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世捨て人龍の配信生活~迷宮の底で人型龍になったけれど生活を充実させたいので配信者します~  作者: 嘉神かろ
第5章 幻想に惑う世界

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第158話 資格ある大蛇

158

 二人の皇子は長姉だったものには目もくれず、向かい合う。両者ともにまだ本来の姿で戦う気は無いのか、二足で立ったままだ。


「しかし蛇文(シェウェン)よ、お前はなぜ父に従っている。お前ならば父から逃れることくらいはできよう」


 蛇文が第五皇子の名前か。ようやく聞けた。

 虎憲(フーシェン)がこのタイミングで話しかけたのは、時間稼ぎかな。ズレた感覚を戻すのと、剣の使い方を探るための。本当にギリギリに渡したからね。もう少し早く渡せたら良かったけど、思いついたのが大迷宮から帰る途中なんだから仕方ない。


「簡単なことですよ。私はただ、静かに書の世界に浸っていたいのです。その為には、乗る船は大きいほど良い」


 ふむ、会話にのるか。蛇文(シェウェン)も意図は分かっているだろうに。


「兄上の作る世が五帝のそれならば良し。喜んで傘下に入りましょう」

「だが紂王のそれならば、お前自ら切って捨てると」

「そういうことです。……時間稼ぎはもう十分ですか?」


 なるほどね。虎憲を試したいのか。彼の器を量るなら、全力である方が望ましい。だから時間稼ぎにも乗った。それだけなんだ。


「すまないな。もう、十分だ」


 嘘だ。

 厳密には嘘と言い切れないけど、少なくとも目的の一つは果たせていない。虎憲はまだ、あの剣を使いこなす道を見つけられていない。


 二人の空気が変わった。もう言葉を交わすつもりはないらしい。

 先に動いたのは、虎憲だ。地を蹴って肉薄し、袈裟をなぞるように切り上げる。紙一重残して避ける蛇文の顔は涼しい。


 先ほどとは打って変わって怒涛の攻めを見せる虎憲に、蛇文も反撃するけど一方的な展開にはならない。武術の腕だけならほぼ互角か。


 懸念すべきは二つ。そのどちらも、蛇文(シェウェン)はまだ見せていない。

 なんて考えてたら、早速一つ目の手札を切ってきたね。


 蛇文の纏う衣の一部から突然に魔法の気配がしたと思ったら、殆ど同時に虎憲が燃えた。意識の外からの攻撃を避け損ねたようだ。

 ただまあ、これは不意を突いたというよりは自分の能力を見せただけだろう。そのつもりならもっと良いタイミングや発現する現象の選択があった。


 発動地点から察するに、文字の持つ意味の具現化能力。それが彼の種族としての力だ。

 どんな制約があるかまではまだ分からないけど、少なくとも発動のタイミングは任意で指定できる。なかなか便利で厄介な能力だね。もしかしたら魂力支配の内側にも直接攻撃できるかも。


 炎を振り払う間に次の一手が打たれる。青い衣の内から無数の紙が舞い、虎憲の纏う赤を覆い隠す。数えるのも面倒な、しかし何の変哲もない紙片。ただ一つ付け加えるとしたら、質の良い墨で文字が一つ書かれている。それが何を意味するかなんて、分かり切っている。


 炎が、雷が、氷が、風が、あらゆる天災が具現化されて虎憲を襲う。これを受けて無事な兄弟姉妹は、ほんの数人だろう。相性もあるけど、この場にいたのが狼戦(ランチヤン)だったら詰んでいた。


 でもまあ、これくらいなら平気かな。


 真っ白な剣を頭上へ一振り、それから周囲を薙ぐようにもう一振り。それだけで柄の金玉が煌めき、災いが打ち消される。

 逸れた魔法が石畳を砕いて土煙が舞った。その内から白虎が跳び出して、蛇文を襲う。その白虎は側頭部から前へ伸びた鋭い角を持ち、瞳と同じ銀の鱗を身にまとっていた。正体が誰かは、口に咥えた白剣が語っている。


 黒く光る爪を受け止めた槍が徐々に下がる。体勢も崩れていく。あそこから押し返すのは中々に難しい。


 うん? あの柄の模様……。

 目を凝らして気が付いた。ただの模様だと思ってたけど、あれは文字だ。つまり、眼前に刃を突き付けられていたのは、虎憲も同じ。


 水が虎の巨躯に絡まるように伸びた。ご丁寧に剣は避けられていて、魔法無効化は使えない。そこへ投擲。白虎の剛毛を、鱗を、槍が貫いて赤く染める。


 さらには蛇文(シェウェン)も亜龍としての正体を現して絡みつく。彼は負屓(ふき)。文章の読み書きを好むという竜生九子。伝承にあるように蛇に似た姿を持ち、しかし蛇にはあり得ない翼と猛獣の様な牙を備えるもの。


 美丈夫の穏やかな表情とは対照的な獰猛さを瞳に宿したそれは、己の牙を兄へと突き立てようとして、叶わない。虎憲より迸った雷に阻まれる。


 思ったより威力が強かったのだろう。今日初めて、彼の魂力が乱れた。雷の魔法については私がレクチャーしたからね。


 距離をとった蛇文の視線の先には、水の拘束から逃れ、彼を睨む虎憲がいる。槍は既に抜かれており、真っ白な毛を赤く染めた傷口も回復済みだ。


 虎憲も狼戦と同じく、戦闘に有利な能力を持たない種族だ。だから、基礎を徹底的に鍛え上げた。今の彼は元々得意であった武術と同じくらいには魔法が使える。


 まあ、まだ一部の魔法に限るんだけど。


 その一部、雷の魔法の乱射に、蛇文はただ逃げ回るばかり。文字の具象化能力で対抗しようにも、その隙がない。その状況でも油断するような教え方もしていないし、このままいけば虎憲が勝つのは誰の目にも明らかだろう。


 ということは、だ。そろそろもう一つの懸念点、二枚目の札が切られる。


 蛇文が動きを止めた。空中で静止し、己に迫りくる雷の雨を睥睨する。虎憲は疑問を感じたようだけど、雷の命中したのを見てそのまま攻めることを選択したようだ。


 巨虎が地を蹴り、空を蹴り、宙を舞う。何があっても対応できるよう準備はしている。その上で蛇文を切ろうと迫る。


 さらに追い打ちの魔法を発動。これも妨げられることなく、蛇に似た亜龍を捉えた。


「あらら、気を緩めたか」


 その油断は、ちと、致命的だね。


 勝ちを確信したように目を細めた虎憲だったけど、次の瞬間蛇尾に顔面を打たれ、石畳へ叩きつけられた。さらに数多の魔法が降り注ぎ、無防備な彼を打ちのめす。あまりに大きなダメージだ。


 崩れ落ちそうになりながら虎憲が顔を上げる。そこには、一切のダメージを受けていないように見える蛇文の姿があった。


 魔法の威力は十分だった。一撃でも蛇の鱗を貫き肉を焼く威力。それがいくつも蛇文を捉えていた。

 それなのに、彼が平然としている理由。単純な話だ。彼は魂力支配によって魔法に込められた情報を拡散させていた。


 蛇文は兄弟姉妹の中で唯一、神に挑む資格を手にしていた。


 さあどうする、王の器。

 その壁を超えないと、君の弟は君を認めないよ。


 虎が縮み、人の形に戻る。狴犴(へいかん)としての姿では的になるだけと判断したかな。

 傷は治したみたいだけど、殆ど気力だけで立っていると言ってよい状態だ。それでも剣を構え、蛇文へ強い視線を向ける。


 支配された空間から再び無数の魔法が降り注ぐ。負屓(ふき)の能力によるものと比べたら稚拙も良いところだけど、十分すぎる脅威だ。


 その一つ一つを虎憲は切り捨てる。切り捨てて、それで終わり。


 どうした、王の器。それじゃあ死ぬよ。狴犴である君の目には見えているだろう? 私と同じように、その剣と同じようにその場の魂力を支配する様が。


 見えているならば、斬れるはずだ。


 とうとう虎憲が足をふらつかせた。更には、彼を巨力な重力が襲う。今なお発動されようとしている魔法とは比べるべくもない、負屓としての力によるものだ。


 その発生源は、地面に刻まれた文字。魔法の雨によって描かれた一文字が、虎憲に膝を突かせる。


 剣を支えにどうにか耐えているようだけど、あのままでは間もなく発動される魔法に飲まれて死ぬだろう。その彼の視線が、手元の剣に向いた。


「……そういうことか」


 ふふ、どうやら気が付いたみたい。


「ふっ!」


 一振りで重力場が断たれた。直後に発動された魔法もかき消される。


 さらに一振り。起きた現象に蛇文が瞠目する。

 目を見開いたままの彼に雷の矢が放たれた。隔てるものは、もう無い。


 それは今度こそ鱗の鎧を貫いて、負屓の肉を焼く。


 そう、それで良いんだ。今この戦いの中で蛇文の域に行くのは難しい。なら、剣の力を使えば良い。


 鬼秀の力を参考に作った魔法の絶対切断能力。それはつまり、強力な魂力支配能力。その剣自身が持ち主の意思に従って魂力を支配する。


 魂力の支配能力を持たない者にすらそれを可能にする剣。それがあの剣だ。

 あくまで補助的な機能だから、使い手が魂力を認識できなければ意味のないものだけど。


 更に数発、閃光が奔り、雷鳴を轟かせる。


「王手だ、弟よ」


 そして今、赤い衣の青年が空を往く蛇の瞳に切先を突き付ける。彼にその気があったなら、あの剣は容易く負屓の命を絶ち切っていた。あれはステータスの加護すら切り裂くから。


「――ふっ」


 蛇文が笑み、地上へ舞い降りる。人の身に戻った彼は穏やかな空気を纏っていて、戦意の欠片も残っていないようだった。


「参りました。私の負けです、兄上」


 少しふらついてはいる。それでも、虎憲よりはよほど元気だろう。


「私はこれからまた、書の世界に耽ろうと思います。兄上もどうです?」

「いや、私は見届けねばならん」


 銀の瞳が私を捉えた。狼戦(ランチヤン)の方ももう終わっているようだし、残るは私の仕事だけだ。


「そうですか。残念です。……空は落ちてこないと思いますがね」


 蛇文は私の与えた剣を見ている。なるほど、それが彼の見解か。

 まあ、私としては楽しめたらそれで良い。


 第一皇女の方は、あとで部下に回収させるつもりらしい。肉親から受ける扱いとしては憐れなものだね。

 花の一つくらいは添えてあげようか。そうだね、沙羅双樹の花にしよう。夏椿ではなくて、ちゃんと沙羅双樹で。


 白く可憐な花は彼女には似合わないし、少し皮肉がききすぎているかもしれないけど。


 視界の端で皇帝が消えた。建物の内に入ったようだ。出迎える準備でもしてくれるのかな。

 それじゃあ私も行こうか。正面から堂々とお邪魔しよう。


 楽しみだね。蛇文があれなら、けっこう楽しめそうだし。


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