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漆黒の襲撃者①

                    

           

 ――それは、脳裏に焼き付けられた鮮明なる記憶。

 赤い炎が、千年の都と謳われた美しい街を焼き尽くしていく。

 積み上げられた死体が赤い川を作り、少年の足元を濡らしている。

 聞こえてくるのは悲鳴と叫び声だけ。

 見渡す限りで殺戮の宴が繰り広げられる。

 そこは、この世の地獄だった。

 少年は、血の涙を流した。

 弱い自分を呪いながら――。

 そして、誓った。必ずや、復讐をすると。

 お前らを――全員殺してやる。


           

 

 辺境の街。

 曇天のどこかうす暗い空。湿った空気が街全体を覆っている。

 人通りは少なく、道端にはゴミが散乱している。

 街にはどこか陰気な気配が漂っており、行き交う人々の顔もどこか冷めきっている。

 そこに、一人の青年が現れた。

 青年は着古した旅装束を身にまとい、頭から顔をすっぽりとフードで隠している。

 わずかにのぞくその目は、底冷えする程に昏い。

 青年は、埃の舞う通りを一人で歩いている。

 その歩みに合わせるように、腰に差した剣が荷物にこすれ、わずかな音を立てる。

 闇の如き漆黒の色をしたそれは、反りの入った珍しい形状をしている。地方により呼び方は様々だが、一般的には刀と呼ばれるものだ。

 見識があるものがそれを見れば、ひと目で業物であると見抜くだろう。そして、これまで多くの血を吸ってきたであろうことも。

 そのよどんだ空気にふらりと溶け込むように現れた青年――彼の名は、セイといった。

 



 セイは通りの途中で、ふいにその足を止めた。

 その視線の先には寂れた街並みと、それにそぐわない豪奢な屋敷。

「あそこに……奴が……」

 その小さな呟きは風に乗って消える。

 屋敷は広大な敷地の中にあり、その入り口の門の前には数人の兵士が立っているのが見える。

 セイはその場に立ち止まったまま、入り口と、その周囲をじっと見ている。

「おい、そこの小僧! 邪魔だ、どけ!」

 ふいに、怒鳴り声が聞こえた。

 見ると、一台の馬車が目の前で止まっていた。怒鳴っているのはこの街の兵士のようだ。

 セイは昏い目で兵士を一瞥すると、無言で通りの端によける。

 兵士は舌打ちしながら馬車を進ませていった。

 通りすがり、馬車の荷台が見えた。

 そこには何体もの死体が乱雑に積まれていた。

 死体は激しく損傷しており、その全てがこの街にはいない黒髪だった。

「……あんた、旅人かい。この街の兵士には逆らわないほうが身のためだぜ」

 商人の男が、セイに声をかけた。男は露天商をやっており、粗末な干し肉を並べていた。

「見たろ、さっきの死体。イストリム人てだけであのザマだ。ああなりたくなかったら下手に逆らわないほうがいい」

「……どういうことだ」

 セイは男に聞いた。

「兵士たちがな、とにかく殺気立っているんだ。何でも、近くでイストリム人が騒ぎを起こしたらしい。さっきの死体は、しばらく前にここにやってきた流れ者だろうな。この通りで物乞いをしていたらあっという間に兵士に連れていかれちまった。連中、とにかくピリピリしてるんだ。下手なことをするとイストリム人でなくったて酷い目にあわされるぜ」

 男はため息交じりに過ぎ去る馬車を見ている。

「まったく、バカな話だよ。ザシャ様のお膝元で騒ぎを起こすなんてな。奴隷民族なんだから大人しく媚びていればいいものを、俺らにしちゃいい迷惑だよ」

「……あんたは、イストリム人を奴隷民族と呼ぶのか」

 セイの声が、少し低くなった。だが男はその変化に気づかない。

「実際そうだろう。この国じゃマナが使えないあいつらは奴隷にするくらいしか利用価値がないからな。まあ、国を滅ぼされたことに関しては少し同情するがね」

 男はそういって、そばにあった薪に手をかざした。すると手から小さな炎が生まれ、薪に火が付いた。

 男は「寒い、寒い」と言いながら暖をとった。

 この国の人間は程度の差はあるが、生まれながらにして魔法――マナが使える。

 等しく、誰もが。

「うちも前にイストリム人の奴隷を買ったことがあるんだが、てんで使い物にならなかったな。あまりにも役立たずだったもんでザシャ様に引き取ってもらったんだけど、今頃どうしてるかな。だいぶ弱ってたから、とっくにおっ死んでるだろうな」

 男は軽く笑い、また干し肉を並べ始めた。

「……なあ、あんた。せっかくだから何か買っていかないか。最近はとくに売上が悪くてよ――」

 男は、何の気なしにセイの目を見た。そして思わず、びくりと体を震わせた。

 セイは何も言わず、そのまま去っていった。

 男はセイの後ろ姿を見ながら、思わず呟いていた。

「……あいつ、何て目をしてんだ。殺されるかと思ったぜ」




 日が暮れると、セイは街の中心部から少し外れた場所にいた。

 目の前には小さな酒場があり、中の明かりが人気のない通りにわずかに漏れている。

 セイは入り口を軽く見上げると、そのまま中へと入っていった。

 酒場の中は、比較的すいていた。

 数人のグループがいくつかの席で談笑をしながら酒をのんでいた。

 セイはそれらを尻目に奥の席に一人で座る。

 太った女の店員が、すぐに注文を取りに来た。セイはそれを済ませると、おもむろに被っていたフードを取った。

 すぐに、周囲の無遠慮な視線がセイに集まった。

 みなセイの漆黒の髪を見て、ボソボソとしゃべり始めた。

「……おい、あれイストリム人じゃないか」

「……流れ者か。何だってこんな時に」

 セイはそれらの声を無視する。気にする素ぶりはない。

 しばらくすると、太った女の店員が食事を運んできた。そしてセイの前に雑に置かれる。

「あんた、イストリム人だったのかい。悪いけど、それを食べたらさっさと出て行っておくれ。面倒ごとはごめんだよ」

 何とも冷たい言い方だった。女はセイの髪ばかりを見ていた。

 兵士たちがズカズカと入ってきたのは、セイが食事を半分ばかり食べた時だった。

「……ここか。イストリム人が現れたってのは」

 リーダー格の男は、金髪の髪を短く刈りあげた粗暴そうな大男だった。

 男の名は、ガンツといった。

 ガンツは奥の席にいたセイをすぐに見つけた。

「小僧、お前だな。ちょっと来てもらおうか」

 セイはガンツを一瞥だけして、すぐに視線を食事に戻した。

「断る。俺はあんたらに用はない」

「お前はそうでも、こっちはあるんだよ。イストリム人を見つけたら狩れといわれているからな」

 セイはその言葉を無視した。聞く耳など持たない。

 ガンツはそんなセイを見て鼻で笑うと、テーブルに置かれていた食事の皿を取り上げた。

「奴隷民族のくせしやがって、なに普通に食ってやがる。違うだろ、お前らはよ」

 ガンツは皿の中身をボトボトと床に落とした。そしてそれを汚れた靴で踏みにじる。

「メシを食いてえならよ、這いつくばって食えや。お前らはいつもそうしてんだろ」

 ガンツはセイを見下ろし笑っていた。

 セイは立ち上がり、その昏い目をガンツへと向けた。

「……謝れ」

「あ?」

「謝れといっているんだ。食事をだしてくれた店に」

「……へへ、聞いたかよ、こいつ。俺に説教してやがるぜ」

 ガンツは仲間の顔を見て笑った。次の瞬間、セイの腹部にこぶしがめり込んだ。セイの顔が歪み、体がくの字に折れる。

 ガンツはセイの髪をつかむと、テーブルに思いきり叩きつけた。

「舐めてんのか、ウジ虫がよ。てめえらはヘーコラしてればいいんだよ。俺たち兵士様を見たらよ」

 セイの頭から血がつたった。店内がざわめく。だが誰も助けようとしない。ただ遠巻きに見ているだけだ。

「おい、こいつを連れていけ。てめえらも見てんじゃねえ。見世物じゃねえぞ!」

 ガンツの怒鳴り声が響く。

 そしてセイは店の外へと連れ出された。




 冷えた空気がただよう夜道。

 セイは逃げられないよう両側を兵士に固められ、無理やり歩かされていた。

「……俺をどこに連れていくつもりだ」

 セイは少し前を歩くガンツに低い声で聞いた。

「屋敷だよ。せいぜいザシャ様にかわいがってもらえや。恨むなら、騒ぎを起こしたどこかのイストリム人を恨むんだな」

「……俺を拷問するのか」

 あの通りで見たイストリム人たちのように。

「だろうな。だがてめえはまだ運がいいほうだ。女だったら――」

 その時、ガンツがふいに足を止めた。

 見ると、路地の先に小柄な人影が現れていた。暗くてその姿はよく見えない。

 人影が、こちらに向かって何かを放り投げた。

 火花が飛び散る小さな物体だ。

 ガンツがとっさに叫んだ。

「爆薬だ! 気をつけろ!」

 その瞬間、パンッという乾いた音と共に物体が破裂した。

 路地に煙が充満し、兵士たちがうろたえる。

 人影が叫んだ。

「こっちだ。逃げろ!」

 セイは瞬時に判断した。つかんでいた兵士の手を振りほどき、煙を突っ切り人影のほうへと走り抜ける。

「バカやろう! ただのこけおどしじゃねえか。追え、追え!」

 ガンツがわめているが、もう遅い。

 セイとその小柄な人影は細い路地の奥へと入り込み、行方をくらませていた。

「……あんた、何者だ」

 路地を走りながら、セイは前を走る人影に聞いた。

「しゃべるな。あいつらにバレる。それと頭を隠せ。この街で髪を見せるなんて、あんた頭がおかしいんじゃないか」

 人影はすっぽりとフードをかぶっている。そのためその顔はよく見えない。

 セイも言われた通り、フードで髪を隠した。

 奥まった路地を走り続けると、街のはずれに出た。

 人影はようやくそこで走りをゆるめた。

「……どうやら、撒けたみたいだ。まったく……つかれちまったよ」

 人影は肩で大きく息をしている。一方でセイの息はまるであがっていない。

 人影は大きく深呼吸をして息を整えると、いった。

「来なよ。安全なところに案内してやるよ」




 街のはずれは岩肌が目立つ殺風景な場所となっていた。

 二人は月明りだけを頼りに歩く。

 人影は、声から察するに子供のように思えた。道をよく知っているのだろう。暗闇にも関わらずどんどん先へと進んでいく。

 しばらく歩くと、鉱山らしき場所にたどり着いた。

「……こっちだ」

 人影は軽く手招きすると、臆することなく中へと入っていく。

「ここは廃坑なんだ。足元に気をつけろよ」

 人影は入り口に隠すように置かれていた松明を手に取ると、器用に火打石で火をつけた。

 周囲がぼんやりと明るくなる。

 ここは使われなくなってしばらく経っているのだろう。足元には打ち捨てられた道具などが散らばっていた。

 廃坑の中は洞窟となっており、狭い道が続いていた。

 セイは人影の後を追い、慎重に進んでいく。

 しばらくすると、明かりが見えたきた。

 洞窟の奥は、開けた場所になっていた。

「タニヤ! どこに行っていた。まさかまた街に行っていたのか!」

 そこには、人が暮らしていた。

 十数人はいるだろう。その中の初老の男が血相を変えてかけよってきた。

「へへ、そういうなよ。ほら、お仲間を連れてきたぜ」

 人影――タニヤが軽く笑ってフードを取った。

 セイも、自然とフードを外していた。

 ここなら、イストリム人である黒髪を見せても大丈夫だと思ったのだ。

 タニヤも、そしてその廃坑で暮らす者たちも、誰もがセイと同じ漆黒の髪をしていた。

 そこは、イストリム人たちの隠れ家だった。


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