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世捨て人龍の配信生活~迷宮の底で人型龍になったけれど生活を充実させたいので配信者します~  作者: 嘉神かろ
第6章 人と悪魔の物語

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第180話 これは焦る

180

 甲板に戻ると、ファウロスはウロウロと何かを探し回ってるようだった。たぶん、次の階層の入り口。さっきよりは幾分落ち着いてるけど、まだまだ気が逸ってるみたいだ。


「そこじゃないよ」


 一段高くなったエリアの方で樽の裏を覗き込んでるけど、どうしてそんな所を探そうと思ったのやら。まあ考えるより先に体が動いてるんだろうけども。


「じゃあ島の方ですか?」

「いや、そっちにもない。こっち」


 島にあってもおかしくないし、私たちとしてはそっちの方が嬉しかったんだけどもね。残念ながら、まだ船上階層は続きそうだ。なにせ、次への入り口は船内に続く扉だ。これまで壁の飾りでしかなかった観音開きのそれは、ファウロスが上に行ってる間に開いたんだろう。分かりやすく開け放たれて、白い膜のようなものを見せている。


 あの膜をくぐった先は船内なのか、同じような甲板上なのか。前者なら多少は時短できるか。


「とにかく、一旦ご飯に――」

「行きましょう、ハロさん!」

「あっ」


 ファウロスの姿が白い膜の先に消える。お腹は空いてるけど、仕方ない。急ぎたいのも分かるし、先に進もう。仮に船内階層でも適当な辺りで食べれば良い。

 次の階層に上がってすぐ魔物がいる、なんて状況だと大変だ。私もさっさと移動してしまわないと。


「ファウロス、先に行ったら危ない、よ……うん?」


 船内階層になったのは良い。板張りの妙に広い廊下で、それでいて太い蔓草に覆われた迷路型の階層。薄暗いのは私の目には関係ないし、自分の足で進めるのは好都合だ。

 ただ、ファウロスの姿が見えない。気配もない。残り香すら感じられない。これは、まずいね。


「ファウロス、配信見てる? 見てたら状況教えて」


 返事を待つ間に魂力の支配領域を広げて彼を探す。それらしい気配は、ない。


『見てます! えっと、近くに魔物の気配はないです。あと、階段があります!』

『よかった無事だ』

『やばくね』

『こんなパターンまであるのか迷宮』


 ああもう、こんな時くらいは空気読んでコメント控えて欲しい。どれだけ見てると思ってるのか。一人一コメントでも、ファウロスのコメントはもの凄い勢いで流れていくんだから。


「そこにいて。魔物が近づいてきたら、階層移動でやり過ごして」


 伝わったはず。了解のコメントを待つ余裕は無いし、急いで探そう。ファウロスが気配を読めるだろう範囲なんてたかが知れてるはずだし。少なくとも、迷宮に入りたての時は見えない範囲は全く分かってなかった。


 とにかく、階段を探さないと。より魂力の密度が高いのは、こっちか。


 久方ぶりに全速力の探索だ。時折見える魔物は海賊のような格好をしたガイコツだけ。大きいのも小さいのも、すれ違いざまに切り捨てて奥へ向かう。

 通り抜けた小部屋の宝箱も無視。今の私に価値があるものもないだろうし。


『はっや』

『バケもんじゃん。日本ってみんなこんなレベル?』

『ジェットコースターすぎる』

『いや、さすがにこのレベルは数人しかいない』

『数人もいるのか....』

『やば、ちょっと酔ってきた、、、』


 ごめんよ、画面酔いとか気にしてる場合じゃないんだ。大きなモニターに繋いだらマシかもだから、各々そんな感じで対処してほしい。


 ――そろそろ私の支配域に彼の気配が入っても良いんだけど……。


「見つけた」


 道のりでいえばまだ少し遠いか。近くに魔物は、いくらかある。そのうちの一つが階段の方に向かってる?


「ファウロス、もうすぐ――そう、それでいい」


 全部言う前に次の階層に移動してくれた。いつになく察しが良くて助かる。移動した先に何かいたら大変だけど、戻ってこないってことは少なくとも見える範囲にはいないはず。


『この階層の魔物をすれ違いざまに一撃って。。。』

『ドロップ品もったいねー』

『二十体くらいはもう倒してますね・・・』

『うわ デカいのが道塞いでる、って打ってる間に倒して通過してラ』


 この角を曲がれば……あった。次の階段!


「もう着くから戻ってきて」


 百メートルほどを駆け抜ける間に、空間の断絶された先からファウロスが降りてくる。怪我は、なさそうだ。ふぅ、良かった。


「あ、ハロさん!」

「大丈夫そうだね」

「すみません、心配をおかけしました」


 まったくだ。階層移動時点でそれぞれ別の場所に飛ばされるなんてギミックもあったとはいえ、原因の大きな部分は彼が勝手に先行したこと。これは軽くでもお説教した方がいいかもしれないね。


「焦ってるのは分かるけどさ、あまり勝手に行かれると守り切れないでしょ。イリニちゃんを一人にしたくなかったら、せめて指示には――」


 おかしい。何かがおかしい。いや、確かにファウロスの気配だ。匂いも、クセも同じ。魂に現れた色も、変わりがあるようには見えない。

 けど、私の勘が警鐘を鳴らしてる。妙な感覚が、胸騒ぎにも近いような感覚が……。


 ――そうだ。どうして目の前のこいつはこんなに落ち着いてる? 恐怖も、焦りも、どうして一切見えない?

 思えば、近づく魔物から逃れるのに別の階層へ移動した時の判断も、これまでの彼なら考えられないくらい早かった。


 でもコメントはどう説明する? 確かに彼のSN(ステータスネーム)で表示されていた。重複も許されるとはいえ、成り済ます理由はないし、今現在の状況に合致することを言っていた。

 ……試してみようか。


『てすとてすと』

『ん、ウィンテさん突然どした?』

『今の私じゃないですよ!』

『え ダーウィンティーさんのなりすまし? 勇気あんな』


 ……できちゃった。魂力支配による配信システムへの介入。

 私でもかなり大変だったけど、迷宮という存在なら可能だろう範囲だ。


 これは、やられたか。守護者の階層じゃないからって、精神の防御をしないのは失敗だった。


「どうしました?」


 きょとんとしたその表情は、確かにファウロスのものだ。淡褐色の瞳も、黒いくせ毛も、彼のものと相違ない。でも、違う。


「あなた、誰?」


 ファウロスと同じ顔の口元が、三日月に歪んだ。人とは思えないほどにつり上がり、悍ましいまでの笑みを浮かべる。薄暗い中にあってなお鮮やかな、赤い弓張り月。

 ()()が人型を崩しながら飛びかかってきた。徐々に形作られるのは、大熊の影か。


 初撃を横に躱し、槍を振るう。けれど力の入りきらない一撃では分厚い毛皮を裂くのが限界だ。想定よりずっと硬い。この辺りの骨とは比べものにならない。

 まあでも、問題は無い。


「ふっ!」


 しっかり強化して、しっかり踏み込み、身の丈を越える大槍を突き出す。真っ白な刀身は完全に正体を現した大熊の黒い毛皮を突き破り、喉を穿って脳幹を砕いた。

 熊の倒れ伏すのと同時に守護者を倒したとき並のspが入ってきて、能力制限もほんの僅かに、しかしハッキリそうと分かるほどに緩和される。


『ないすー!』

『耐性が悪かったとは言え、ハロさんの攻撃一発耐えるか。』

『雑魚敵だよねこいつ』

『相変わらず恐ろしい突き』


 残心ついでに感想を返しておこうか。


「今のヤツ、さっきのイルカに近いくらいの力があったね。守護者に関係してるのかな?」


 うん、熊の死やspの増加は、確かに現実のもので良さそう。


 有識者に作ってもらったディオニューソスの神話スレッドにたしか、彼の神を人間の貴族と間違えて捉えた海賊にまつわる話があったはずだ。最終的にディオニューソスは熊を召喚し、己の身を獅子に変じて海賊達を襲ったそう。海賊達は逃げようと海に飛び込んでそのままイルカに姿を変えられたって話だったから、一つ前の守護者とも繋がる。あと、一人だけディオニューソスの正体に気がついて逃がそうとした者だけは助けたらしい。


 その神話に準えた守護者だったのなら、正体に気付かず守護者の階層まで行ってしまうと何かしらのペナルティが発生した状態で今の熊と戦うことになったんだろうね。それなら正体を看破した時点でクリア扱い、見逃してくれても良かったとか思わなくもない。


『で、けっきょく本物のファウロスさんはどこ行ったんだろうな?』


 そこだね、問題は。


「たぶん、先に行ってる」


 さっきの神話通りなら、獅子が化けた私と行動を共にしてる可能性が高い。配信視聴についても何かしら妨害を受けているんだろう。幻を見せられてるか何かで。

 私の偽物と一緒なら相当なペースで進んでるはずだ。急がないと。


「さっき以上に急ぐから、酔いやすい人は気をつけて」


 言い終わるのと同時に板張りの床を蹴ると、木材の砕ける音が響いた。

 タイムリミットは、彼が守護者の間に辿り着いて、そして殺されるまで。ほんと、始まりの聖戦を思い出すスピード攻略だよ。



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