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狩りの心得


 迷宮のような廃墟の都市を、ガイゼルとその部隊が進んでいく。

 倒壊しつつある建物群と粉塵に包まれた街。

 ガイゼルは声を張りあげた。

「てめえら、女は近いぞ。そろそろ準備しておけ」

 急ぎたいガイゼルだが、部隊の進みはあまり早くない。

 三十名を超える大部隊に加え、ここは異獣が支配する国。

 誰もが必要以上に周囲を警戒し、行軍速度が遅くなっていた。

「クソどもが。何をノロノロしてやがる。また逃がすつもりか!」

 ガイゼルがいらだちから怒鳴りつけた。

 いつもなら、これだけで部隊が引き締まる。

 だが、この日は違っていた。

 彼らは、ガイゼルよりも異獣が恐ろしくて仕方なかったのだ。

 "災厄の化け物"

 異獣の侵入を許したことで村が全滅した。一体の異獣を殺すのに十名以上の兵士が犠牲になった。

 そのような話を、彼らは幼い頃から繰り返し聞かされてきた。

 貪欲で、狂暴で、そして人を喰らう異獣は彼らにとって恐怖の対象でしかなかったのだ。

 彼らからすれば、異獣をまるで恐れないガイゼルのほうが異常だった。

「どいつもこいつもビビり散らかしやがって。周りを見てみやがれ。どこに異獣がいるってんだ。てめえらはクソ女以下か、おい」

 ガイゼルは発破をかけるが、どうにも反応は薄い。

「そうはいっても……」

「俺らは異獣と戦ったことなんかありませんし……」

 ガイゼルは呆れて首を振った。

「馬鹿の一つ覚えみてえに異獣異獣いいやがって。てめえら脳みそにウジでも湧いてんのか。周りを見やがれってんだ。どこに異獣がいる。静かなもんじゃねえか」

 ガイゼルはよく見ろとでも言いたげに両手を広げた。

 確かに、その通りだった。

 街に入ってしばらく経つが、異獣など影も形も見当たらなかった。

 もしかしたら、ここが異獣の巣窟などというのはヨタ話ではないか。

 部隊の中で、にわかに安堵感が広がっていった。

 そうだ、そうに決まっている。

 だからあの女はここに逃げこんだのだ。本当は異獣などいないと知っていたから。

「へ、へへ……あの女、びびらせやがって。マジで許さねえ。めちゃくちゃにしてやる……」

 彼らの中に、自信と暴力性が戻ってきた。

 行軍速度が自然とあがっていった――そんな時だった。

 迷路のような狭い路地を抜けると、一本の広い通りにでた。

 通りの先には、人影のような何かがいた。

 ()()は通りの真ん中に立ち、じっと、彼らを見ていた。

「い、異獣だ……」

 誰かが言った。

 そこにいたのは、一体の異獣だった。

 やっぱり、噂は本当だった。

 ここは本当に異獣の住処なのだ。

 部隊に、動揺が走った。

 恐怖というものは、一瞬で伝播するものだ。彼らは今にもパニックを起こす寸前だった。

 だがこの部隊を率いていたのは、他でもないガイゼルだった。

「騒ぐんじゃねえ! たかが一体だろうが!」

 ガイゼルはその一言で部隊を鎮まらせた。

 そしてガイゼルは、おもむろに前へと出た。

「仕方がねえ。馬鹿なてめえらでも分かるように、俺が教えてやるよ。異獣の殺し方ってやつをな」

 ガイゼルの顔は、自信にあふれていた。

 ガイゼルは、知っていたのだ。

 異獣の弱点と、その殺し方を。

「……ハロル、てめえ、ちょっとこっちに来い」

 ガイゼルがハロルを呼んだ。その目は異獣を注視したままである。

「は、はい。なんでしょうか」

 部隊の後方にいたハロルがおずおずと前に出てきた。ガイゼルはそんなハロルの肩に手をまわし、顔を近づけた。

「ハロル、てめえはクソ野郎だ。てめえは仲間が殺されてるのに、ビビッて隠れてやがった。どうしようもねえ、ウジ虫みてえな存在だ。だがよ、俺は優しい男だ。てめえに汚名返上のチャンスをやる。どうだ、やってみるか」

「は、はい……やってみます」

 ハロルは頷くしかなかった。断ればきつい仕置きが待っているからだ。

「そうかい。じゃあ、あいつの餌になってくれや」

 ガイゼルはそういうと突然胸元からナイフを取り出し、ハロルの腹に突き刺した。

 ナイフはいとも簡単にハロルの腹を突き破り、赤い血がどばどばと溢れだした。

「え……え……?」

 ハロルは訳が分からず、腹を押さえ困惑の表情を浮かべた。

「ほらよ。好きなだけ喰えや」

 ガイゼルはそんなハロルを前方へと蹴りだした。

 ハロルの刺し傷はさほど深くなかった。

 ハロルはたたらを踏み、振り返ってガイゼルを見た。

 ハロルは、まだ状況を理解できていなかった。

 その時、だった。

 ハロルの血に興奮した異獣が雄たけびをあげた。そして猛烈な勢いでハロルへと飛びかかった。

 異獣がハロルの首筋に喰らいつくまで、一瞬の時間もかからなかった。

「あひ……た、助けて!」

 ハロルはもがき、何とか異獣を引きはがそうとした。

 だが人間が力で異獣にかなうはずがない。

 異獣はハロルを押さえつけ、その柔らかい肉に狂ったように齧りついた。

 悲鳴。ゴリゴリと骨が砕ける音が響き渡った。

 その時、ガイゼルがようやく動いた。

 ガイゼルは肩から下げたその剣――聖剣グランベルガをゆっくりと引き抜いた。

 美しい輝きを放つ人の背丈はあろうかという巨大な剣。

 ガイゼルはグランベルガを握りしめると、前方へと大きく踏み込んだ。

「てめえらとくと見やがれ! これが異獣の殺し方だ!」

 剛腕から放たれるすさまじい一振り。

 ハロルもろとも、異獣の体が胴体から真っ二つに切り飛ばされた。

 ハロルと異獣が、どしゃりと地面に転がった。

 ハロルは悲痛な表情を浮かべたまま息絶えていた。

 異獣は、まだ生きていた。

 上半身だけになりながらも、もがくように暴れ狂っていた。

 ガイゼルはそんな異獣の頭めがけて、容赦なく剣を突き刺した。

 異獣はビクンビクンと大きくはねた後、程なくして動かなくなった。

 絶命したのだ。

 みなが呆気にとられる中、ガイゼルが叫んだ。

「分かったか。これが異獣の殺し方だ。奴らは速え。だが馬鹿だ。奴らと戦うときは囮を使え。人の肉を見れば、奴らは狂ったように喰らいつく。襲うときは全員でかかれ。奴らの生命力を侮るな。冷静に頭を破壊するんだ。それができれば、てめえらでも異獣を殺せる!」

 それは異獣と対峙した時の、模範的ともいえる戦い方だった。

 粗暴さが目立つガイゼルであるが、その戦い方は実に狡猾で相手の弱点を探る能力に長けていた。

 人の声を、聞いたからだろうか。

 通りの先から、新たな異獣が飛び出してきた。

 おそらく、近くに群れがあるのだろう。

 ガイゼルが、笑った。

「いいねえ。早速実践できるじゃねえか。さあやるぞ、てめえら。殺して殺して殺しまくれ!」

 こうしてガイゼル隊は進撃を開始した。

 もう彼らに恐れるものはなかった。

 彼らが通った後には、異獣の死骸が山のように積み上げられた。


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