神徒の正体
「なにこれ?」
「なんですかこれ?」
俺は、言葉が重なったことに対して嫌そうな顔をするサヤカに気づかなかいふりをする。
美少女に嫌そうな表情を向けられるというのは、案外心に来るものなのだとここ数時間で学んだからだ。
「これはスキル測定器と呼ばれるものだ」
そんな俺の感情など知る由もないアンは、俺たちの疑問に簡潔に答えた。
俺はアンの持つモノを覗き込んだ。
外見は、まるで占い師が持つ水晶玉のような見た目をしている。
「これに触れることで、指揮官は自身のスキルを知ることができる。また、稀にではあるが、神徒がスキルを保有している場合もある。まあそれはほんとごく稀なケースで、今のところスキルを持つ神徒は四人しか確認されていないが」
スキルというのは、神徒の召喚に成功して指揮官となった者が持つ特殊能力である。
神徒の能力を強化したりするようなスキルが多い。
「これに触ればいいんですか?」
アンがこのスキル測定器とやらを持ってきたということは、俺のスキルを調べようとしているのだろうことは容易に想像がついた。
俺がアンに尋ねると、話が早くて助かるとばかりにこくりと頷いた。
「…ッ!?」
俺が水晶玉に触れると、まるで花弁がめくれるように表面に切れ目が入り、ぺらりと一部がめくれ、床に落ちた。
恐る恐る落ちたそれを拾い上げると、内側に文字が刻まれていることに気が付いた。
「えっと、【親愛強化】…?」
「それがお前の能力だ。ふむ、○○強化という能力はオーソドックスなものだが、【親愛強化】という能力は聞いたことがないな。それがどういった能力なのかは、これから検証が必要だろうな」
「…マジですか」
指揮官のスキルは二つに分けられる。
それは、前例があるスキルと前例がないスキルだ。
例えば【俊敏性強化】というスキルは、文字通り神徒の俊敏性を底上げする能力だが、指揮官の中でも発現する者が多く、どの程度俊敏性が向上するのか、どういった訓練が効果的なのか等かなり研究も進んでいる。
それに比べ、俺のような前例のないスキルを持つ者は、そもそもそれがどういうスキルなのかというところから調べなければならない。
「まあ、そう気を落とすな。未知スキルは総じて強力なスキルであることが多い」
がくりと肩を落とす俺に対して、アンが慰めの言葉をかける。
はは、と俺は苦笑いを返した。
(【親愛強化】…ねぇ)
まだどういった能力なのかわからないが、親愛という言葉に俺は嫌な予感を感じていた。
親愛…これは神徒との関係性を指しているのだとすれば――、
俺はサヤカの方をちらりと見る。
相変わらず面白くなさそうな表情を浮かべていた。
思えば、いまだサヤカの笑った顔を見たことがない。
そして、今後見られるイメージも湧かない。
(頼む、俺の想像をいい意味で裏切るスキルであってくれ!)
俺は今はいない神に祈るのであった。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「ねえ、私も触っていいかしら」
唐突にサヤカが口を開いた。
アンは少し驚いたような表情を浮かべたが、すぐに首を縦に振る。
「もちろんだ。先ほども言ったが、神徒の中にもスキルを持つ者がいるからな」
アンがサヤカの目の前にスキル測定器を差し出すと、一瞬間を置いた後、サヤカは水晶玉に触れた。
……。
何も起こらなかった。
その結果を見てサヤカは顔を伏せる。
長い前髪に隠され、その表情は窺えない。
「どうやら、君の神徒はスキルを所持していないようだ。まあほとんどの神徒がそうなのだから、気にすることはないだろう」
「…んでよ」
アンの言葉の終わり際にサヤカが何か呟いたが、その声は小さく何と言ったのかは聞こえなかった。
声をかけるか逡巡していると、サヤカがぱっと顔を上げる。
そこにあったのは、怒り…いや悲しみだろうか。
様々な感情がない交ぜになったように、瞳が大きく揺れている。
流石に声をかけざるをえなかった。
「お前、一体どうしたんだ。初めて会った時からずっと、なんで俺のことをそんなに拒絶する?これからずっと一緒にいるパートナーなん――」
「うるっさいッッッ!!!!」
サヤカの目には大粒の涙があった。
ここまで、感情を露にするサヤカを初めて見た。
喉の奥が詰まったように、言葉が、出てこない。
「あんたなんかパートナーと思ったことないわよ!誰の力も必要ない!アタシは一人で十分なのよ!」
サヤカはそう吐き捨てると、職員室から飛び出て走り去ってしまった。
嵐のような展開に俺は置き去りにされ、少しして追いかけたほうが良かっただろうかという気持ちが首をもたげたが、追いかけてどうするのだろうかと重い足は動こうとしない。
「ノート・スカーレット」
呆然としている俺にアンが声をかけてきた。
俺は振り返ってアンの方を向く。
「少し、伝えておきたいことがある。神徒についてだ」
何の話だろうか。
アンが何を話そうとしているのか想像もつかないまま曖昧に頷くと、アンがふうっと息を吐き、ゆっくりと口を開いた。
「神徒がどこから来ているか、聞いたことがあるもしくは考えたことはあるか?」
「神徒がどこから来たか…?」
そんなこと、考えたことがなかった。
指揮官の呼びかけに応じて召喚されるのが神徒。
そんな至極当たり前で、不可思議な現象を自然に受け入れていたことに驚く。
「その様子は、考えたことすらなかったという顔だな」
言葉に詰まった俺を見て、アンがふっと笑った。
すみません、と俺が謝ると、気にするなという風にアンが手をひらひらと振った。
「お前がそうなるのも無理はない。私たちが神徒の存在に対して疑問を持たないように指導しているからな」
「どういう、ことですか?」
「言葉通りの意味だ」
アンはそこで言葉を切ると、徐に歩き出し、窓のカーテンを開いた。
後数十分で没すであろう夕陽がオレンジ色の線を宙に引く。
その先に、アンは視線を向けた。
「アレが見えるだろう?」
アンがアレと指さしたのは、記憶柱。
天を貫くほどに長く聳え立つその構造物には、夥しいほどの人名が刻まれている。
忘れられた者たちの名前が。
「…記憶柱がどうかしたんですか?」
ぞくりと、背筋を何かが這い上がった。
ごくりという音で、喉が渇いていることを自覚する。
アンが窓の外へと向けていた視線をこちらに戻し、手摺へ体を預ける。
「神徒の正体は、記憶柱に刻まれている人間だ」
アンの表情は、冗談を言っているソレじゃなかった。
「そ、そんなのどうしてわかるんですか!?記憶柱に刻まれている人間のことは、誰も覚えていないはずなのに!」
「そうだ、私たちは誰も彼らのことを覚えていない」
アンは首を縦に振る。
余計に分からなくなった。
俺たちは誰も記憶柱に刻まれている人間を覚えていないにもかかわらず、アンは確信しているように神徒の正体を述べている。
その答えは、アンの口から告げられた。
「記憶を持っているのは私たちじゃない」
「…まさか」
「ああ」
鼓動が早くなっているのが分かる。
自分の息が耳を外気を伝って耳に入ってくる。
「神徒の中に、生前の記憶を持つ者がいたんだ」
「……」
脳の処理が追い付かない。
いや、脳が目の前の情報を拒否しているといった方が正しいかもしれない。
「なんで、僕たち生徒にそのことを伝えないんですか」
「…神徒の正体が実は亡者であるなんて知ったら、君たちはどういう反応をするだろうか」
自分のパートナーが実は死んだ人間でした、なんてことが知れ渡ると、間違いなく大混乱が起きるだろう。
その中には戦うことを拒否する生徒も出てくるはず。
しかし戦争中の今、ただでさえ足りない戦力をこれ以上減らしたくない。
そんな思惑があることは簡単に想像ができた。
「…なるほど」
「理解してくれたようで何よりだ」
そう口にするアンは特に表情を変えなかったが、どこか苛立っているような雰囲気を感じた。
アンもあまりこの選択に納得していないのかもしれない。
そんなことを考えていると、少しアンが申し訳なさそうな顔で、
「このことは口外しないでほしい」
と口にした。
俺は一つため息をつき、アンに対して頷きを返す。
アンはほっとした顔で少し相好を崩した。
「それにしても、なぜこの事を俺に話したんですか」
「ああ、それはだな」
今日一日で数年分の驚きを感じただろうと思っていたが、続くアンの言葉に最もびっくりした。
「君の神徒もかなり高い確率で、生前の記憶を持っていると思われる」