第八話 リベンジマッチ
(まさかのリベンジマッチとは………人生何があるか分からんな!)
俺は半ばヤケクソ気味の思考をしながらエマさんと向き合う。
「あなた、前は全力じゃなかったでしょう?」
「まぁ、そうですね」
「私、それにはかなり怒ってるのよ?」
確かに、スキル〈読心〉の常時発動能力《感情察知》は、彼女の怒りを察知している。
「そりゃまたどうして………」
「そんなこと決まっているでしょう!?剣士、魔術士において、勝負をする相手と全力で向き合うのは重要なことなの!私のそれを、あなたは踏み躙ったのよ!怒らずにいられる訳がないじゃない!」
「…………(いや俺ら転移者だし。そんなん知らんし)」
元々お前こっちの世界の人間やろ。というツッコミは置いておいて、確かに、こちらの世界における決闘の心構えは俺も知っている。
それを踏み躙るような行為をしたのは、俺が今の今までそのことを忘れていたのだ。
16年、戦いとは無縁な生活を送っていればそうもなる。
ただ、思い出した今となっては、若干の申し訳なさがあるのも事実だ。
これは流石にこちらに非があるので、素直に謝ろう。
「それは、すみません。貴女方の信条を踏み躙ってしまって」
俺はしっかり腰を折って頭を下げる。
「………まぁ、良いわ。あなたがこの戦いで全力を出してくれるならね」
「それ、良いんですか?確実に俺が勝ちますけど」
「……確かに、あなたに負けるのは癪だわ。でも、それがあなたの全力に対して負けたのであれば、我慢は出来るわ」
「……そうですか」
「そんな訳だから、やろうかしら」
どうやら、俺が全力を出したら許してくれるそうだ。
ただ正直、全力を出したらエマさんを文字通り“瞬殺”してしまう。
仕方がない。これも少し信条に反してしまうが、エマさんを殺さないためには仕方がない。
少し、狙いをずらしてしまおう。
前とは違い、剣を片手で構えるエマさんに俺は二刀を抜刀し、構える。
「………行くわよ?」
「いつでも」
「炎魔法【煙幕】!」
エマさんが魔法を発動し、俺の視界を奪う。
(なるほど、まずは目眩しか。格上には十分通用するが、それはひと回り上の相手に限った話だ)
この程度、俺にとっては妨害でも何でもない。
むしろ、自らの首を絞めたと言えるだろう。
その時、
キンッ!
エマさんが煙幕の中から攻撃を仕掛けてくる。
「どうやら、煙幕の中では手も足も出ないみたいね!この勝負、私が貰ったかしら!」
「いいや、違いますよ。どうやってこの煙幕を晴らそうかな、と考えていたところですよ」
「………?どういうこと?」
「知ってますか?粉が舞う空間に、炎を入れると爆発が起こることを」
向こうの世界では、よく火災の原因となるなど、かなり危険のある現象で知られているが、科学技術の進んでいないこちらの世界では、そんなことは知らないだろう。
「炎魔法【炎】」
俺が右の刀の切先に魔力を込め、炎を生み出した瞬間。
シュドォォォォン!!
辺りが爆炎に包まれ、大爆発が起こる。
「い、一体何!?」
「きゃぁ!!」
「うわっ!これ、粉塵爆発か!?」
粉塵爆発。
細かい粒子が空気中に漂っている時、そこに火を入れると、粒子の連鎖的燃焼が起こり、爆発する現象。
かなり危険なので、向こうの世界では、消防庁が実験動画を上げるなど、対策も行われていたほどの現象だ。
爆炎によって吹き飛ばされた煙幕は、周囲の視界を元に戻す。
「ふぅー、あれ結構危ないんだな。結構な威力あったぞ」
俺は爆発の中心に居ながら、無傷で立っている。
仕組みは簡単。
俺が炎魔法を発動した瞬間、【空間断絶】を発動。
空間ごと遮断していたので爆炎が届かなかったのである。
「い、今のを喰らって、生きているの?あり得ないわ………」
「いやいや、流石に今のを喰らったら無傷とはいかないですよ。同時に防御魔法を展開しただけです」
「そ、そうなのね。でも、それにしては、詠唱が早い気が………」
「き、気のせいじゃないですかねー?」
危ない危ない。バレるところだった。
「………そう、気のせいね」
(彼は気のせいだと言うけれど、あれは絶対に気のせいなんかじゃない。あれは完全に詠唱をしていない。もしや彼は、何が秘密を持っている?もしくは、ステータス自体を偽装している?どちらにしろ、《詠唱破棄》なんて、転移者が持っていて良いものじゃない。何か隠していることは明らかね)
思いっきりバレていた。
念の為、〈読心〉を発動しておいたが、これは完全にバレている。
ただ幸い、俺が元勇者というのはバレていなさそうだ。よかった。
「そんなことより、あなたの全力が早く見てみたいわね」
「分かりましたよ。後悔、しないでくださいね?」
「望むところよ」
俺は呼吸を整え、《詠唱破棄》を発動。
(無属性極大魔法【限界突破】)
俺の身体能力が何十倍にも強化され、一時的に全ステータスが億を超える。
俺はその状態で二刀を構え、精神を統一する。
(近距離の技を遠距離で放つ。威力は多少落ちるだろうが、【限界突破】の前にはそんなもの誤差だな。スキル〈剣聖〉固有能力《万物切断》《遠隔斬撃》《高速斬撃》発動)
「陽光流[奥義・黒洞]」
瞬間、空間ごと抉り取る斬撃が飛び、エマさんの頬を掠めて消えた。
「なっ…………」
壊れた空間は、海が水を満たすように修復され、元に戻る。
「うそ、でしょ………」
「これが、俺の全力です」
その言葉と共に、エマさんはぺたんと座り込む。
「こん、なの……勝てっこ、ない」
完全に意気消沈してしまったようだ。
俺はそんな女の子の姿を見ていられるほど外道ではないので、エマさんに声をかける。
「エマさん?」
「私、世界を、知らなかったんだわ………世の中には、あなたのように、こんなに強い人がいるのに、まるで自分が、最強のように語って、まさに、井の中の蛙…………こんな私が、剣士を名乗るなんて、無理な話だったんだわ………」
だいぶ卑屈になってしまっている。
声が震えている。泣いているのか?
これは俺が元気付けるしかないか。
「エマさん。よく聞いてください。確かに、俺は貴女から見たら強いかもしれません。ですが、俺だって、元々弱かったんです」
そう、俺だって、前世の最初の頃は、弱い人間だったのだ。
「………嘘」
「本当ですよ。剣術の心得もない、魔力操作のやり方も知らない、力もない、魔力もない、本当に、何もなかったんです」
「…………」
今思い返してみれば、かなりキツかった覚えがある。
元々、俺にはスキルの〈剣聖〉も〈大賢者〉も〈勇者〉も〈狙撃手〉も持っていなかったのだ。
ではなぜこのスキルを手に入れたのか。
「細かい言及は避けますが、俺は、強くなるのには、かなり良い環境で育てられたんです」
それは、俺が前世の幼少期、捨て子で、当時の勇者パーティーのメンバー、勇者、剣聖、大賢者、狙撃手の4人に、次期勇者として拾われ、育てられたからなのだ。
「教本もある、師もいる、確かに、俺は強くなるのには十分すぎるほどの環境で育ちました」
生まれつきのスキルとして〈神眼〉の進化前である〈慧眼〉を持っていたことで、勇者パーティーメンバーの力、技術、能力をグングン吸収して行った。
「ですが、結局は、自分の努力なんです」
だが、〈慧眼〉でブーストをかけたとはいえ、俺がここまで強くなれたのは、結局は自分の努力の結果なのである。
「自分が努力したから、自分が諦めずに、強くなる道を突き進んだから、結果として、強くなれたんです」
「…………」
「誰も最初から強い人なんていないんです。努力して努力して努力し続けたから、強いんです。貴女もそうだったでしょう?」
「………努力するなんて言っても、強くなるには、どうしても師が必要になってくる。でも、今更私に教えられるほどの強さを持つ人で、その暇がある人なんて、どこにも………」
「全く、何処を見てるんですか?」
俺は真っ直ぐにエマさんの目を見つめる。
「ここに、居るじゃないですか。貴女より強くて、教えられる暇のある人間が」
「………良いの?」
「何がですか?」
「あなたのその強さを、私が受け継いでしまっても」
「ええ、問題ないからこの申し出をしているんです。それに、俺の我流の型、そろそろ他の人に譲渡しても良いかなと思いましてね」
「………私、まだ強くなれるの?」
「貴女が俺に追いつくまでは」
「………ありがとう」
そう言って静かに涙を流すエマさん。
それにハンカチを差し出しながら俺は思っていた。
(何だこの話)
結局は強くなれるかなれないかの話だ。
「強くなれるかどうか」と聞かれたら俺は「Yes!!」と即答するだろう。
強くなりたいのであれば、山奥で修行でもしていれば良い。
師がいるよりも成長は遅いだろうが、少なくとも強くはなれる。
なんて不器用すぎる子なんだと思いつつも、喜んでくれたことにはこちらも嬉しさを感じていた。
「樹くん樹くん」
「ん?どうした?」
俺が涙を流すエマさんを見ていると、横から紗倉が肩を突いてくる。
「実は、私も樹くんに弟子入りしたいな〜なんて」
「紗倉も?良いけど………」
「やった!」
どうやら2人目の弟子ができてしまったようだ。
しばらくして、エマさんが泣き止み、こちらに向き直る。
「………イツキ・フタイリ君、あなたの弟子にさせてください」
「ええ、いいですよ。指導となる以上、ビシビシと行きますからね?」
「望むところよ!」
「まぁでも」
「?」
「エマさんは、俺が今まで戦ってきた人間の中で、一番強い人間でしたよ」
「っ!」
俺はそう言って笑って見せる。
「さて、それはそうと、剣魔祭の出場順を決めなきゃな」
俺は何処かへと吹き飛んでいた本題を手繰り寄せる。
「そうじゃん」
「確かに、さっきから脱線どころか空飛んじゃってましたもんね」
「時間もないし、さっさと決めちゃおう。先鋒は橋、お前に任せる」
「おうよ!」
「そして次鋒だが、これは紗倉」
「頑張るよ!」
「次に中堅。リタさん、頼めるかな?」
「重要なところですね。頑張ります」
「そして副将、エマさん」
「…………」
「エマさん?」
「っ!も、問題ないわ!任せてちょうだい!」
「最後に大将は、俺だ」
そんなわけで、残っていた課題をさっさと解決した俺たちは、申請書を書き、提出してから帰ったのだった。
〜エマside〜
私は、昔から実家が王家直属の親衛隊の家系だったため、実力主義の世界で育ってきた。
兄弟姉妹の中でも不出来だった私は、一生懸命に努力した。
最初の頃は、それでよかった。
でもだんだんと、兄弟姉妹たちに抜かれ、努力をすることが辛くなってきてしまった。
いくら努力しても、やれ「弟、妹の方がすごい」だの、やれ「お前は弱すぎる」だの、散々貶される日々。
そんな中、私は負けてしまった。
通例では弱いはずの転移者に。
その時はまだ耐えられた。
相手も本気を出していなかったから。
「私だって本気を出していない」「本気なんて出さなくても、勝てると思っていた」と、言い訳ができたから。
でも、今日、全力でぶつかってみて、悟った。
「この人には、どうやっても勝てない」と。
そう思うと、涙が出てきた。
どう足掻いても、越えられない壁があると知って、絶望した。
でも、彼は言った。
「誰も最初から強い人なんていない」と。
「努力に努力を重ね続けたから、強いんだ」と。
「彼自身もそうだった」と。
その言葉は、今の私にとって救いの言葉だった。
最初から弱くない人間なんていない。努力をしたからこそ、強くなれる。
そして彼は、私を救う言葉を言ってくれただけでなく、私を強くする手伝いをするとも言ってくれたのだ。
私は、その言葉がものすごく嬉しかった。
思わず涙が出てしまう。
この涙はさっきのような悲し涙じゃない。
涙を流す私に、彼はハンカチを渡してくれるだけで、何も言わずにいてくれた。
その心遣いが、ありがたかった。
そして、彼は涙が止んでやっと向き合った私に微笑み、言うのだ。
「俺が今まで戦ってきた人間の中で、一番強い人間でしたよ」
私は、その言葉に、今までの努力を肯定された気がした。
おそらく、彼は何気なく発した言葉。
その言葉に、私は今日一救われた。
そして、それだけ私の心を揺さぶった彼に、心惹かれるのは、簡単なことだった。
剣魔祭出場メンバーで職員室へと出場順申請書を提出しに行く途中で、誰にも聞こえないように呟く。
「好きよ、イツキ」
「ん?」
「何でもないわ」
「?」
〜樹side〜
「オーマイガー………」
段々と樹くんがモテ始めてます。島です。
若干樹くんの過去が明かされましたね。
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