到着③
「――あ、あなた、本当に大丈夫なんですよね。私は無理ですからね。手伝えませんよ!」
ヒューゴの悲鳴に似た声が、廃墟の街に響き渡っていた。
「いいから、黙って見ていろ」
そういうセイの声は、ひどく冷たい。
セイの目の前にいるのは一体の異獣。
低いうなり声を発しながら、飛び掛かるタイミングをうかがっていた。
セイは、自然体で刀を構えていた。
いかなる攻撃にも対応できる。そんな余裕が見てとれる構えでもあった。
地面を蹴りつけ、異獣が動いた。
セイの首筋に狙いを定め、猛烈な勢いで飛び掛かる。
黒い血が舞った。
セイの放った斬撃が異獣の肩口に叩き込まれたのだ。
刃は異獣の体を切り裂き、骨を断ち切り臓器までも一撃で破壊した。
恐ろしく重い一太刀。
それでも異獣はまだ生きていた。
セイは間髪入れず、その頭に刀を突き刺した。
頭を杭のように打ちつけられた異獣はビクンビクンと跳ねた後、絶命した。
セイが、ゆっくりと刀を引き抜く。
「す、すごい。あなた、本当に強いんですね」
ヒューゴが感心したように言った。
「別に、これくらいなら誰だってできる」
それは謙遜ではなかった。
セイは本当にそう思っていた。
その場所は、迷路のような都市の中でも、少しだけ開けた場所だった。
セイは建物の陰に視線を移した。
そこには大量の異獣の死骸が、まるでゴミのように捨てられていた。
セイたちがいるその場所は、少し前にガイゼルが合流地点としていたあの場所だった。
セイは、周囲を慎重に確認した。
そこにいた異獣は、今しがた殺した一体だけだった。
「……こいつだけか。あんなに死骸があるのに」
「何かおかしいのですか」
ミーナが聞いた。
「……異獣は群れで行動し、仲間が危険になると集まってくる習性があるんだ。異獣の死骸を放置してはならないのはその為だ。見ての通り、ここにはこれだけの死骸がある。なのに一体しか集まって来なかったのがどうにも気になる」
「残らず駆逐されたのでしょうよ。ガイゼル隊が通った後ですし」
ヒューゴは物珍しそうに異獣の死骸を見ていた。
「そう……なのか。だったらいいんだが」
「何か気になることでもあるのですか」
ミーナが聞いた。
「気になるというか、最悪のケースが頭をよぎっただけだ。さっきも言ったが、俺はここと似た場所を知っている。そこでも、ここと同じようなことがあったんだ。つまり、本来いるはずの大量の異獣が忽然と姿を消していたことが」
「そこでも誰かが駆逐したのではないですか」
「それは、ありえないんだ。その場所は、俺たち以外の誰かが行けるような場所じゃなかった」
「んー、それではさっぱりですね。どうして異獣は姿を消したのでしょうか」
ミーナは不思議そうに首をかしげた。
「……答えは、簡単だった。そこにいた異獣は、みな喰われていたんだ。変異種とでもいうべき、恐るべき一体の異獣によって」
「異獣が……異獣をですか?」
「そうだ。ミーナの言いたいことは分かる。異獣は本来共食いをしない。だが、そいつは違った。そいつにとっては動くものすべてが食料だったんだ。ある時俺は、突如としてそいつに襲われた。その時の俺は、並みの異獣ならば簡単に殺せるくらいの力はあった。だがそいつは、あまりにも強すぎた。正真正銘の化け物だったんだ」
「それで、セイ様はどうしたのですか」
「どうもしない。どうすることもできないくらい力の差があったんだ。俺は命からがら逃げ出した。生き延びたのが奇跡なくらいだった。もう何年も前の話だが、あの時のことはよく覚えている」
"プレデター"
そう呼ばれる怪物に、ある場所でセイは遭遇した。
何とか逃げることはできたものの、セイは瀕死の重傷を負い、何日も死の淵を彷徨った。
その時のセイと今のセイではもちろん違う。セイはより強く、たくましくなった。
だが今のセイをもってしても、あの時の怪物に勝てるかどうか、それは分からなかった。
「……セイ様は、その変異種がここにもいると?」
「……分からない。本当に駆逐され少なくなっているだけかもしれない。だがそうでないとしたら、非常に厄介なことになる。異獣は群れで行動するといったが、奴らにはもう一つの習性がある。それは、縄張りを持つということだ。もし変異種がここにもいるとしたら、俺たちはその縄張りに入っていることになる」
三人は、しばし押し黙った。
セイが危機感を抱くほどの異獣。
それがどれほどの存在なのか、ミーナは想像することもできなかった。
「とにかく……ここにいても仕方がない。先に進むことにしよう」
セイが歩き始めようとした――その時だった。
突然、地面が大きな音を立てて、揺れた。
「な、何だ……」
それは、地震ではなかった。
どこかで発生した衝撃が波となり、都市の中を駆け抜けたのだ。
「何が起こっている……」
空気が、ビリビリと振動していた。
同時にセイたちは、聞いた。
都市全体を飲み込むような、身の毛もよだつ"咆哮"を――。




