第214話 魔竜の祖
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祈る間に二人はドラゴンの群れに飛び込む。瞬く間に彼我の距離は近づいて、もう画面ごしにも鱗の一つ一つを確認できる距離だ。その中には異形となったドラゴンの姿もあって、時にはなかなかに息のあった連携も見せていた。
個々の実力は、まあマチマチ。以前見た部隊に比べたら確実に平均値なりなんなりは高いけど、私らからしたら誤差の範囲だ。
事実、二人はすれ違うドラゴン達を鎧袖一触に切り捨てている。ウィンテが鎌を振るい、令奈が魔法を発動するたびにその数以上のトカゲが翼をもがれるわけだ。
まるで昔あった無双系ゲームのような戦い。
だからまだ安心して見ていられる。
でも、それはドラゴンの王の攻撃が二人に向いていないから。夜墨の相手を王達が優先しているからだ。
そんな状況、長くは続かない。
「このままでは落とされるばかりか 」
画面の向こうから聞こえたのは、宣戦布告の時と同じ声。サマエレアの言葉だ。彼の言葉に魔竜の王が応える。
「そのようだ。女二人の相手は我がしよう」
「任せるぞ、アバデア」
アバデア。それが初めに魔に堕ちたドラゴンの名か。人間だった頃とは違う名前なんだろう。アバドンを連想するこの名には、いかにもという印象を受ける。
その片翼をつくる触手が、ウィンテ達に向けて伸ばされた。
何百メートルも離れていたはずの距離が一つ呼吸する間に縮まる。間にいる味方は正確に避け、ついでとばかりに天使の何人かを引き潰しながら迫る。
質量と膂力の暴力。今の二人に、いや、全力の二人でも無視できるものじゃない。
「私が受けたる!」
令奈が舞うように扇子を振るえば、龍の紋様が光を放って白く輝く雷を生み出した。どこか見覚えのあるそれがアバデアの触手とぶつかって幾らかを焼き払う。
更に振るえば大風が巻き起こり、殺意の塊を迎え打つ。完全に受け止めることはできないまでも、確実に逸らし、二人に届かせない。
反撃はウィンテの役目だ。
魂力と殆ど同一となった吸血鬼の血が円を描き、紋様を成す。同じ形が連なる紋様が四重に並んだ陣だ。
その陣が光を放ち、現象を具現化する。
顕現したのは赤い氷の荊。お返しだと言わんばかりに生み出された無数の蔓が触手を伝い、アバデアへ向かう。
込められた情報は、粒子運動の停止。見た目からして、絶対零度の血荊ってところか。
先の砲撃にも劣らない威力と密度の魔法だ。それが魔法陣、いやおそらく東南アジアで体得したのだろう曼荼羅によって強化され、制御されてアバデアを襲う。
赤く冷たく氷の荊は、見かけこそ美しい。周囲に煌めく破片や冷気のスモークもあって、いっそ幻想的だ。
しかしその幻想を生み出すものこそが、あの荊の恐ろしさを表している。煌めきは、氷の粒。空気中の水蒸気が一瞬にして凍りついた証だから。
大迷宮を守る存在ですら、あれに囚われたなら成すすべもなく凍てつき、全ての運動を停めて砕け散るだろう。運悪く巻き込まれた、あの氷像達のように。
荊が魔竜の王を捉えた。異形の背中をそこに生える虫の脚ごと凍り付かせ、赤みを帯びた氷に閉じこめる。
あの巨体全てを凍らせることは叶わなくても、片翼である触手と背中を封じたんだ。しかもただ凍りついたんじゃなくて、運動を停止させられた状態。普通なら、致命的と言って過言じゃない。
でも歪なドラゴンが相手じゃそうはなり得ない。
アバデアが身を震わせ、力を込めた。当然のように触手や虫の脚は砕け散り、赤い氷のスパンコールを作り出す。しかし背中は鱗が砕けたばかりで、アバデアの表情を見ても意に介した様子はない。
「油断はさせてもらえぬようだな」
本来なら体の芯まで凍りつくような魔法なのに、まったく、魔法的にどれだけ頑丈なのか。そんな悪態が口に出そうになる先でアバデアが再度力めば、砕け散ったはずの触手が生え、鱗が蘇り、虫の脚が生える。鱗と虫の脚なんて、少し大きめのイナゴみたいなのがうぞうぞ湧き出して形を作ってそれぞれに変じたんだ。気色悪いったらありゃしない。
虫が特に苦手ではない私でこれなんだから、虫嫌いには地獄の光景だ。
与えたと思ったダメージがゼロになる。魔力消費も、ないに等しい。
まあこれは想定内。既に二人は追撃の態勢に入っている。
いつの間にか接近していたウィンテの新しい腕輪が存在感を増し、彼女の血に覆われた。その血は普段よりも巨大な鎌となり、毒々しい暗紫の鱗を引き裂く。
更には人の目には不可視の風の刃が無数に飛来して、歪な鱗を次々と抉り取った。魔法を放った令奈の画面に視線を戻せば、扇子の羽飾りに凄まじい情報密度の魔力が宿っているのが見える。
二人とも神器の力を使ったか。ウィンテの方は配信越しじゃ効果がよくわからない。けど令奈の方は簡単だ。風を操り、風に酸と熱の性質を持たせるもの。それを示すのは、グズグズに溶け、あるいは焼け焦げたアバデアの鱗だ。
他にも効果があるのかもしれないけど、そこまで性質のかけ離れた現象をあの威力と規模で具現化してるだけでも十分すごい。普通なら情報の質が落ちてかなり効果が減じてしまうはずだから。
しかしその傷も、見る見る塞がって消える。
「無駄だ。妙な小細工もしたようだが、貴様らの力では足りぬ」
「みたい、ですね」
やっぱりダメか……。小細工っていうのはウィンテの神器の力のことだろうけど、それも出力負けしてるせいで大して効果が出ていない。支配力のリソースを制限への抵抗に振ってる影響が大きすぎる。
「でも、はいそうですかって諦めるわけにはいかないんですよ」
「せやな。まだまだ足掻かせてもらうで」
「そうか。では、苦しんで死ね」
アバデアが腹の口から炎を吐き、体躯の異形を駆使して殴りかかってくる。歴戦の猛者たる二人がそう簡単にまともに喰らいはしないにしても、確実に傷が増えていく。傷は治せても服に残るものは無くならない。
パリ上空で化け物の巨体を中心に舞う二人は、一見すれば善戦していると思われるかもしれない。しかし違う。確実に追い詰められている。
ウィンテの白衣が、令奈の巫女服が、紅に染まっていく。素肌が晒されていく。紙一重の、スレスレの戦いだ。一つ間違えたら致命傷となり得る。
何か方法は、少しでも二人の生存率を上げられる方法はないか。夜墨は、余裕がない。彼だって二人よりはマシ程度の状態でドラゴンの王と戦ってるんだ。当然か。
最寄りの迷宮まではまだかかる。速度もとっくの前に全速力だ。
祈るしかない? そんなことをして何になる。信じて待つのとは訳が違う。何も変わらない。いや、思考を放棄してる分より悪い。天命を待つのは人事を尽くしてからだ。
何か、何か……。
そうだ、まだ試していないことがあった。確信に近いとはいえ推論の域を出ないし、彼がその条件を満たすかに関しては完全に予想でしかない。
でも、試すしかない。
「グラシアン、頼みがある」
「なんだ」
これは、中国で龍帝を討ったときに知ったことから立てた推論。新しい世界が、迷宮が、蠱毒かもしれないと思う理由の一つ。
「この地の支配者として、私達三人を認めて。この地で力を振るうことを認めると宣言して」
色んな推論が絡むけど、ともかくこれが正しければ、二人は死なない。
「……分かった。この地を取り纏める天使の長として宣言しよう。ハロ殿、ダーウィンティー殿、令奈殿がこの地で十全の力を振るうことを認める」
途端、体が軽くなる。抑えられていた力が自由を得て、何者かの意思に囚われることなく使えるようになった。
私の推論は正しかった。配信画面の向こうでも二人が驚いたように目を見開く。懸念のあった距離の問題もなかったらしい。
やはり新たな理の中には領域の支配者という概念があった。その示すところはいくつかあるけど、そんなことは今はどうでもいい。重要なのは、遥か彼方で戦う二人の命。
その保証には、足りない。全然足りない。
「くそっ……」
思わず悪態が漏れた。こうなれば動揺するだろうと自覚はしてたけど、いやそれもいい!
考えろ。足りない原因はおそらく、この地の支配者たる存在が複数いるからだ。
解放された力は抑えられていた分の半分に満たない。せいぜい四分の一ってところ。
配信した時の感じからしても、戦争に関係ない地域の誰かがいるんだろう。それと、グラシアンにドラゴンの王たち。
つまり今と同じ方法じゃこれ以上は望めない。なら、どうする? どうしたら良い?




