第193話 なんでいるの!?
193
断末魔を上げさせることもなく、その一本角を白で貫く。愛槍に額を穿たれた一角の白馬は、瞳に何かの色を映すこともなくその身を赤に染めて、美しい森の地へと伏した。
一度槍を振り抜いて血を飛ばし、息を吐けば、コメント欄が祝いの言葉に埋まる。そこに並ぶ名前は日本人でないと知ったものも多い。しかしその誰もが、私の勝利を当然のように受け止めている。
「はい、終わりっと。ドロップ品は、角かな?」
『ユニコーンの角かー 何に使うんだ?』
『薬になりそう』
『武器になりそうな大きさだけど、ハロさんにはいらないよねぇ」
コメント欄は、いつも通りだね。この迷宮に入った時点で色々と違和感あったんだけど、杞憂だったかな?
まあいいや。さっさと配信閉じて、迷宮の支配しちゃおう。
「八割くらい力が戻ってるとこのクラスじゃ歯ごたえないねー。まぁ、今日の配信はここまでかな。それじゃ、また気が向いたら!」
『おつはろー』
『このクラスが歯ごたえないのはハロさんたちくらいよな・・・おつおつ』
『おつかれさま! また今度!』
はい、終了っと。
んー、今回のspで使える力、八割はぎり超えたかな?
これなら大迷宮でもそんな苦戦しないかなー。でもそうすると、配信として面白いのだろうかってなっちゃうんだよね。
まぁ、その辺は、また考えれば良いか。それより、隠し部屋探しだね。
んー、あそこか――
「ちっ!」
不意に感じた殺気。支配した魂力から伝わる感覚に従って槍を掲げれば、背後で重たい金属音が響く。直後に聞こえたのは、知らない男の舌打ちだ。
今の一撃。こいつ、強い。
とりあえず魂力の支配域を広げて、って、ああ、なるほどね。
なんで突然斬りかかられたかと思ったら、ここ、彼の迷宮なのか。
彼の支配してる魂力、この迷宮内に満ちてる魂力と同じような印象を受ける。彼の情報がしっかり混ざってるんだ。
遠ざかっていく気配に向け、逃げ場を塞ぐように無数の雷の矢を撃ち出す。
手応えは、なし。森の木々を砕く音に混じって雷の弾ける音が聞こえたから、剣か何かで打ち払ったんだろう。
振り向きながら槍の投擲。見えたのは、三対の真っ白な翼を持ち、貴族のような白い服を着た天使だ。右手には金色の剣。彼は金髪を揺らしながら槍を避け、凄まじく敵意に満ちた青い瞳を向けてくる。
私、なんか天使に恨まれるようなことしたっけ? 迷宮攻略? それであそこまでの敵意向けられる?
でも他に、あんな貴公子を絵に描いたような天使、それも熾天使らしき人との接点なんて思い浮かばないしなぁ。
あ、私が龍だからか? 蛇っぽいし、宗教的にアウトなのかも。
だからっていきなり斬りかかるのはどうかと思うけども。
「別にあなたの迷宮を奪う気はないのだけれど?」
「神敵の言葉などに誰が耳を傾けるものか!」
あー、話聞いてくれなそうね。
仕方ない。一応殺そうとしてきてるみたいだし、私もその気でやろうか。ていうかそうしないと本当に殺されかねない。
強いなとは思ったけど、今の私と同じくらいっていうのは、嬉しい誤算だよ。
袈裟斬りを半歩ズレて交わし、懐に踏み込んで拳を添える。
「死んでも恨まないでよ」
「くっ……!」
手応え十分!
油断してたみたいだから、みぞおちを思いっきり殴らせてもらった。障壁にぶつかった感覚がしたから多生ダメージは落ちてるだろうけど、クリーンヒットには違いない。
熾天使は猛スピードで遠ざかり、森の木々を何本もへし折る。
直後、ぞわっと肌が粟立った。
跳びすされば、ついさっきまで私がいたところに無数の光が突き刺さる。
赤熱した地面を見るに、光速の超熱量攻撃。
来るのが分かってたら対処は難しくないけど、さすがに魔法発動の予兆がほとんど無いくらいの練度はあるらしい。
「おっと」
半分勘で槍を振れば、光の矢が弾けた。
あいつの気配は……上か!
「くっ!」
どうにか拮抗できてるってことは、トータル私の方が膂力は上か。でも体勢が悪い。
まったく、さっきと表情がぜんぜん違うじゃない。本気ってことね!
槍を傾けて右へ逸らし、流れた彼の体を下から尾先で迎える。でもこいつの動きなら、ぎりぎり躱されるだろう。そこを狙う。
「っ!」
はい、狙い通り!
尾を追うように後ろ回し蹴り。手応えは十分。踵が顔面を捕らえ、熾天使の体が宙を舞う。
追撃は、できない。蹴り上げると同時に放たれた光の矢に肩を打たれ、こちらも体勢を崩してしまった。
なら、この時間をチャージに使う。
「ガァッ!」
時間はおよそ一秒弱。下位の神ならば粉みじんにしてしまえる白の極光が熾天使を狙う。今の一瞬で彼我の距離はやや離れたけど、まだまだ射程距離だ。
「主の光よ!」
対するは金の光。天から降ってくるあの光の柱は、おそらく熾天使が持つ大技の一つだろう。ほとんどノータイムであれだけの魔法を撃ってくるなんて、なかなかずるい、なんて言ったら怒られそうだね。
威力は、だいたい同じくらい。私のブレスの方が若干強いかな。これは溜めの時間の差と見ていい。
押し切る、前に上空の光は弾けて、衝撃が森のうちに平原を作る。
「やるじゃない」
「貴様もな」
ただ、見下ろされるのは少し気に食わない。たたき落しに行こうか。
地を蹴り、いっきに距離を詰める。
あちらも迎え打つ気のようで、翼を羽ばたかせ、急降下してきた。
剣と槍に込められた力は、先刻の魔法以上。打ち負ければ、私も無視できないようなダメージを受けるだろう。
まぁ、負けないけど――って、新手か!
「ストーップ!」
「ぬっ!?」
「うぇっ!?」
ウィンテ!? なんで!?




