第174話 薪を焼べられて
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「えっ?」
承諾した瞬間世界がぶれた。時間が一気に進んだみたいで、夕方になってる。それに場所も変わってる。ここは、村の中央あたりにあった広場か。
宴会ももう始まってるのかな。まだ始まったばかりって雰囲気だけど。周囲にはかがり火も焚かれているから、それなりに長くやるつもりなんだろう。
「いたいた!」
あ、第一村人のおっちゃん。手には木製のグラスが三つ。中身は、ワインだね。
「ほれ、今日の目玉だ」
「これがお礼の品?」
「よく分かったな。ああ、そうだ。前に助けたお方が教えてくれてよ。ようやく上手くいったから、今年の豊穣祭でお披露目するつもりだったんだよ」
なるほどねぇ。この辺で初めて作られたワイン、ってなるのか。どんな味か楽しみだ。ファウロスはチラチラ見てくるし、コメント欄もなんか言ってるけど気にしない。
「あ、もちろん後で瓶詰めしたやつを渡すからよ。そこは安心してくれ」
「ああ、うん。ありがとう」
ファウロスの態度で勘違いしたか。本当に細かい。
しかし本当に楽しそう。他の村人達も喜んでるし、状況が状況だったから当然かもしれないけど。いや、この人の場合はそれだけじゃない感じがするな?
「しかし、ホント良かったよ。ようやく村の奴らにコイツを飲ませてやれるって思ったところによ、あの状況だろ? お披露目だ祝いだって空気じゃねぇ。どうしたもんかと思ってたんだよ」
彼は、村のやつらも気に入ってくれるといいけどよ、なんて続けて笑う。なんともまあ、気の良いおっちゃんだ。幻想の存在ではあるんだけども。
「それじゃ、楽しんでくれよ!」
離れていくおっちゃんの背中は弾んでいる。美味しいもので喜んで欲しいって気持ちは、まあわかるね。
料理の方も食べて問題無さそうだったから遠慮無くいただいた。ファウロスはやっぱり躊躇してたけども、こればっかりは仕方ない。
他の村人たちも代わる代わるやってきては礼を言ってきた。なんだか偽りの、作り物の村や人間たちだってことを忘れそうになるね。手を握りながら涙を流すお爺ちゃんもいたくらいだし。
「なんだか、良い村ですね。あの男性もいい人ですし」
「そうだね。まあ、めでたしめでたしなのかな」
ところで、いつになったら次の階層に行けるのかな?
私らは別に異世界を冒険してるわけじゃないし、これで良いならさっさと次に行きたいところなんだけど。いやまあ、宴会は割と楽しんだけどさ。
なんて考えてたらまた世界がぶれた。夜になっただけで場所は変わってない。けど、凄く物々しい雰囲気だ。かがり火の他にいくつもの松明の火が揺らめき、少し低い位置で私たちを囲んでいる。ていうかこれ、私たち、張り付けにされてるね。十字に組んだ木の棒に両手足を括り付けられてる。無理矢理引きちぎるのは、全力ならいけるかな?
「やめろ! やめてくれ! 信じてくれ!」
隣で叫んでるのは第一村人のおっちゃんか。反対側にはファウロスがいる。ようやく状況が飲み込めたようだね。口をパクパクさせながらこっち見ないで欲しい。なんか金魚みたいで笑っちゃいそう。
「毒なんか盛ってねぇ! あれは酒って言うんだ! ただ楽しくなるだけのもんなんだ!」
ふむ? ワインを毒と勘違いされた?
『思い出した。これあれだ。ディオニューソスからワインの作り方を教えて貰った男が、酔うって状態を知らなくて毒を盛られたって勘違いした村人に殺される話だ』
ほー、そんな話が。ファウロスの口パクが加速したよ。これは私の表情筋を試してるのかな?
まあ、そっちを見なければいいんだけど。それより今は足下に集まる村人達の方。
皆、凄い形相だ。涙を流し礼を言ってくれた老人も、料理を代わりに装ってくれた若い娘も、グラスを打ち合わせた壮年の男も、皆、悪鬼のような形相で私たちを睨んでいる。
「うるせぇ! 言い訳するんじゃねぇ!」
「川が涸れかけたのもお前らのせいだろ!」
「アンタらが村に災いを持ち込んだのよ!」
目尻をつり上げ、唾を飛ばす。瞳で揺れる松明の炎は、そのまま彼らの心情を映しているんだろう。激しい怒りが、憎しみが、私の龍の目にはドス黒いオーラのようになって映っている。誰も彼もが大きく顔を歪め、深い皺を眉間に刻んでいる。その姿は、酷く、醜い。
「ち、違う! 僕たちはそんなこと……」
「誰が信じるもんか!」
冷たい何かで濡れる感触がして、アルコールとタンニンの匂いが鼻腔を満たす。残ったワインをかけられたらしい。
「お前らのせいで子供を殺すことまで考えたんだぞ! お前らのせいで!」
「死ね! 死んじまえ! 悪魔どもが!」
「村のために殺してやる!」
続けて硬い物の当たる感触。石だ。ファウロスやおっちゃんの肌は赤や紫色になって腫れ、あるいは血に染まる。私には意味のないものでも、ファウロスは殺し得る。
そうでなくたって足下に薪が積まれているんだ。このあと火炙りにされるのは目に見えてる。それでも死ななかったら、奥に見える斧で首を切り落とされるんだろう。刃を見るに、なかなか切れなくて死ねるまで時間かかるやつだ。ただ、迷宮の仕掛けなら私の首でも落とせるかもね。
「どうして……。俺は、皆に喜んで欲しくて……」
おっちゃんの目に涙が溢れる。村人達はそれを演技だとして、また石を、罵詈を投げる。
本当に、酷い表情だ。醜い姿だ。
まあね、人間は自分の信じたいものを信じる生き物だからね。無知を認めるのが難しい生き物だからね。あの村人達の反応も分かるよ。捌け口に丁度良いから他のことまで私たちのせいにしようとしてるのもね。そういう事にしておかないと別の原因があるかもって不安だしね。よそ者の私たちなんてとっても都合が良いだろうね。これで安心できるって、心の奥底で感じてるんだろうね。
うん、分かるよ。そうなる理屈も、そうしたくなる気持ちも。
だけどね――
「反吐が出る」
どうせ正義のつもりなんでしょ? 己の暴力行為に気持ちよくなってるんでしょ?
そういうやつらは絶対認めないだろうけど。そもそも自分が正義だって事になんの疑いも持ってないだろうし。
自分は悪くない。自分は正しい。おかしいのはあいつだ。無実の証拠? そんな筈はない。自分は絶対に正しい。だから自分は正義だ。なんなら自分はあいつのためを思って言ってやっている。
本当に、反吐が出る。
そんな人間はいくらでも見てきた。ネット上には腐るほどいたし、現実にも少なからずいた。上手く隠してるつもりのやつもいた。
そんなに正義でいたいのか? そこにどんな価値がある? 間違ったなら謝ればいいだろう。大抵はそれで終わる話だ。終わらないなら償え。反省しろ。
アンタのためを思って言ってる? ああそうだろうね。あなたは本気でそう思い込んでたんだろうね。でもさ、気付いてた? あなたは怒るとき、いつもまず、「私がこう見られるでしょうが」って言ってたんだよ? あなたは私のためって言ってたけど、それはただ自分を正当化してただけ。あなたは自分が一番可愛くて、私はあなたが見栄を張るためのアクセサリーに過ぎなかった。
ああ、本当に、虫酸が走る。自分を正当化するために、自分が正しいことをしてるとアレコレ理屈をつけて、思い込んでまで、他者を踏みにじる。そんな人間がゴロゴロいる。
それでどれだけ私の自由を奪ってきたか。
ギミックとか知らない。こいつらは殺す。ただ、私の憂さ晴らしのためだけに。紛い物だから大丈夫だなんて言い訳はしない。
「お前らが死ね。私のために」
おっちゃんを除く全ての村人が薪になった。火柱に包まれ、その身を焼かれる。一瞬で消し炭にするなんてことはしない。少しずつ、苦しんで死ね。
絶叫は聞こえない。熱気が気管を焼いて声を出せないから。ただ苦しみ、もがき、悶えるさまを見下ろす。
良い気味だ。火だるまが転げ回って村を、収穫した作物を焼いている。ああ、良い気味だ。
私の自由を奪おうとしたゲスどもが。どこまでも苦しんで、そして死ね。跡形もなく消えてしまえ。冥府へ行く前に苦しみ尽くせ。貴様らは、龍の逆鱗に触れたのだから。




