VS プレデター
――なんだ、この人間は。
突如現れたセイに対し、プレデターは怒りを滲ませていた。
――その肉袋は我のものだぞ。
プレデターはセイを叩き潰さんと、その巨大な腕を振り下ろした。
地面が割れて陥没する。
セイは――いない。リンネを抱きかかえたセイは一瞬のうちに距離を取り、建物の近くまで移動していた。
「セイ様……」
「大丈夫だ。あとは俺がやる」
セイは傷ついたリンネをそっと降ろすと、安心させるように笑顔を見せた。
「はい……」
リンネは、それ以上何も言わなかった。
ただこくりと頷き、そして少しだけほっとしたような表情で、セイを見送った。
プレデターは広場の中央に立ち、セイを待ち構えていた。
この不愉快な人間を正面から叩き潰す。そう考えていたのだ。
セイが刀を手に、ゆっくりとプレデターに近づいた。
砂塵まじりの乾いた風が吹く。互いを敵と認識した者同士が、その双眸に相手だけをうつす。
空気が、一気に張り詰めていった。
双方が、同時に動いた。
地面を蹴りつけ駆け出すセイと、うなり声をあげながら突進するプレデター。
リーチでは圧倒的にプレデターが有利。腕をしならせ振り下ろされる獰猛な爪。
セイは恐れることなく真正面から突っ込んでいく。
漆黒の刃とプレデターの爪が交錯する。火花。プレデターの爪がセイの髪をかすめるようにしてそれた。
狙いを見誤ったのか。違う。セイが受け流したのだ。
力で対抗しようとしたガイゼルやスピードで翻弄したリンネとも違う、これがセイの戦い方であった。
セイは迷うことなくプレデターの懐に踏み込んでいく。すでにセイの距離だ。
うごめく触手が、一斉にセイに襲いかかる。
(切り落とすまで)
触手が鋭い牙を剝き出しにした。リンネの時と同じ、刀を受け止めようというのだ。
「――つあっ!」
かじりついた触手の頭ごと、セイが斬って捨てた。セイは止まらない。
狙いは――プレデターのがら空きの胴体。
刀が振り抜かれる瞬間、プレデターが跳躍した。
「グググ……」
大きく後方に着地したプレデターは、セイを睨みつけるようにして低いうなり声を発した。
その体からはどす黒い血が流れ出ている。
あまりの鋭い一撃に、避けきれなかったのだ。
「どうした。そんなものか」
セイは刀に付着した血を振り払うと言った。
プレデターは、すぐに理解した。
この人間は、これまでの相手とは違う。
強さと鋭さ。その両方を兼ね備えた剣士――それがセイなのだ。
――面白い。少しは骨のある人間もいるようだな。
無論、プレデターがこのまま終わるはずがなかった。
プレデターは相手の強さの認識を修正した。
セイが強敵であると認めたのだ。
それでももちろん、この迷宮都市の王であるプレデターにとっては、ただの人間でしかなかった。
プレデターが、前かがみになった。
そして標準を合わせるように、その双眸にセイをおさめる。
刹那の瞬間、プレデターが突撃を開始した。
その巨体からは想像もつかない速さ。ガイゼルとの戦いでも見せた破壊的突進攻撃。
セイは、それを正面から受けて立つ。引くなどという選択肢はない。
プレデターの巨大な腕がなぎ払われる。セイは瞬時に刀を合わせにいく。
受け――流せない。
パワーもスピードも先ほどとは段違い。
セイの体が弾き飛ばされる。
たった一撃で、セイは数メートルも吹き飛ばされていた。
舌打ち。ダメージはない。刀で防御できている。
プレデターは、なおも迫りくる。
(負けるな!)
セイは果敢にも踏み込んでいく。プレデターがその腕を頭上高くへと振り上げる。
"叩き潰し"
(受け流せないのなら、より強く打ちつけるまで!)
セイの全身の筋肉が膨張する。体をねじり繰り出される強烈な一撃。
すさまじい衝撃音と共に、プレデターの腕が弾かれた。
硬い。切り落とすのは困難か。
だがプレデターの体がわずかにぐらついた。
プレデターは、驚いている。セイの鍛え抜かれた体から繰り出される瞬間的なパワーは、プレデターの予想を大きく超えていた。
(攻める!)
セイは刀を握りしめると、プレデターに飛びかかった。
その巨体を飛び越えるほどの跳躍からの、すさまじい振り下ろし。
漆黒の刃が、プレデターの体に深くめりこむ。
血しぶきと絶叫。
プレデターは怒り狂ったように巨体にしがみつくセイを掴みあげると、地面に向かって思いきり叩きつけた。
「がは……」
呼吸が止まるほどの衝撃。それでも倒れているわけにはいかない。
次の瞬間にはプレデターがセイを踏みつぶしにきている。
(くっ……)
地面が割れ、土煙が激しく舞った。
セイは――少し離れたところで肩で息をしていた。飛びのくようにして何とかその攻撃を避けたのだ。
口の中で、血の味がした。
目まぐるしいまでの攻防。
一瞬の判断ミスが死に直結するタイトロープのような戦い。
休む間もなく、セイとプレデターが同時に動き出す。
プレデターの攻撃は、そのすべてが災厄と呼ぶに相応しいものだった。
それでもセイは、あくまで真っ向勝負にこだわっていた。
赤い血が飛び散り、肉がエグれる音が戦場に響きわたる。
この戦いに引き分けはない。
生き残った者が強者で、敗れた者はただの弱者。
それは戦いの中でしか生きられない怪物同士の、おのれのプライドをかけた戦いだった。
リンネは建物の壁に背を預け、セイの戦いを見守っていた。
セイとプレデター。
その強さは互角といえ、一進一退の攻防を繰り広げていた。
それでもリンネは、セイの勝利を信じて疑わなかった。
(あの怪物は強い。だけどセイ様が負けるはずがない……)
リンネは、誰よりも長くセイを見てきた。
幼い頃、病弱で、まるで弟のようだったセイ。
いつしか時は流れ、リンネの体が少女から大人へと美しく成長していく中で、セイも変わっていった。
体の弱さがなくなり、精神的にも鍛え上げられ、その背丈も、気がついた時にはリンネを軽く追い越していた。
ある頃に、リンネは悟った。
セイは、もう護るべき対象ではないのだと。
病弱だった少年は、もうそこにはいない。
いるのは鋼のような肉体を持ったたくましい青年。
セイは、すでにリンネを超えている。
セイの強さは、リンネの届かないところにまで達している。
だから――。
(大丈夫。私は信じて見守るだけ。セイ様のこの戦いを……)




