第170話 やっぱ私天才かも
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森じゃないといいな、なんて願ったって、叶わないのがこの世の常。ええ、知ってましたとも。大抵同じような環境が続くって。
階層にして四十三階層。辺りは相変わらず、どころかいっそう深くなった森で、道らしきものもなくなってしまった。獣道なら時々あるけど、人間が通るには少々辛い。日の光も届いてないし、足場は悪いしでファウロスの疲労が気になるところだ。
うん、彼がダウンしたら困るんだよ。迷うから。
ここまで一週間ほどかな。一人だと、配信をつけてる今の状態ですら十日はかかってたと思う。外の森と違って匂いを辿れば先に進めるわけでもないし。つくづく相性悪い環境なのよね。森自体は好きなのに。
『こんちゃ 今回は明るい』
『ファウロスさん用に明かり出してるんだと』
『普段はハロさん視界でも暗く感じるもんな』
ふむ、私一人のときも軽く照らした方がいいかも。魔物を引き寄せるとか気にしなくて良いし。
「そこ、木の根が飛び出してるから気をつけて」
「は、はい……うわっ」
あれま。まあ、体力の方はどうしようもないか。定期的に帰宅してるとはいえ、精神的な疲労も少なくないだろうし。
やっぱり抱えて行く? んー、でもそうすると、他の材料探しがなー。
「大丈夫?」
「すみません……。――あ、これ!」
およ、香草かな? いや、このリアクションは違うわ。薬の材料の方だ。
手元に明かりを寄せてあげると、ファウロスは短剣を木の根に突き立てる。目的は根に生えた白いキノコらしい。シメジっぽいけど、傘まで白い。
「ようやく一つ目だね」
「はい。でも、思ったよりずっと早く見つけられました!」
たしかに。神酒を手に入れた後にありそうな環境を探し回るか、こっそり迷宮の機能で生成するなりしないとかなって思ってたし。もっと小さなspで交換できるものだったらサクッと交換して渡してたんだけどなぁ。さすがに一つ云百万は遠慮されちゃった。
しかし慣れたもんだ。一応影が少なくなるように照らしてはいる。それでもなお明瞭とは言えない視界なのに、迷った様子がない。何本か摘み取ったとき吟味する素振りがあったから、何か基準があるんだろうね。それから魔法で出した水に木片ごと浸すと。薬ってなると処理が色々ありそうで大変だね。付いてきてもらって良かったよ。
それはそれとしても、そろそろ休憩を挟んだ方が良いか。ちょうど少し開けた場所だし。
「休憩がてらお昼にしようか。今から作る元気ある?」
「簡単なものなら……」
うん、まあ、そうよね。キノコの処理は活き活きしてたけど、娘さんを助けるために必要なものだからね。
仕方ない、今回は私が作ろうかな。
「じゃあちょっと休んでていいよ。メニューは、どうしようか?」
『お、久々のハロずキッチン』
『ハンバーグ』
『唐揚げ』
『ばか迷宮の中だぞ、カレーで』
『カレーの方がダメだろ』
うん、うちのコメント欄、男の子ばっかりなのかな?
まあぶっちゃけ、色々無視して作れはするんだけども、気分じゃないかな。
「ムサカ、って作れますか?」
「んー、どんな料理だっけ?」
「えっとですね、茄子とジャガイモを――」
ふむふむ、なるほど。なかなか美味しそうだ。
「じゃあそれで」
まずは茄子とじゃがいも、タマネギを交換。良いヤツは一つ五千sp以上と高額だけど、迷宮内なので致し方なし。茄子は厚さ五ミリくらいで縦に切って、塩水の中にぽいっ。空中に維持するので洗い物は増えません! 切るのも魔法!
魔法ってこういうとき便利だよね。
同時にご飯も用意しておこうか。これも魔法で。炊く段になったら飯盒へ移す。器なしでもできるけど、取り分けたりなんなりが不便だから。
で、じゃがいもは皮を剥いて、茄子と同じく五ミリにスライス。タマネギはみじん切りっと。
じゃがいもは下茹でした方がいいか。茹でる間にホワイトソース作っちゃおう。ミートソースは作り置きがあるからそれで。
『久々に見たけどやっぱ凄い光景よな』
『この前まねしようとして盛大に事故った』
『ちなみにこれが出来たら迷宮百階層くらいは楽勝になりますよ』
『ウィンテさんマジか。』
まあ、魔法の複数維持と精密な情報コントロールはいるからね。
えっと、フライパンフライパンっと。バターは確かこの間作ったヤツ持ってきてたはず。あったあった。これをたっぷり落としまして、溶かしまして、タマネギをぶち込みます。そして弱火でじっくり。んー、良い香り。バターとタマネギってどうしてこう暴力的なんだろうか?
『画面越しなのに匂いが伝わってきそうよな、タマネギ×バターって』
『わかる。てかこれ、敵近寄ってこないん?』
『定期的に魔法使って撃退してますよ、ハロさん』
ウィンテ正解。さすが。だからファウロスはそんなにビクビクキョロキョロしなくて大丈夫よ? コメント見てたんだろうけど。
ん、茄子はそろそろ良いかな。じゃがいももこの厚みなら大丈夫か。じゃあ、二つ一緒に炒めちゃおう。オリーブオイルに、この迷宮産の香辛料をいくらか落として……うわ、これも良い香り。涎出てきちゃう。
タマネギもおっけ。小麦粉を入れて、粉っぽさが無くなるまで炒めたら火を止めて、spで交換した牛乳をどーんっと。胡椒だけ軽く振って、ダマが無くなるまで混ぜたら、中火にかけてとろみを付ける。
よし、じゃがいもと茄子に良い感じに焼け目がついた。これとミートソースを昔東京で買った耐熱皿二つへ交互に敷き詰めて、ホワイトソースを乗せ、そして一番上にチーズを何種類か。
「あとはこれを焼くだけだね。ご飯も良い匂いしてるし、良いタイミングで出来上がりそう」
「提案しておいてなんですが、迷宮で食べる物じゃないですね……?」
「そう?」
うん、だからなんで引いたような目で見るのさ。美味しいは正義だよ?
とか言ってる間に、お米が炊けた。飯盒をひっくり返してそこをポンポンっと。
『ねえ今飯ごうに直接耳付けてなかった?』
『つけてたな』
『つけてた』
『そこは、ほら、龍だから』
『龍だしな(聴力的に耳付けなくても中の音聞こえそうってのは置いておく)』
『ノリやろ』
よく分かってるじゃない令奈。雰囲気出したいなら棒当てて聞け? それはめんどかったのだよ。
「ん、チーズの焦げる香り。そろそろ良さそうだ」
「美味しそうですね……」
あとはご飯をよそってっと。はい、完成。
『てかハロさんはグラタンにご飯あり派か』
『え、駄目な人いるん?』
『俺ダメだ。つまり敵だ、けどハロさんに敵対は怖いので今日から有り派です』
『草』
なんかコメント欄がじゃれ合ってる。まあ好きにしてて貰おう。お腹空いた。
「ほい」
「ありがとうございます」
机と椅子は魔法で出した。食材と違って味の違いとか無いし。
ファウロスも最初は驚いてたけど、すっかり慣れたみたいだね。良きかな良きかな。
ではでは、ファウロスの祈りの言葉を待ちまして、いただきます!
掬い上げた瞬間立ち上る湯気と、伸びるチーズ、更にはその下に見えた赤が食欲をそそる。トマトやチーズの酸味と甘みが混じり合った香りも中々に凶暴だ。
それを、パクッと一口。
「――うん、私天才だわ」
ミートソースに使ったトマトの酸味と野菜の甘みをホワイトソースが上手く纏めてくれてる。そこに焦げ目のついたチーズですよ。美味しくないわけがない。塩気も良い塩梅。じゃがいものホクホク具合で食感も良い。ご飯とも合うし、これはワインが欲しくなるヤツだね。
んー、よし、開けちゃおう。赤だ。
「……あの、ここ、迷宮」
「うん?」
「いえ、なんでもないです……」
どうしたんだろうね? コメント欄まで呆れた反応が。
……いやまあ、さすがに分かってるけども。でも飲みたくなっちゃったんだから仕方ない。近づいてくるのはちゃんと氷漬けにしてるから許してほしいな?
それはそれとして、ホワイトソースの余りは夜にコロッケにでもしよう。せっかく作ったし。
いやー、今夜の楽しみが増えた。




