第三話「この世界とはなんだ」
「お前は何者だ。」
目の前で楽しそうにこちらを観察しているソレからはまるで殺気を感じなかった。本当に話すだけで済むのだろうか。まだ手足を縛る前だったというのに、こいつは目を覚まし起き上がってしまった。すべて私の責任だ。
「何者?それは僕が知りたいよ」
「記憶を失っているのか?」
「まさか、僕は僕を自覚した時からすべてを覚えているよ」
「自覚した時からだと?」
まるで今までは別の人格に操られていたかのような物言いだ。それとも、急成長した子供だとでもいうのか。いや、植物状態のように眠っていたのかもしれない。
「そうさ、僕に意識が芽生えた瞬間が誕生日。もしかしたら今日かもしれないね。祝ってよ、お山の大将さん」
「おめでとう。プレゼントにこの縄をやろう。縛ってやるから大人しくしていろ」
「可愛い顔して物騒だね。それと君、意外とノリがいいんだ」
「はぁ。で、お前は何のために戦っている?」
話すと普通だ。心なしか少し気が抜けたように感じる。ただの戦闘狂なのかもしれない。恐らくどこかで頭を強打して記憶が消えたのだろう。目の前の少女からは敵意も感じられない。
「戦い?あぁ、それはこの世界について知るのに戦った方が手っ取り早いからね」
「…待て。この世界だと?それと戦いに何の関係がある?」
「あれ?君はこの世界に覚えはないの?」
「覚えも何も、ここで私が生まれただけだ」
「生まれた…ね」
白鬼は私の発言を聞いて、こちらに興味をなくしたかのように拠点の中を見渡し、あくびをした。眠そうに眼をこすり、退屈そうにソファーに寝転がる。まだ聞きたいことがあったが、自分から寝てくれるのなら、その間に拘束できる。
「君、名前は?」
「…ダリアだ」
「ダリア?へぇ…僕からも聞いていいかな?君は何者?」
「私はここのリーダーだ」
「それだけ?じゃあ質問を変えようか。前の世界では何者だったの?」
「前の世界、だと?」
ふざけているようには見えない。純粋に疑問に思っているようだ。さっきまで寝転がっていたというのに、今は体を起こし、こちらの様子をうかがっている。
前の世界とは何かの隠語なのか?それともこいつは前に別の世界にいたとでもいうのか?こいつと話していると疑問が絶えずわいてくる。だが、最初に感じた違和感については何もわかっていない。そう、違和感だ。それが前の世界と関係があるというのなら私は…
「白鬼…それは何かの冗談か?」
「冗談に見える?」
「……」
「ていうか、僕はこの世界で白鬼って呼ばれてるの?角生えてないのに」
「理由は知らん。噂で名前を聞いただけだ」
「噂ね。酷いなぁ。幼気な少女を鬼呼ばわりなんて、デリカシーがないんじゃない?」
「私に言うな。あの鬼気迫る戦いぶりから名付られたんじゃないか。白鬼と呼ばれたくないなら名前を教えてくれ」
「鬼気迫ってないんだけどなぁ。それはさておき、僕はガーベラ。僕に知識をくれた人が名付けた名さ」
「そうか。ガーベラ、お前は私たちに危害を加えるつもりはあるか?」
「ないかな。理由がなくなった」
理由について気にはなるが、話がどんどん大きくなっているのが気がかりだ。前の世界の住人に名付けられたのか?それともまた別の世界の住人か。私もその住人たちに通ずるところがあったから、再び興味を持たれているのだろう。
「わかった。お前に知識を授けた人間は何者だ?」
「さぁ、とある世界では学者って呼ばれてるらしいよ?」
「また別の世界の話か。規模が広すぎる」
ついていけない。嘘を言っているとも思えない。
「君はどっちかな?まぁ期待はあまりできないけど」
「期待だと?私に何を望む?」
「この世界の破壊」
「…!そんなこと、できるはずない!」
「方法を知らないだけだよ。単純さ、生き残ればいい。それだけ」
「他に方法はないのか?」
「あるんじゃない?でも僕はこれしか知らない」
「お前、今までいくつの世界に存在した?」
「あはは、面白い聞き方だね。記憶があるのは…」
ガーベラの返答が声になる前に、白い血が口から吐き出された。血…なのだろう。こいつは世界を渡る新種の生物だと言われても勘違いしてしまうであろう光景が目前に広がっている。これが違和感の正体。そして、この違和感を自分自身の中にさえ、感じられてしまう。
「はぁ、こればっかりは慣れないね。前よりはマシなんだけどさ」
「……前より、か」
「どうかした?」
「いや、何でもない」
「そっか。じゃあここで休んでいいかい?こうなるとちょっと移動が面倒なんだよね」
「ああ。だが約束しろ。私の仲間には手を出さないと」
「もちろん。さっきも言った通り、理由がなくなったからね」
「理由とはなんだ」
「君さ。ほんの少しだけ、君に興味がわいたのさ。あぁそうだ。僕の気が済むまでここにいていいかい?」
「……」
「そんなに睨まないでよ。何もしないさ。あ、戦いは協力するよ?それでいいでしょ?」
「……わかった」
話が出来過ぎている気がする。ガーベラが味方になるのはメリットではあるが、気が済んだ時はどうなる?…気乗りしないが、キュアを前線から下げて戦いやすくなるかもしれない。それに、違和感の正体を突き止める足掛かりができるはずだ。
◇◇◇◇◇
「ヒエンさん!おかえりなさい!怪我してない?」
「ああ、心配いらねぇ」
「ヒエン!帰ったのか!無事でよかった!うまい飯、できてるぜ!」
「おいおいおいおい。皆さーん、俺ちゃんのこと忘れてない?ブレイド様も帰宅しましたよー」
「あ、ブレイドだ。お帰りー」
「もう遊んでやらんぞー」
「やだ、遊べ!」
「おう!ブレイドもお疲れさん」
「へい、ただいまー。あ、ヒエンは待てよー。俺ちゃん一人じゃ死んじゃうぜー」
「兎かお前は」
いつの間にかここには人が増えた。ここには…何故俺はここにいる。俺は確か、病室で寝ていたはずなのに、気づいたらここにいた。目を覚ましたら、そこは病気のせいで行けなくなった大学の風景がそこにはあった。だから、ここは夢の世界だと思った。だが、実際は違った。痛みもある。人も死ぬ。俺は死んで輪廻転生でもしたのか?
「おーい、何ボーッとしてるんだ?さっさと飯行こうぜ!」
「先に行ってろ」
「はーい」
とにかくこの世界について知る必要がある。他に前世の記憶がある奴にさえ会えれば、何か分かるはずだ。