第155話 睚眦舞う
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四方から侵入した虎憲たちは部隊をいくつかに分けながら宮廷内を進んでいる。作戦詳細は聞いてないけど、町が一つ入るほどの広さがある訳だから、正直あまり良い手には思えない。
一応、彼らの勝利条件には他の皇子や皇女の制圧も含まれてるから、その捜索が必要というのなら分かるんだけど。
なんて考えながらその標的たちへ目を向ける。それぞれが二人一組で待機していて、出迎える準備は万全みたい。見かけ上ですら落ち着きのないのは、第一皇女くらい。なんというか、武人の家系なのかね?
なんにせよ、向かうべき場所は虎憲たちだって分かっている筈だ。相手側にも兵がいるし、戦力を分ける必要が無い状況に思えるけど――
「ああ、そういうこと」
微弱すぎてすぐには分からなかった。よくよく見てみれば、敵対者の力を弱め味方の力を強める力場が発生している。町の建物や道で魔法陣のようなものを描いてるんだね。
風水思想だとか道教だとか、そのあたりの思想が使われてるのか、私には分からない様式だ。私なら無理矢理破壊することも出来るけど、陣自体が暴走して解放軍にも被害が出るかもしれないね。
あとは、情報抽出による無効化って手段もあるけど、皇帝以外は何があっても任せることになってるから。
「分けた部隊が結界を破壊するまであっちの主力と接敵しないのが理想、ってところかな」
「あくまで理想だというのは、あの小僧も理解しているだろう」
「まあ、そうだね」
言ってる傍から動き出したよ。向こうの皇子たちが移動を始めたね。それに、結界の要に応援を送ったりその手前で迎撃しようとしたり、それぞれ結界攻撃への対応も指示してる。
デクが相手なら虎憲も楽だったんだろうけども。
「ん、狼戦が会敵するみたい。予想通りだね」
三人の性格的に彼が最初かなって。
相手の方は、第三皇子と知らない女の二人組。第三皇子の種族はたしか、覇下だったね。亀のような姿をした龍の子だ。
防御力に長けた彼が狼戦の前にいるのは皇帝の狙ったところだろうね。飛びぬけた防御力を持つ彼は、狼戦の能力からすれば戦いにくい相手だろう。
となると、もう一人の皇女も狼戦と相性の良い能力の可能性が高いね。なんなら虎憲と牛音の相手もこちらが不利になる相手かな。
まあ、その辺は織り込み済み。拠点攻撃なんだから、あちらが有利になるのは想定していない訳がない。
それでも勝てるように鍛えた。
「不甲斐ない戦いを見せたら、どうしてあげようか?」
「……ほどほどにな」
不甲斐ない戦いを見せたら、だから彼が見せなければいいんだ、うん。
なんかぞわっとした様な反応を見せてるけど、私は悪くないはず。
「始まるぞ」
せっかくだ、声も聞こえるようにしよう。
「亀支、魚鎮、俺を楽しませろ!」
ああ、亀支か、第三皇子の名前。じゃあ魚鎮があの皇女だね。
両者ともいきなり本気なようで、その姿を竜生九子としてのものに変える。山犬のような頭を持った睚眦に首長竜のようなシルエットの亀の覇下、そしてハイタカの尾を持ったクジラは、螭吻だったか。
いずれも龍を思わせる特徴を持った、龍になりきれなかった神獣たち。それが獰猛な表情を晒して互いの喉笛を狙っている。
先に仕掛けたのは、やはり狼戦。鋭い鈎爪で地を蹴り、長い体をうねらせて牙を剥く。
魔力の流れに淀みは無い。あらゆる力の流れから予備動作を失くした動きに、第三皇子は反応して見せた。
魚鎮と呼ばれた女、聞いてた通りなら第四皇女か。彼女を庇うように前へ出てその甲羅に狼戦の爪を受ける。
「無駄に様子見したね。減点」
今の彼ならあの甲羅くらい軽く引き裂けるだろうに、僅かな傷を付けたのみだ。結界による弱体を加味しても弱すぎる。
続く一撃は長い覇下の首に噛みつかれて防がれた。私の加護を受けた鱗を食い破るほどではないにしても、動きを止めるには十分か。
まるで怪獣大戦争だね。周囲で戦う兵は大変だ。
さて、時間はこちらに味方している。この状況でどんな手を打ってくるか。
鯨の亜龍、皇女が動いた。大きく胸を膨らませて、人の可聴域を超えた音波を発する。
魔法、というよりは種族としての能力かな。効果は士気の低下と、能力の全体的な減衰……。凄いね、ステータス的な面だけじゃなくて、純粋な筋力だったり物理現象の信号伝達だったり、果ては代謝に関わる化学反応の働きまで弱めるのか。
士気に関しては私の加護で完全に、他もある程度は相殺できてるけど、それでもこれは無視できない。現に押していたはずの一般兵たちはあっという間に押し返されてしまった。
死傷者は出てないけど、時間の問題だ。どうする、狼戦。このままじゃ君の家族が死んでしまうよ?
「甘い!」
ほう、第三皇子を振り回して全員吹き飛ばすか。力業だね。
詰めようとしてた鯨の第四皇女も甲羅に打たれてくぐもった声を上げている。
まあ、ここは大丈夫そうだ。戦闘経験の浅さって課題はしっかり見えちゃってたけど、地力が違いすぎる。その戦闘経験も彼らよりはあるし。
別の所を見よう。次は、牛音かな。




