第181話 追走
181
百四十二階層。階段まで思ってた以上にあった。当然合流は叶わず。
百四十三階層。ここも遠い。気配すら捉えられていない。まさか読み違えた?
百四十四階層。まただ。百四十一階層のときの数倍ある。たまたま?
百四十五階層。ようやくファウロスの匂い発見。私と同じ匂いと一緒だ。これは確定。
百四十六階層。魂力の支配域にはまだ捉えられない。しかし、本当に階段までが遠いね。
百四十七階層。匂いが随分濃くなってきた。一回途切れてたけど、そろそろ支配域に捉えられるかも。それにしたって、幻の私はなかなかやるね。彼を抱えながらこの巨大蔓草の蔓延る中、ペースを維持してるのだから。
百四十八階層。見つけた。支配域は押し返されちゃったから直接妨害はできないか。道なりはそれなりにあるけど、次の階層で追いつけるかな? ていうかまた階層移動直後は匂いが途切れてたけど、これ、偽物と一緒かどうかでスタート地点が変わる説ある?
百四十九階層。やっぱりスタート地点変わってるかも。私の支配域からいなくなってる。急にペースアップした可能性はあるけど、この構造でそんな離されるとは思えない。
『もう次で守護者階層だよ』
『これ大丈夫か?』
『ふぁうろすさんが自分で気づけたらわんちゃん・・・』
『気づけても襲ってくるからだめじゃね?』
正直よろしくない。せめて平らな道なら良かったけど、蔓草が邪魔だ。これを避けながら移動してる分は確実にロスしてる。
仕方ない。今の私じゃ無視できない消耗になるけど、彼が死ぬよりはましだ。
広げていた魂力の支配域を周囲五十メートルほどまで絞る。その内に生み出すのは、根の国の奥底で燻る黒い炎。そう、伊邪那美さんの炎だ。
彼女ですらハッキリ分かるほどに消耗していた魔法だ。今の私じゃ、言わずもがな。情報を込めるため以外に保有する魔力を使わないといっても、その為の必要量が馬鹿にならない。
ただの蔓草ならここまでしなかったんだけども、神話の通りなのか、しっかりディオニューソスの力の影響を受けた強度になってるから。これくらいはしないと移動にあわせて焼き尽くせない。
『うお、画面が真っ黒』
『なんか見たことあるなこれ』
『イザナミさんといえば、そろそろじいちゃんの命日か』
『【八雲ハロ・激戦まとめ】でみたやつだ!』
『すげぇ けど なんも見えん』
見えないのは諦めてほしい。配信的にはよろしくないし、せめて残ったリスナーを楽しませるくらいはって決めた身としては心苦しいけど、龍として約束を違える訳にはいかないから。
ちゃんとペースは上がってる。通路を埋める蔓草も、海賊のなれの果てらしき魔物たちも、黒炎は等しく焼き尽くす。ファウロス達の匂いまで焼失させているけど、まあ、魂力の流れを追えば問題ない。
「くっ……」
ただ、さすがに疲れるね。足りない情報を魔法現象の性質によって補ってる分、消費も上がってる。そうでなくたって、必要な威力を保つために情報の純度を高く維持しないといけない。後ろの方は範囲を狭めてるとはいえ、半分程度の力しか使えない今の私には重労働だ。あらゆる命を滅ぼす力だからなのか、中国で得た神器の力もあまり働いてないし。
神器っていうのは少し融通の利かないところがあっていけないね。桜色のイヤリング自体は気に入ってるんだけど。
――ん?
「見つけた」
リスナーにはまだ黒しか見えてないだろう。でも、魂力を見る龍の目には、護衛対象のそれがハッキリ映っている。
彼を抱えているのは、私だ。私と同じ姿をした、私と同じ魂を持った、何者かだ。幻とはいえ、ここまで完璧に模倣されてたら賞賛をおくりたくなる。ただ、心は真似られないのだろう。私はそんな風に表情を変えたりしない。だって、表情筋を動かすのがめんどくさいから。
ここまでくれば黒炎はもう必要ない。解除し、リスナー諸君にいくらかぶりの景色を見せてあげる。これでよく見えるはずだ。半透明の段差へ足をかけ、天井に消えていく二人の姿が。
『うわ、まじでハロさんじゃん』
『そっくり。少なくとも遠目じゃわからん。』
『ようやく景色が』
『次守護者の部屋だよねヤバくない?』
残り数十メートル。あとは平均速度より瞬間速度で良い。一層強く床を踏みしめ、蹴る。板が折れ、道中に残った蔓がひび割れた。視界の端で緑と茶色が混ざり合って、そして線になる。
二人が完全に次の階層へ進んでから十秒ばかり。眼前に階段。それを飛び越えて、私も百五十階層、守護者の間へ。
上がってすぐにあった小部屋には誰もいない。正面には開け放たれた両開きの扉があって、その奥に、すっかり見飽きたのと同じ、だけど様相の違う、この船の甲板があった。
ファウロスは、蔓草に覆われた中央あたりまで出ている。彼の少し前に私の幻影。彼はアレを疑ってすらいないみたいで、不思議そうに空っぽの守護者の間内を見渡していた。
これなら、間に合う。
確信した直後、幻の影が揺らいだ。
もう一度足に力を込める。
幻が獅子の正体を現した。
そして、鋭い爪が振り下ろされる。
そのままなら、ファウロスの命くらい簡単に奪う一撃だ。哀れな子羊を引き裂き、ただの肉塊へと変える一撃だ。
『あっ』
『やば!』
『間に合わない!?』
『だめだめだめだめmだえ』
でも――
「大丈夫」
龍の動体視力をもってすら認知しきれない急加速。直後、掲げた槍に感じたのは重い衝撃だ。
間に合った。
「あとでお説教ね」
「ハロ、さん……?」
獅子が目を見開いてるのは、簡単に受け止められたからか、間に合わせられたからか。
なんにせよ、さっさと死んでもらおう。私にはこの後、しっかりオハナシするって予定が控えてるんだから。




