第177話 見つからんが
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百十三階層まで来た。森はすっかり姿を消して、高原地帯が続いてる。ようやくだよ。まあどうせそのうち、また森が来るんだろうけど。だって森に関する神話でまだ来てないのがあるし。
いや、それについては良いんだ。そんな個人的にめんどくさいってだけの話より大事な問題がある。
「どう?」
「ないですね……」
「ん、じゃあ進もうか」
ファウロスは表情にも、感情という情報を与えられながら漏れ出す魂力、つまりは彼の纏う魔力にも、分かりやすく落胆の色を見せる。当然だ。娘を助けるため素材があと一つ、どうしても見つからないんだから。
ひんやりとした風と青々とした空は、今の彼からすれば憎たらしいものだろうね。例え迷宮の生み出した幻だと分かってても。
えっと、なんだっけ、狂蔓の葉だっけ。交換に必要なのは……この場所で三百二十万spか。多いままだなぁ。
でも多少は減ってるかな。近づいてるって事だと思う。見てない間に増えてたなら、通り過ぎたことになるんだけど、たぶん、ないはず。
だからそのうち見つかるとは思うんだけど、さっさと見つかってくれないとペースダウンしたままなんだよねぇ。今もそれっぽい場所を探すのにいちいち止まってるし。
最後の一つを見つけてしまえば、もうあとはファウロスを抱えて駆け抜けるだけなんだけどね。
制限の開放については、配信の報酬でなんとかといったところ。
ギリシャ人で来てくれてる人がまだそこまでいないから、無いよりはマシ程度なんだけども。現地の人とのコラボとかできたら早いだろうに。あ、でもそれは柵になりそうで面倒。やっぱなし。
「と、山羊の群れに見つかったみたい。近くにロバもいるから、そっちも来るかも」
「分かりました。どこで待機します?」
「あの辺でいいよ。ちょっと広くなってるあたり」
すっかり守られ慣れちゃって。護衛する側としては楽で良い。さすがに百階層クラスになると、ファウロスじゃどうしようも無いから。多少の抵抗はできるかもねってくらい。
という訳で、ドーム状にした青く透明の障壁で彼を覆う。まだこれで十分でしょう。もう少し階層が上がれば、結界としての機能も持たせて保険にするつもり。
『うわ、いっぱい』
『十五匹くらいか? なんかこの階層、群れが多いな』
『山羊の目ってなんか気持ち悪いですよね、、、』
『山羊って美味しいの? ミルクも偶に聞くけど』
『肉はちょっと癖があるけど割と美味しい。ミルクは臭い』
『コイツらはまずいってさ』
コメント欄は今日も平常運転、お気楽運転。私の配信って感じがする。ギリシャ人の人も最初は引いてたけど、なんだかんだ染まったみたいね。良き良き。
「メェヘヘヘェ……!」
「はいはい、ちょっと静かにしようね-」
なんでこいつら、こんな喧しいんだろう? 揃いも揃って。
うわっ、首切り落としたのにまだ鳴いてるよ。ちょっと不気味。SAN値削れそう、なのはこの迷宮のデフォか。ディオニューソスのところだし。
「ほいっ、ほいっと。あ、やっぱりロバも来るか。倒しきってもまだじっとしてて」
山羊は、あと八匹か。すぐ終わるね。あー、やる気でない。こいつら、美味しくないんだよねぇ。普通の山羊肉の数倍クセがあるから。雄山羊ばっかりだからミルクには遭遇してないけど、そっちも似たり寄ったりなんでしょうね。
残り三体、は魔法でいいか。はい、雷ちゅどーん。いっちょ上がりっと。
あとはロバ……だけど逃げてくね。今の魔法で実力差を察したか。迷宮の雑魚なのに。たぶんそういう習性で生み出されてるだけなんだろうけども。
なんにせよ、面倒が省けた。障壁を解いてきょとんとするファウロスを自由にしてやる。
「ロバは逃げたんですか?」
「うん。そういう習性で生み出されてるんだろうね」
「なるほど……。迷宮ってなんなんですかね?」
迷宮が何か、か。それについては、私も明確な答えは出せてないんだよね。
「さぁ? 機能として地下深くを流れる魔力の量をコントロールする機能はあるみたいだけど。あと魔法的に生物や世界を生み出す機能」
魂力の説明は面倒なので、魔力で押し通す。
しかし、本当になんなんだろうか。魂力の量をコントロールするだけなら、今のように小世界を作り魔物を生み出す必要は無い。宝を用意し人を呼び込む必要も無い。
宗像三女神を思えば、いっそ修練場のような役割を果たしているようにも見える。
伊邪那美さんが封じられていたのは、例外と考えていいだろう。
「修練場と、器、か」
迷宮という器を使った蠱毒。案外ありそうだ。
なんのためにそんなものを作っているかって話にはなるけど。ゼハマが行っている日本社会を器とした蠱毒は、人という存在を観察するのが目的だ。私自身は、遊べる相手が増えたらと思って容認してる。
でも、観察だなんて目的はないだろうね。これまで話してきた神々の様子から察するに。そうするとやっぱり――
「あ、あれ、次の階層への道じゃないですか?」
「ん? ああ、そうだね。件の蔓が生えてそうな場所も無いし、さっさと進んじゃおうか」
「分かりました」
うん、本当に守られ慣れてら。これだけで察して抱えられる準備するなんて。ちょっと表情が硬いのは、まあ、リスナー曰くジェットコースターみたいな挙動するからかな? 酔わない程度にはなるよう気をつけて動いてるつもりなんだけどなぁ?
さて、あと半分弱。その間に最後の素材を見つけられて、私の力も六割くらいは出せるようになってるといいんだけど。




