第195話 竜と天使
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西洋竜と天使の戦いねぇ?
それも人を守るための。
西洋竜とかいうグラシアンが言うには妙な言い方は、翻訳魔法の関係かな。なんか夜墨がイラッとしてるし、ドラゴンになるように調整しようか。私も口ではドラゴンって言おう。
まあ、それは良いとして、だ。
なんでまたウィンテと令奈が巻き込まれてるんだろう?
ぶっちゃけ私にも、二人にも関係ない話に思える。
二人はここらに来たばかりみたい尚更だ。
「具体的には?」
「ハロ殿には大迷宮に潜む敵の首魁、ドラゴンどもの王達を討つ際に共に戦ってほしいのだ」
「たち?」
「ああ。二人いる。片方は魔に堕ちたドラゴンの始祖だ」
竜王と、魔竜の始祖か。竜王も始祖なのかな?
なんでまた普通の竜が魔竜と徒党を組んでるのやら。
「二人は?」
「私たちはグラシアンさんが迷宮攻略してる間の守備要員ですね。まず攻めてくるって話です」
「私一人で攻め入るつもりだったんだが、それでも町の守りが足りなかったのだ」
なるほどねぇ。
戦力的には天使側が不利だから、一発逆転に出た感じかな?
これは、グラシアン以外の天使には期待できそうにないなぁ。
今私に攻撃の協力要請をしてるってことは、竜の王二人は最低でも、二人でグラシアンに勝つ可能性があるようなやつらなんだろう。
一か八かでウィンテが提案を勧めたことと、始祖であることも含めると、まあ、それぞれが彼と同じくらい強いって考えてもいいかもね。
正直、どうでもいい。
天使が勝って人間が生き残ろうが、竜が勝って竜の国になろうが、私にはどちらでも良いことだ。
仮に協力するにしても、守備役。
力のめちゃくちゃ制限されたウィンテと令奈に万が一が無いとは言えないから。
私の知ってるよりいくらか強くなってるとして、せめて七割か八割の力が出せるなら何の心配もいらないんだけども。
まあ、でも、当事者や友人からこんな風にお願いされて、どうでもいいや面倒くさいだなんて理由で断るのは、ちょっと人間味に欠ける気がする。
ゼハマがいたら鼻で笑うんだろうけど、それでも、今はまだ、ここは譲れない。
だから、返事はこうだ。
「うん、いいよ。協力したげる」
「まあ、そう、ですよね。ダメですよ……えっ、良いんですか!?」
ウィンテ、近い。声大きい。
令奈もそんな目を丸くしなくていいでしょうに。
あ、私の日頃の行いが悪い? それについては何も言えないですね、はい。
日本でも魔族と他の種族の対立煽ってたし。
「助かるんは助かるんやけど、なんや、アンタらしくないなぁ」
「偶にはいいかと思ってね」
「……まあ、ええけど」
これでファウロスを手伝うことになった経緯を話したら、色々見透かされるんだろうね。
いや、もう何となくは気づかれてるのかな。
「こちらとしては助かる。ありがとう」
「別にいいよ。ドラゴンの王達には少し興味があるし」
なんか夜墨が一緒にされるの嫌がってるからね。その王がどんなものか確かめる良い機会だ。
「とりあえず、一回見てみたいね、ドラゴン」
「そうだ――襲撃だ」
ナイスタイミング。
喜ぶべきことではないけどね。
グラシアンに連れられ、別の迷宮へ転移する。
その入り口から見えたのは、空を飛ぶ十ばかりの影だ。
そいつらの向かう先にある小さな城塞都市が、人の領域の最前線らしい。
つまり、ここから先は竜の国だ。
「急ぐぞ」
件の町に着くと、二十人ほどの天使が竜たちに立ち塞がるようにして町の上空で羽ばたいていた。
一人はまあ、それなり。力の総量で言えば今のウィンテたちより少し弱いくらい。残りは雑兵もいいところだね。
対して竜の方は……なるほど、一体一体がこちらの雑兵の倍は強い。
「タイミング悪いですね。今色々と準備してるところなんですよ」
「だが末端ばかりだ。私とユドラスなら問題ない」
手薄になったタイミングを狙われたってわけね。
なら、あの雑兵たちクラスはもっといると。
そんで、マシなやつがユドラスかな。
「私はまあ、人間たちの守護を優先するよ」
彼我の戦力差をちゃんと見ておきたいしね。
「私たちは、下位の兵士さんたちの援護ですかねー?」
「せやんな」
「助かる」
砦の尖塔の上に立ち、戦い始めた両者を観察する。
ふーん? 末端であれか。まあ、たしかに、夜墨が一緒にされたくないのも分かる程度なんだけど、一般的な強さに比べたら十分化け物だ。
天使達も負けてはいないけど、うーん……。
グラシアンが複数相手を蹴散らしてるのは当然として、ユドラスが二体までなら何とか、下位天使は二人かつウィンテや令奈の援護があってようやく一体相手にできるって感じだ。
正直、私らから見たら子供の喧嘩と大して変わらない。守るものさえ無ければ、グラシアン一人でどうにかできるんじゃない? っていうのが感想。
最悪ましな奴らで王の片割れを抑えつつ、一体ずつグラシアンが落としていくって戦法もとれそうではある。
でも、戦況としては拮抗しているらしい。
これは、思った以上に楽しめるかもしれないね、竜王と戦うの。
おっと、流れ弾が建物に。
中には誰もいなかったみたいだけど、下に二人いるね。
子供と、人間の兵士か。
助けてあげようか。
ついでに少し話してみるかな。一応は、人間の存在がこの争いのきっかけみたいだし。
尖塔を壊さないように空中の魂力を蹴って加速し、瓦礫の下に潜り込む。
一番大きなものは魔法で崩れないよう構造を保護して受け止め、細かいのも浮かせて止めた。
「大丈夫?」
「っ……! あ、ありが――ひっ、竜!?」
あら、剣向けられちゃった。
この状況だし、竜との戦争中だし、仕方ない。
考えたら分かる話ではあるけども。
それより、これ直そうか。一応決戦前に消耗するリソース増えない方がいいでしょ。
元の位置まで移動させて、結合力を再現してっと。よし、これで大丈夫。
なんか思った以上に余裕なさそうだし、面倒だし、町ごと結界で覆っちゃおうか。範囲は、市壁より一歩外側までで。
うん、こんな感じで良いね。
……て、あら、なんかめっちゃ見られてる。視線の元は、周りの家か。一応武器も持ってるみたいだけど、出てくる様子はなくて、何やらブツブツと。
これは、天使たちに祈ってるのかな?
子供を守ろうって気概があるのは、さっき助けた兵士だけかー。なんだかなぁ。
「一応、グラシアンに頼まれて協力してるだけだから」
「ひっ……!」
ダメだこりゃ。ていうか私のリスナーいないのかね?
この戦争の規模がどれくらいかは知らないけど、いくらかはいるはずなんだよね。
まあ、この領域、たぶんキリスト教圏だと思うけど、いくつも国があるからなぁ。北や東の方の一部は別っぽい感じがするから、全部の国合わせたら日本の海を含む面積と同じくらい?
南北で言えば、北海道から九州までの半分ちょいかな?
となると、この戦争に関わりない地域にばかり集中してるって可能性はあるか。
協力要請が攻撃役としてで良かったよ。グラシアンはきっといちいち説明しただろうから、面倒くさいことになってた。
ていうかそろそろ可哀想だし、移動してあげようか。結界の外側で戦況を眺めつつ、天使たちが危なそうなら助けてあげよう。協力するって言ったし。
天使でも竜でも、もし襲ってきたら、適当に受け流しておけばいいか。どうせあの程度じゃ、私の鱗に傷をつけることはできない。
早く竜たちの王と相見えたいところだね。