紹介と戯れ
「おお、ノート!昨日ぶりだな!昨日保健室に様子見に行ったんだが、その時はまだ寝てたから心配してたんだぜ?まあ何にせよ無事でよかった!…てかなんか眠そうだな。大丈夫か?」
「ああ、ちょっとな…」
神徒召喚の翌日、登校するなり前の席に座るディルから声をかけられた。
昨日アンと話したことが頭に残り寝付けなかったことは自覚していたが、出会ってすぐさま心配をかけてしまうくらいには顔に出ているようだ。
「ふーん」
俺が苦笑を返すと、ディルはそれ以上深堀してくることはなかった。
俺はディルの隣に目を向ける。
「この人がディルの神徒…だよな」
「おう、俺の神徒のガラドーンだ!ガラドーン、こっちは俺の親友のノート」
「よろしく、ガラドーン」
俺が手を差し出すと、ガラドーンはニカッと快活な笑みを浮かべて俺の手を握り返した。
分厚い手のひらに俺の手がすっぽりと収まる。
「マスターの親友か!これからよろしく頼む!…それにしても、ここにいる人間たちはみな筋肉が足りてないな。もっとトレーニングに励まないといかんぞ!」
ガッハッハと笑うガラドーンに、ディルがうれしそうに頷いている。
似た者同士の二人は、今後もうまくやっていけそうだ。
それに比べ俺の神徒は…
「そういえば、お前の神徒はどこにいるんだ」
ディルの問いかけに、俺の口からはため息が漏れた。
俺の反応にディルは首を傾げる。
「実はだな…」
俺はディルに昨日保健室で目覚めてからの出来事を掻い摘んで説明する。
勿論アンから聞いた記憶柱に関することは省いて。
「な、なるほどな…俺が様子を見に行った時はそんな子には見えなかったけどな」
「そういえば保健室に来てくれたって言ってたな」
「おう。その時は意識のないお前を心配しているように見えたけどな」
サヤカが俺のことを心配していた?
そんなまさか。
「それはディルの勘違いだと思うぞ」
「そうかぁ?」
あまり納得してなさそうなディルに改めて勘違いだと念押しすると、まあノートがそう言うならそうなのかもなとディルが折れた。
「じゃあ、ノートの神徒は神徒用の寮にいるのか?」
「ああ、先生からはそう聞いてる」
俺たち指揮官が暮らしている学生寮とは別に、学校内には神徒が住むための寮が用意されている。
学生寮で神徒と寝食を共にすることもできるのだが、他者との生活に抵抗があるという人間も一定数存在するため、神徒用の寮が用意されているのだ。
一応、神徒との絆を深めるという意味でも共に暮らすことが推奨されている。
昨日、サヤカが職員室を飛び出していったあとアンから、
「彼女のことは私が何とかしよう。今日のところは帰りなさい」
と言われ、その夜、とりあえず今は神徒用の寮に住ませることにしたという旨の連絡がきたのだ。
「お前らが羨ましいよ」
「まあ、ノートなら何とかなると思うぜ」
「何を根拠にそんなこと…」
「だって、ノートはいい奴だからな」
屈託のない笑顔を向けられ何も言えなくなった俺は、はは、と渇いた笑みを返した。
その時、ガラガラと前方の扉が開いた。
「…サヤカ」
「…昨日は悪かったわね」
「え?」
開いた扉から姿を見せたのはサヤカだった。
話しかけられると思っていなかった俺の口からは、裏返った変な声が出る。
「ふ、ふふッ」
サヤカが口に手を当て、小さく噴き出した。
昨日とは随分違う様子に俺はぽかんとする。
「何情けない顔してるのよ」
「え、いや、べつに…」
「…そう」
他人が会話をしてくれることに対してここまで感動したことがあっただろうか。
何があったかわからないが、サヤカの態度が少し軟化したことに嬉しさがこみ上げる。
「君がノートの神徒か!俺はディル・ウォーカー。ノートの友達だ、これからよろしく」
「…サヤカよ、よろしく」
ディルは手を差し出すが、サヤカはスルーした。
ディルは行き場のなくなった手を後頭部に回し困ったような笑みを浮かべた。
「おい小娘。それは流石に礼儀が鳴っておらんのではないか?」
サヤカの態度に、ガラドーンが目を細めた。
マスターが侮辱されていると感じたのかもしれない。
サヤカはガラドーンの視線に対して鋭い視線を返した。
「アタシがどうしようがあんたには関係ないでしょ。別に迷惑をかけたわけでもないし」
「その態度はどうなんだ?ディルはお前のマスターと親友なのだぞ?お前がそんな態度をとることで、マスターに迷惑がかかるとは思わんのか」
ガラドーンの言葉に対して、サヤカはちらりとこちらに視線を向け、またガラドーンへと視線を戻した。
「アタシは、こんなやつをマスターとみ――」
その時、サヤカの言葉を遮るように、また前方の扉がガラガラと音を立てて開いた。
アンだった。
「始業時間だ。立っている者は席につけ」
その言葉を聞いて、ガラドーンは何か言いたげな視線をサヤカへ送った後、ディルの隣へと腰掛ける。
サヤカは、俺の隣の席が空いているにもかかわらず、一つ飛ばして座り、腕を組んで瞑目した。
全員が席に着いたことを確認すると、アンが話し始める。
「よし、全員席に着いたな。では今日の予定を伝えるが、まず神徒の能力測定を行う。その後適性を見て、今後のカリキュラムを作成していく。十分後、演武場に移動しろ」
アンが移動を促すと、クラスメイト達はぞろぞろと立ち上がり移動を始める。
「サヤカ、俺たちも行くぞ」
「…わかったわ」
何故かわからないが、返事をしてくれるようになっただけでも大きな進歩だ。
この調子でもっと仲良くなれたらと思う。
「ノート!」
皆の後に続いて教室を出ようとすると、肩を叩かれた。
「ん?」
振り返ると、エレナとモノクルをかけた長身の美青年が俺を見下ろしていた。
「エレナか。おはよう」
「え、ああ、おはよう。ねえ、さっきの大丈夫だったの?」
さっきの、というのは恐らくガラドーンとサヤカが少し険悪な雰囲気だったことを言っているのだろう。
「丁度いいタイミングで先生が入ってきてくれて助かったというのが正直なところかな」
「そう…。それで、そっちの女の子がノートの神徒なのよね?私にも紹介してくれない?」
「ああ、こっちはサヤカ。サヤカ、こっちはエレナ・ロファス。俺の友達だ」
「…サヤカよ、よろしく」
「きゃああ可愛い!!!」
「ななな、なに!?」
サヤカの顔を正面から見たエレナは、いつもより数段高い声を上げてサヤカの右手を両手で握りしめた。
突然の行動にサヤカが驚いた声を上げて目を丸くする。
「あー、そういえばエレナは可愛いものに目がないんだった」
「ちょ、ちょっと、この女どうにかしてよ!」
焦った表情を浮かべるサヤカに対し、俺はゆっくりと首を横に振った。
「この状態になったエレナを止められる奴はいない。申し訳ないが、エレナの気が済むまで我慢してくれ」
「何よそれ!?」
どこか遠い目でエレナの奇行を見ていると、
「ノート様」
と声をかけられた。
声の方に視線を向けると、そこには長身の美青年が立っていた。
タキシードに身を包み、落ち着いた物腰も相まってまるでエレナに仕える執事のようだ。
「私はユリウスと申します。以後お見知りおきを」
「ノート・スカーレットです。こちらこそよろしく」
「ちょ、ちょっとそんなとこ触るなぁぁッ!!?」
「すっごい、すべすべ~!!」
突如叫び声が聞こえてきた。
頬を真っ赤にしたサヤカがエレナの顔を押して離れようとするが、エレナのホールドからは逃れられないらしい。
おかしいな、神徒の力に普通の人間がかなうはずないのだが。
これ以上見てはいけないと、俺は二人から目を逸らした。
「…お互い苦労しそうですね」
「はて、何のことでございましょう?」
とぼけた様子を見せるユリウスに、食えない男だという感想を抱き、俺は小さく笑った。