ上の階段。
でも、私はもう怯えていない。
──あの闇の中を、確かに越えたから。
私たちは、「今ある力」で未来を切り拓く。
そうしていよいよ迎えた、本番。
空は、まるで春の模擬戦を思い出させるような青さだった。
雲ひとつない快晴。だが、今日の陽射しは冗談みたいに暑い。
試験用の広大な戦闘区画には、すでにいくつもの魔法結界が張られ、まるで小さな戦場のような空気が漂っていた。
「いよいよだな」
ライドが額の汗をぬぐいながら、誰にともなく呟く。
「本番だよ、アリア」
ノエルが隣で小さく微笑む。
その目にはもう、かつての距離はなかった。今の彼女は、私にとって仲間であり──友達だった。
「・・・うん。絶対、勝とうね」
私は手にした杖を握りしめた。
魔力を上手く制御するための必須アイテムであり、入学直前に導かれるように手にしてから、ずっと使ってきた大切な道具だ。
四年生の終わり頃から、急激に魔力がまわりの子より高くなってきたのだが、最近は特にそれが顕著になってきた。
故に、魔法を唱える際に杖に流して制御する魔力も増えてきた。
だが、それでもここまで壊れずにいてくれている。
(この杖と、みんなとなら──やれる)
「第七小隊、準備完了」
ティナの報告が響くと、場内に試験官たちの結界が展開された。
対戦相手の名前が読み上げられる。
「対するは、第八小隊。属性構成──氷、雷、地、風、光、風」
またしても“風”と“氷”がいる。つまり、撹乱と拘束を前提とした構成。
けれど私たちは、怯まなかった。
「前の模擬戦で見た構成に近いね。あれより少し“軽量”な印象」
ティナが冷静に分析する。
「氷と風で動きを止め、光で仕留める──前と同じ流れだ」
「でも今回は、“その後”が違う」
マシュルが水の波を静かに展開する。
合図が鳴った瞬間、試験区域が震えた。
「行くよ!!」
私は叫んだ。
地面が跳ね上がり、ノエルの罠が起動する。
風の刃が迫るが、ティナの光が狙撃の角度を狂わせ、シルフィンの精密な火矢が間隙を突いた。
「雷、右から!」
「取った!」
ライドの雷撃が風の魔法を断ち、マシュルがそこへ水をぶつけて、敵の動線を封じた。
連携が、今までになくスムーズだった。
(いける・・・このまま押し切れば!)
私は炎を収束させ、敵陣へ向けて踏み出した。
「『焔閃陣』──!」
炎が空間を焼き裂いた、その瞬間だった。
ガキィン──!!
手の中で、何かが砕ける感触。
「──えっ?」
私の視界が揺れる。掌の中、杖の中央が──砕けていた。
杖が、二つに折れている。
「アリア!!」
ノエルの声が聞こえたが、間に合わない。
崩れる構え、制御を失った炎が不安定に暴れ始める。
でも、私は倒れなかった。
「ノエル!地で受け止めて!」
「了解っ!」
地面がせり上がり、私の炎を包むように遮断してくれる。
爆風は封じ込められ、私の体は吹き飛ばされずに済んだ。
だけど──私の、魔力の“導き手”はもうない。
(・・・どうする?)
一瞬、頭が真っ白になりそうになる。
でも、見上げるとみんながまだ戦っているのが見えた。
倒れない。 諦めない。
私の魔法は、杖だけじゃない。
炎は、心から生まれる。
「──私が、終わらせる!」
私は折れた杖の下半分を構え、魔力を直接、指先へ流す。
「『紅蓮牙・双斬』・・・!」
杖無しで魔法を使うのは、魔力の高さ故に制御が難しい私にとっては危険な行為だ。失敗すれば、魔法が暴発し自分が焼かれる。
けれど、迷いはなかった。
二振りの炎が再び形を成し、私の背中に、誰かがそっと支えるように立っていた。
「・・・最後、決めなよ」
それは、ノエルの声だった。
そして──私たち第七小隊は、勝った。
息が上がり、私は地面に倒れ込む。
折れた杖を抱えながら、空を見上げた。
雲一つない、真夏の空。
熱い、でも冷たい涙が頬を伝う。
「・・・勝った、んだね」
「うん。アリアが、最後決めてくれた」
ノエルが、笑っていた。
私は、折れた杖を見つめた。
ここまで五年間、愛用してきた道具が・・・壊れた。
(この杖は、折れてしまった。けど──)
私の中にある火は、まだ消えていない。
もっと、強くなる。
仮に杖がなくても、仲間となら。
──夏の空に、ひとすじの風が吹いた。




