第一話「黒い花、白い花」
私がみんなを守る。
僕がみんなを殺す。
前者は間違っていると知っていながら、もがき続ける者。
後者は正しいがゆえに、孤独となった者。
両者対極、生にすがる者と死に導く者。
二者はこの世界の縮図と言えるだろう。この鮮やかで幻想的な世界の―
空気を断ち切り、耳の奥に突き刺さってくるような金属音がグラウンドに響く。悲鳴と怒声が入り混じる戦場で私は刀を振るっていた。
「ガンマン、後は私が片付ける!他の奴らの援護にまわれ!」
「了解。こっちは任せな、ダリア。死ぬんじゃねぇぞ!」
銃弾の雨。その中をかいくぐりながら刀を振るう。いつもと変わらない戦場。
「しつこいんだよ」
あたり一面が白い光の粒に包まれる。この世界では、死ぬとそうなってしまうのだ。だから死体は一つも残らない、死という概念が存在しないような、虚しい世界だ。
顔をぬぐった手には何もついていなかった。浴びたはずの返り血さえも跡形もなく消えてしまうのだ。これだけはいつまでたっても慣れない。ひと息つき、白い光の粒をかき分けるよう仲間たちの元へ向かった。
◇◇◇◇◇
「遅くなった!キュア、状況を教えてくれ!」
「ガンマンさん!ちょうど良かった!エレキの援護に行って!奴が…白鬼がいるの!私たちじゃ足を引っ張っちゃう…」
「わかった!お前たちは一旦退け!」
マシンガンを撃ちながら戦場を駆け抜ける。一面に広がる白い光の粒が妙に多いのは白鬼が来ているからだろうか。
(クソッ、白鬼だと?エレキ…頼むから生きていてくれよ。死なれちゃダリアに合わせる顔がねぇ)
しかし、ガンマンの心象とは裏腹に膝をついていたのは白鬼のほうだった。白鬼に視線を向けたまま急いでエレキのもとに駆け寄った。白鬼もこちらをずっと目で捉えている。心臓を直に握られている気分だ。
「エレキ!お前が倒したのか?」
「ああ?ガンマンか…。いや、あいつは…」
エレキはそれ以上言葉が続かず、力なく倒れてしまう。エレキの体は切り傷だらけで立っているのがやっとだったのだろう。すぐに治療すべきだが、そんな暇はない。
「しっかりしろ!」
目を離した一瞬のうちに白鬼の姿が消えていた。白鬼は死んでいない。奴の血を辿れば居場所が分かるはずだ。地上にこびりついている赤い鮮血を…。
(なんなんだこれは、この白い血のような……)
「おっと!」
エレキがガンマンを突き飛ばし、首を切らんとする白鬼の刃が空を切った。奴は後がないのだろうか。剣さばきが滅茶苦茶だ。だが、満身創痍はエレキも変わらない。白鬼との剣戟に後れを取り、体に刃が突き刺さる。
「グァッ」
「エレキ!この野郎!」
ガンマンはエレキを援護するようにマシンガンを乱射し、白鬼に牽制をかける。不思議だ。いつもならある程度、的を絞ってから引き金を引くというのに、狙っても無駄だと撃つ前から体が理解していた。
(なんて奴だ、こっちを一度も見ずにすべて回避しやがった。白鬼も満身創痍じゃなかったのか?エレキはあのザマじゃもう戦力として数えられない。だからといって俺一人で奴を倒すのは不可能に近い。隙をついて撤退を…いや、ダリアの合流まで持ちこたえられれば希望が見えるはずだ)
時間稼ぎに注力しようと決心した時だった。白鬼は着地するとそのまま体制が崩れ、倒れないよう自分の得物で支え、やっとのことで立っていた。意味が分からない、白鬼に外傷がない。ガンマンは自身の目を疑ったが、答え合わせと言わんばかりに白鬼が吐血した。その血は白色だ。ならば、先ほどの液体は白鬼の血だということになる。本当に化け物じゃないか。
エレキは内傷を与えたのだろうか。エレキの得物は剣、峰で打撃でもくらわせたのなら分かるが打撃を受けたような跡も見られない。状況の不可解、自身の死、仲間の死。それらが目前にある。白鬼はそんなガンマンを見て、嗤った。
「アハハハハハ!いいねぇ!最っ高だね!君たちに僕を殺せるかな!」
悪寒。狂気の沙汰ではない。逃げ切れるビジョンが見えない。エレキだけでも無事だったらダリアも許してくれるだろうか。そんな諦めにも近い考えがガンマンの頭をよぎる。
白鬼が地面をけり、距離を詰めてくるが、ガンマンにできることはマシンガンを撃ち続けることだけだった。牽制にすらなっていない。間合いに入られ、白鬼の動きに沿って微力な風が肌を刺す。数秒後は刃が貫いているはずだ。走馬灯はまだなのかと死に苛立つ。
「ガンマンさん!」
声、と同時にダァンと重い銃声が鳴る。そこには撤退したはずのキュアが拳銃を持って震えながらもしっかりとこちらを捉えていた。
「キュア⁉まだここにいたのか!助かったぜ!」
「私だけ逃げるなんてできませんから!ってエレキさん⁉」
「気絶してるだけだ。すまないが、エレキを安全なところへ連れてってくれないか」
ダリアならこうするだろう。仲間を守ることが最優先だ。覚悟を決めるしかない。恐怖心はいまだに消えないが、キュアが来たことで体は軽くなった気がする。
「俺が時間を稼ぐ」
「ガンマンさん⁉でも!」
「いいから行け!」
死の恐怖をごまかすように怒気を含んだ声で叫ぶ。まるで八つ当たりだ。キュアは少しためらったものの、すぐにエレキを担ぎ、撤退して行った。
「へぇ、ずいぶんと仲間思いなんだね」
「あんたこそ、見逃してくれるとは思はなかったぜ」
「後で殺すさ。少しの間、生という夢でも見ているといい」
「はッ、夢なら醒めないでくれよ!」
白鬼が動き出す。ガンマンはすぐに構えようとするが、白鬼が剣を投げそれを阻む。
早すぎる。ガンマンが次の行動に出る暇もなく、白鬼の拳が鳩尾を深くえぐる。殴られた反動で体が浮き、そのまま蹴り落されてしまう。意識が飛びそうだ。相変わらず白鬼はこちらを嘲笑っていた。
「もうおしまい?せっかく楽しくなってきたところじゃないか」
「楽しいか?家でぼーっとしてる方がもっと楽しいぞ?」
「アハ、つれないなー。じゃあ、殺そっか」
「人思いに頼むよ。痛いのは嫌なんだ」
「わかった。痛くするよ」
「冗談どころか話も通じねぇのか…」
「フフ、今の僕はどうしても殺したいだけだよ」
「では、お前が死ね」
自然と安堵感に包まれる。最信頼している仲間の声、どうやら上手く時間を稼げたみたいだ。
「おせーよ、ダリア」
「すまない、道中の敵に時間をかけすぎた」
ダリアは言い終わる前に、白鬼に刀を振り下ろす。白鬼は軽く飛んで避け、さっきよりも楽しそうに嗤っていた。ガンマンは自身に活を入れる。意識が飛ばないように、夢から醒めないように、ダリアという希望ができたからだ。ダリアと白鬼は一度距離をとり睨み合う。
「無事かガンマン。遅くなってすまない。ここまでよく耐えてくれた」
「ああ、生きた心地しなかったぜ、まったく」
「すぐに終わらせる。お前はここで休んでいろ」
ダリアはガンマンを安心させるように微笑むが、口元の黒く固まった血に目が行ってしまう。ダリアもボロボロの状態だ。白鬼も満身創痍とはいえ、動きが常人のソレではない。だが、白鬼はもう限界だったらしい。血を吐きすぎたのだろか、足元がおぼつかないでいる。
「ハハ…水を差すのが…僕自身なんてね……」
戦いはあっけなく終わってしまった。白鬼は倒れ、白い血だまりができている。
「終わった……のか?」
「ああ」
「はぁ~今は空気の抜ける風船になった気分だよ」
「帰るぞ。キュアとエレキが心配だ」
そういってダリアは白鬼を担ぎあげていた。
「おい……そりゃ何の冗談だ?」
「単なる好奇心さ。少々気になることがあってな」
不安ではあるが、ボスの言うことなら仕方ないとガンマンは自分に言い聞かせて口を閉じる。白い血だまりにダリアの血が落ちたのだろうか。ダリアの赤黒い血は、白い血だまりの中に咲いた一輪の花のように浮かんでいた。