第173話 私にとっては簡単だけども
173
「――てぇ感じだ」
……うーむ、まさかまさかすぎる。
いや、家に招かれてご馳走までしてもらえたのは良い。何の変哲も無いフッツーの平屋だったし、安全性も確認してから食べたし。
畑の状況も殆ど先に確認したとおり。水不足と栄養不足で次の収穫がヤバいだけ。野菜が魔物に変じたとか、そういう話はない。
原因については一つだけ確実に分かってて、肥料を得られなくなってることがそう。サテュロスたちが増えたせいで山に入れなくなったかららしい。そういう意味で肉もヤバいらしいけど、こっちは家畜がいるからまだなんとかなるって設定みたい。
あとは、水源の方。そこの小川が元々はそれなりに大きな川で、生活用水全般に利用してたらしい。でもある日急に水流が激減したんだと。そっちで運ばれてた栄養もあっただろうし、そういう意味では土壌問題の原因の一つでもあるか。
順当にいくなら、川を遡って問題の原因を発見、そして解決、なんだろう。ただそれはこれから先も続いていく外の世界での話。今現在、この一瞬だけ解決したように見えたら良いこのギミックにおいては、魔法で一時的に水量を増やすだけでも十分だと思う。少なくともこれまでの例ではそうだったし、この階層全体を満たす魔力内の情報、時空間の連続性なんかからもそう推察できる。
土壌の栄養問題の方も水量さえ解決しちゃえば多少は良くなる。この規模の村ならそれで十分条件を満たしてしまう可能性が高い。
じゃあ何が問題なのか。簡単すぎる事だ。単純な話で終わっちゃうんだ。これは少し、不安。
――なんだけど、どう思う? って一応コメント欄に打ち込んで聞いてみた。私の中だけで解決するのは配信的にどうなのか、ていうよりは、私の知らない神話について何か出てくるかなって期待を込めて。
『大丈夫だろ それは簡単じゃない』
『それが簡単なのはハロさんとかくらいなので大丈夫です』
『その規模の迷宮に挑むやつでも普通にムズいんじゃ・・・』
ふむ、簡単じゃなかったらしい。じゃあいいのかな?
いや、でもなぁ……。
んー、まあ、いいか。何かあったらその時はその時だ。どうにかして解決する。
「おっけ。じゃあ何とかしたげるよ」
「マジか!」
「うん、マジマジ」
これ、どんなスラングを翻訳してるんだろ?
おっと、いけない、また思考が脱線を。
「いやぁ、助かったぜ。礼にはとっておきのもんを用意してやるからよ!」
「とっておき?」
「とある神様が作り方を教えてくれたもんでな? まあ、あとのお楽しみよ!」
うん、まあ、ワインだろうね。この家タンニンの匂い凄いし、ディオニューソス神の迷宮だし。あれかな、ワインの製造方法を伝えたって神話関連。細かくは知らないけど。
というわけで、川の上流、山の方へ移動。もちろん空気になってたファウロスも連れて。
「ここから暫く登れば水源の洞窟がある」
「ほー。この辺でもけっこう川幅あったんだね」
今立ってる橋の長さはだいたい五、六メートルくらい。川底からの高さは、私の身長よりは余裕であるね。一番高い位置の水草が肩くらいの場所かな。まあ日本の山ほど急な斜面でもないし、こんなものか。
で、問題の洞窟は、ぎりぎり索敵圏内。平面の距離でも何キロか先だね。その中に原因らしき魔物の気配もある。何をしてるかまでは分からない。ぶっちゃけ何でも良いんだけども。
「ほんじゃ、やるよ」
二人には少し離れたところから見ててもらう。加減間違えても巻き込まないあたりだ。
「ホントにできんのか?」
「えっと、たぶん」
コソコソ言ってるつもりだろうけど、バッチリ聞こえてる。あの様子じゃ、コメント欄の言うように簡単なことではなかったらしい。魔法で生み出した水で川を満たすだけ、って感覚だったけど、やっぱり普通は疑っちゃうみたい。
えーっと、森の腐葉土なんかを運ぶってなるといくらか奥の方で生み出した方がいいか。とりあえず、二キロくらい?
「はい、完了っと」
「いや、増えてねぇぞ?」
「けっこう先に出したからね。ここまで来るのにもう少しかかると思うよ」
ついでに雨も降らせておこうか。小雨くらいで。がっつり降らせると土砂崩れの恐れがある。
「ん、雨、か。まさかこれもあんたが?」
「そ」
すげぇ、って呟きが聞こえた。この時代の人間からしたら神の御業かね?
明らかに人間じゃない私の姿に無反応なのは、迷宮に生み出された紛い物である以上仕方ない。そういえばファウロスの町の人たちも蛇っぽい姿には無反応だったなぁ。キリスト教の文化は残ってるぽかったのに。
おっといけない。また関係ないこと考えてた。
ん、川の水が来たね。けっこう早い。もう少ししたら流れの速さは調節しないとかな? 念のためだけど、不安要素は排除した方が良いよね。
「ちょ、お、俺、村のやつらに知らせてくる!」
「いってらっしゃい。私らはのんびり歩いて帰るよ」
魔法自体もこの階層を抜けるまで維持しておこう。はてさて、本当にこれで解決ならいいんだけど。
村まで戻ってくると、川沿いに村人達が集まって歓声を上げていた。作りの細かいことで、一人一人が活き活きとした、本当に嬉しそうな表情を浮かべている。ファウロスもそれに感化されたのかな。柔らかな表情で目を細めていた。
「おっ、救世主様のお帰りだ!」
「おおっ!」
「あの人が……!」
この声は、さっきの村人か。しかし救世主ねぇ。紛い物と分かっていても少しむず痒い。神呼ばわりには慣れたんだけどな。いや、あれか、救世主の方が神より近いからか。まあどうでもいいか。
「すげえなあんた! いやマジで!」
「まあ、なんとかなりそうで良かったよ」
一応社交辞令くらいはね。
「これから祝いの宴会するって話になってんだ。あんたらも参加してくれよな!」
「え、いやいいよ。先急がなきゃだし」
「まあまあ、そんな事言わずによ!」
あー、これは、いいえって言ったら無限ループするやつか。キラッキラした目のまま。仕方ない、頷いておこう……って、ほう。




