第188話 これだから神は!
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追撃代わりに雷撃の雨を放つ。ヘパイストスはこれを容易く弾いた。想定内。
雨は止めず地を蹴り、切り上げ。また受け止められると思ってるみたいだけど、無理だよ。
切断の概念を付与した一撃はヘパイストスの斧の片刃を半ばから切り裂いて、その耳を奪う。さらに、返す刃で右腕を。噴き出す血は、人間と同じく赤色だ。
もう一撃、はダメか。叩きつけられた斧から炎が噴き出した。これは、受けちゃいけないやつ。
飛び退けば、その一瞬で腕を繋ぎなおしたらしい。両腕になったヘパイストスが飛び出してきた。
さっきまでとは真逆だね。彼と同じように捌いてるけど、このままじゃマズいか。さっきの炎、いつ来てもおかしくない。
『音がやばい』
『ハロさんの槍がこんな重い音立ててるの初めて聞いた』
『早すぎて見えませんセンセー』
『大丈夫よ 先生も見えません』
うん、そうだろうね。私の支配域も六割切っちゃうくらいには調子を取り戻したみたいだし。
でも、ここが打ち止めかな? これ以上は上がらない感じがする。
これで終わりなら、今の私でも苦戦するほどじゃない。ただ、切り札はまだ見てないからね。
ちょっと仕切り直そうか。
打ち合う瞬間に合わせて極小規模の重力崩壊を起こし、核融合現象を発生させる。そして解放。起きた爆発は私の鱗すら焼くもので、距離を取るに十分。
空中でさっと傷を治して、着地も待たず気配のある辺りに雷を乱射する。
当たってる感じは、しないね。近づいてきてるよ。
ん、ここ!
投擲した槍が爆煙を切り裂いて、ヘパイストスへ向かう。直撃は、しない。掠める程度。でもそれでいい。
私が得物を手放した、つまりは彼にとってチャンス、だと思うよね。
ヘパイストスは多少の被弾を許容して、真っ直ぐツッコんできた。雷の雨に引き締まった体が焼け焦げ、砕ける。
そうまでして私を取りに来るなんて、光栄じゃないか。でも、残念。これは釣りだよ。
槍も持たないままに振りかぶり、こちらから飛び込む。ヘパイストスからすれば困惑せざるを得ない一手。しかしもう、構わず切りつけるしかないタイミングだ。
振り抜くのは、何も持たない空の手。当然ここで振るっても何もならない。警戒はしつつも更に踏み込む。
そこへ、槍を召喚。突如現れた純白の龍器。もう、彼は逃げられない。
吹き上がった血飛沫は分厚い胸板を切り裂いてのもの。勢いを失った彼の体が落下していく。残念だけど、これで終わりだね。
再度槍を投げ、地面に縫い付ける。チェックメイトだ。
「うん、楽しか――まったく、諦めが悪いなぁっ!」
ぞわっと肌の粟立つ感覚。眼前まで伸びた魂力支配の糸は、鍛冶と火の神がまだ諦めていない証左だ。
ここまで侵入されたら障壁は気休め、だけどないよりはマシか。熱を遮断できるだけ遮断して、肉体の防御力も上げる。
瞬間、視界をオレンジが埋めた。瞬きする間もなく肌の焼ける感覚がして、激痛に襲われる。
ギリギリ間に合った。間に合ってこれか。やっぱり神の切り札は侮れない。
着物が端から焼けていき、皮膚の表面は炭化した。ボロボロと崩れた先に骨が見えそうだ。爬虫類特有の瞬膜がなければ失明もあり得たかもしれない。
魂力の支配域もゴリゴリと奪われていく。これならいっそ、二割程度まで支配範囲を絞って防御と回復に演算力を回した方がいいか。
ん、近づいてくる気配。槍は無理矢理引き抜いたか。
じゃあ手元に戻しちゃおう。これの力も今はあってほしい。手が使えるだけで大きい。
ていうかこれ、消える気配がない。無理矢理突破するしかないか。
安全重視なら、右。ヘパイストスの来ないほう。でも、それは私らしくない。
「なら、左!」
龍の力で空を蹴り、酔える神の方へ。
朱を抜けると目と鼻の先に片刃になった斧を振りかぶる大男の姿があった。
口角がつり上がるのを感じる。仕方ないよね、ここまでしてくれたんだから。
しょせんは半分と少し程度の力しか出せない私と競り合う程度だ。制限の煩わしさもある。それでも、全力を出せるのは楽しいから。
「ありがとう」
振り下ろされる斧を両肘から切り飛ばし、その勢いのまま、遠心力を、首へ。
「いつかあなたのオリジナルと戦えたら、嬉しいよ」
もう阻むものはない。龍の魂は、白刃は、容易く神の首を捉えて刎ね飛ばした。
支配域を奪いあう感覚がなくなり、部屋を満たしていた重圧が消え去る。残ったのは、白ワインの濃い香りばかり。
「ふぅ」
まだ、立っている分には問題はない程度。それでも中々、楽しめた。
いつかは制限を理由に戦いを楽しむ選択をしなかったけど、偶にはいいものだね。
『おつかれー』
『めずらしくダメージを』
『うわぁ、、、手思ったけど、もうほとんど直ってて草』
『セクシーショット期待したのは秘密』
うん、我がリスナーながら楽観的すぎないかい君たち。一応最後はピンチだったんだけども。
まあ、今更か。本気で死にかけたのって、まだ魂力支配を覚える前と伊邪那岐さんの時くらいだもんね。
「さ、ファウロスを迎えに行こうか。多少は元気になってるでしょ」
と、その前にだ。
『。。。さっきもお酒汲んでなかった?』
『さすはろ』
『酒好きすぎか』
『ファウロスさん迎えに行くんじゃなかったんです?』
『それはそれ これはこれ なんだろうな』
よく分かってるじゃないか。ちょっとだけ頑張ったから飲みたくなったのだよ。ていうか、急ぎの理由がなかったらここで一泊したいくらいだもの。
しかし、最終階層でなくてこれか。
「ディオニューソス、ね。楽しみだ」




