神徒召喚
神徒召喚は、指揮官にとって非常に重要な儀式だ。
神徒と呼ばれる超常的な力を持った人物を召喚し、その人物を使役する儀式。
人神から与えられることから『神徒』と呼ばれる。
「ここで儀式を行う」
教室を抜け出して、アンは学校内にある教会へと俺たちを案内した。
「こんなところに教会なんてあったんだね…」
その声にチラリと横を見ると、エレナが驚いたように目を見開き口に手を当てていた。
確かにこんな教会があるなんて知らなかった。
かなり入り組んだ場所にあり、敷地がバカみたいに広いこの学校を隈なく探索しない限り、恐らく見つけられないだろう。
柱に蔦が巻き付いていることからそれなりに古い建物だと思うのだが、汚れなどはほとんど無い。
定期的に掃除されているのだろう。
「よし、入れ」
教会内に足を踏み入れると大きなスペースが広がっており、最奥には身長の三倍はありそうな大きな像が鎮座していた。
「あれは…」
「あの像は、人神アウラ様だ」
人神アウラ。
十年前人族の前から姿をくらまし、この戦争の引き金となった神だ。
目の前の巨大な像は美しい女性の姿をしているが、実物も同じ姿をしているのだろうか。
今となっては誰もわからない。
「さて、早速神徒召喚を行おうと思う。やり方はシンプルだ。これを見てくれ」
アンはそう言って、人神像の手前の床を指さした。
像に圧倒されて気付かなかったが、そこには青白く発光している謎の粉によって奇妙だが規則的な模様が描かれていた。
「これは魔法陣と言うものだ。魔法が使える者にとっては馴染み深いモノかもな。今から一人一人名前を呼ぶから、この魔法陣の中央に立ってくれ。それではまず――」
アンが生徒の名前を呼んだ。
呼ばれた生徒はおっかなびっくりといった様子でアンに言われた通り魔法陣の中央に立った。
必然的に、人神像を真正面から見る形となる。
「よし、そのまま人神像に祈りを捧げるんだ。目を閉じ、顔を伏せて手を合わせろ。そして、「我に神徒を与えたまえ」と念じろ。ただし、一点だけ注意がある。儀式の途中で顔を上げてはいけない。もし上げてしまったら、制裁が下される。分かったか?」
「は、はい」
制裁という言葉に怯えた様子で、生徒はこくこくと頷いた。
「よし、では始めろ」
生徒が目を閉じ、手のひらを合わせた。
すると、その場に変化が起こる。
「見て、ノート」
隣のエレナが指さした先を見ると、床に描かれた魔法陣がゆらゆらと揺らめき始めていた。
さらにどんどんその色を濃くしていき、やがて眼を開けているのが困難になるほどの光を放つ。
「…ッ!?」
地面を踏みしめなければ吹き飛ばれそうになるほどの風が吹き抜けていった。
恐る恐る目を開けると、光は収まっていた。
そして、人神像の前に立つ生徒の前に――、
「これからよろしくお願いいたします」
見知らぬ美しい青年が立っていた。
綺麗に腰を折り、生徒に向かってお辞儀をする。
「これで儀式は終わりだ。よし、召喚が終わった者はそっちで待っていてくれ」
召喚に成功した生徒と神徒が端に避けるのを確認すると、アンが次の生徒を呼ぶ。
儀式は順調に進んでいった。
召喚に成功した生徒たちは、自身の神徒たちと会話し信頼関係を深めているようだ。
そして、召喚に失敗した者たちは酷く落ち込んでいる。
そう、この神徒召喚という儀式は必ず成功するとは限らないのだ。
失敗する原因はいまだ不明で、運だという者すらいる。
儀式を控える者たちは、失敗した者を見て緊張感を高めていた。
「お、呼ばれたから行ってくるわ」
ディルが、この場に漂う緊張感など知らんといった様子で、魔法陣の上に立った。
まったくディルらしいと思う。
「我に神徒を与えたまえ!」
念じるだけでいいというのに、ディルは口に出しながら祈りを捧げる。
最初の生徒と同様に、魔法陣がその青白い光をどんどん強めていく。
どうやらディルは召喚に成功しそうだ。
「よう、お前が俺を呼んだのか?」
野太い声がディルのいる方から聞こえてきた。
召喚が終わったことを察し目を開くと、ディルよりもさらに一回り大きな肉体を持つ大男がディルを見下ろしていた。
「あ、あんたが俺の神徒か?」
「どうやらそうみてーだな」
かっかっかと豪快に笑う大男は愉快そうにディルの肩を叩く。
どうやったらそんな肉体になれるのか、筋トレマニアのディルは目を輝かせながら大男に尋ねると、アンから早く魔法陣から降りるよう促されていた。
「ディル、成功してよかった…」
ディルの儀式を見届けて、エレナが小さく呟いた。
儀式も折り返し地点を過ぎていたが、俺もエレナもまだ順番が来ていなかった。
残りはあと五人ほどだ。
「エレナ・ロファス」
ちょうどその時エレナの名前が呼ばれた。
エレナはびくりと身体を震わせると、ちらりとこちらに視線を向けた。
「…エレナなら大丈夫だ」
「…ありがとう」
俺がそう言うと、エレナはにこりと笑顔を浮かべた。
そこにいたのはいつも通りのエレナだった。
一つ深呼吸をして、エレナは魔法陣の上に立ち、目を閉じる。
風が前髪を撫でた。
魔法陣が輝き始める。
エレナも大丈夫そうだ。
「あなたが私の神徒?」
召喚が終わったようだ。
エレナの方を見ると、長身の美青年が跪いてエレナの手の甲に口づけをしていた。
エレナのファンが見たら発狂しそうな光景だ。
「えっと、これからよろしくお願いします」
エレナの言葉にエレナの神徒はこくりと頷いた。
どうやらエレナの神徒はかなり無口な性格らしい。
それにしても、神徒というのはイケメンと美女しかいないのだろうか。
召喚された神徒を見ていると皆整った顔立ちをしている。
そんな疑問を抱いていると、やがて俺の番となった。
後ろには誰も控えていない。
つまり俺で最後だった。
「ノート・スカーレット、魔法陣に乗れ」
俺は言われた通りに魔法陣の中央に立つ。
こんなに踏み荒らして欠けたりしないのだろうかとふと思ったが、依然として綺麗な状態だった。
「ふう」
俺は一つ息を吐く。
どうやら柄にもなく緊張しているらしい。
当然か。
神徒の召喚に失敗したら、指揮官として無価値になるのだから。
俺はゆっくりと目を閉じ、心の中で「我に神徒を与えたまえ」と念じた。
…
……
何秒経っただろうか。
あるいは何分かもしれない。
何もない時間が途方もなく長く感じる。
無音が耳に痛い。
――あら。
「…ッ!?」
突如耳元で聞こえた声に、俺は驚いて顔を上げた。
上げてしまった。
「「ノートッ!!?」」
エレナとディルの声が重なった。
二人の視線と交錯する。
焦燥感がくっきりとその表情に刻まれていた。
足元で魔法陣が、赤く、危険な輝きを放ち始める。
「今すぐ魔法陣から離れなさい!」
アンが俺に向かって叫ぶ。
だが、その言葉は遅すぎた。
「があぁぁぁぁッッ!!?」
激痛というのすら生温い。
全身の皮膚が炙られ、切り裂かれるような痛みが全身を襲う。
心臓を直接嬲られるような、儀式の掟に背いた制裁が下される。
やがて魔法陣の光が収まると、俺はその場でばたりと倒れた。
「誰か、保健室の先生を呼んできて!それから――、」
アンが慌てて駆け寄ると、ノートの全身は焼け爛れプスプスと薄っすら煙が上がっていた。
その状態の酷さに、アンは顔を顰める。
「もう…何よ。呼び出して早々騒がしいわね」
透き通るような白い肌に、輝きを放っているのかと思うほど艶やかな金髪。
絶世の美少女が、傍に立っていた。
こんな生徒知らない。
ということは――、
「あ、あなたは…」
その正体を凡そ分かっていながらも、アンは陳腐な質問を口にすることしかできなかった。
眼前の少女は、ふんと鼻を鳴らす。
そして地面に横たわるノートを一瞥すると、
「見たらわかるでしょ。私はその男の神徒よ」
それが俺と生意気な神徒の出会いだった。