おむかえ
おそくなりました。
「はい、コダネについて詳しく書かれた本を探しているのです」
「……………はい?」
王立図書館にてコダネとコウノトリについて調べていたルゥカ。
植物の図書が立ち並ぶ書架の前にて声を掛けてくれた若い青年司書にそう答えてしまったのであった。
青年司書は一瞬固まった後、目の前の書架から本を一冊取り出した。
そしてページをペラペラとめくり、とある項目を開いてルゥカに言った。
「“コダネ”……という植物は記載されていませんが、“コツボゴケ”という植物ならありますね。しかしその植物は種子植物ではなく、隠花植物で、苔類に属し、種は作らないようですね」
「いえコツボゴケではなくコダネなんです」
「え?……え?」
どうやら探しているものを勘違いされていると思って訂正すると、青年司書は目を瞬かせてルゥカを見た。
その様子が気になってルゥカは首を傾げて青年司書を見つめ返す。
「司書さん……?」
「あの……まさかコダネって……」
「え?」
青年司書が何かを言おうとしたそのとき、周囲が俄に騒がしくなった。
「聖女さまの御一行だぞっ!」
「え?本当っ?」
「図書館前の大通りを聖女様の馬車がお通りになっている!」
「ルリアンナ様だっ」
「聖女様だわっ」
聖女の馬車に気付いた者の声に反応して、図書館の利用者たちが一斉に大通りに面した窓際に集まってきた。
丁度その窓際の書架の前にいたルゥカと青年司書も押し寄せた利用者たちと共に窓際から覗く形となった。
──本当だわ、ルリアンナ様と聖騎士たちだわ……王宮からの帰りなのね。
大通りには聖女を乗せた馬車とそれを守るべく前後二頭ずつ、計四頭の馬に騎乗する聖騎士たちがいた。
そのうちの一頭、後方に馬を寄せるフェイトの姿をルゥカは目敏く見つけた。
──フェイト……
王宮へ参内する際に着用する聖騎士の盛装に身を包んだフェイトをじっと見つめる。
一瞬、警戒しながら周囲を見渡したフェイトと目が合った気がしたが気の所為だろう。
大通りに面しているとはいえ図書館のフロントヤードもありそれなりの距離がある。
しかも室内にいるルゥカに気付くなんてありえない。
きっと今は大切な聖女ルリアンナを守る事に全神経を集中させているはずだ。
王都に来てすぐの頃には護衛の役目を最優先とするフェイトに憤りを感じていたがそれももう慣れっこだ。
フェイトの想いを知った今は尚さらそれに対して怒るのはお門違いだと思うようになった。
フェイトはそのために聖騎士になったのだから。
ルリアンナを守りたくて。
彼女の騎士になりたくて。
そんな事を考えるルゥカの隣に立って、同じように聖女一向を眺めていた青年司書が言った。
「聖女様は僕の姉と同じ歳で同じ日にお生まれになってるんですよ。だから不思議と親近感があって……でも勝手に親近感を抱くなんて、失礼な話ですよね」
青年司書が自嘲気味に言ったのを聞き、ルゥカは小さくふるふると首を振った。
「ルリアンナ様はとっても気さくでお優しい方です。同じ日にお生まれになったと知ったら、きっとお姉様とお友達になりたいと仰ると思います」
「あなたは聖女様をご存知なのですか?」
「ご存知というか………「あーあ、行ってしまわれたぁ」
ルゥカの声に被さるようにそう告げた誰かの声に導かれルゥカが再び窓の外を見ると、
聖女一行はすでに通り過ぎた後であった。
聖女が戻った聖女教会では、これから夜勤のメイドたちがルリアンナの夕食や入浴などで大忙しなんだろうなぁとルゥカはぼんやりと考えた。
なんだか今日はこれ以上難しい事を考えるのを放棄したくなったルゥカは、コダネとコウノトリの本を探すのを諦めて料理のレシピ本を借りて帰る事にした。
ルゥカは世話になった(?)青年司書に軽く会釈をした。
「なんだかよく分からないけどありがとうございました。別の本を借りて帰ります」
それを聞き、青年司書は柔らかい笑みを浮かべて言葉を返した。
「そうですか。お役に立てなくてすみません。またのご利用をお待ちしております」
「はい、こちらこそありがとうございました」
ルゥカは図書館職員の名札をチラリと見る。
“パトリス=ダーヴィン”名札にはそう記されていた。
その後ルゥカは料理レシピ集を何冊か借りて図書館を後にした。
これから市場に寄ってアパートに帰るつもりだ。
今日借りたレシピ本の中にフェイトの好きそうなメニューがあったのでそれを作ってあげようと考えながら。
図書館の正面玄関を出てフロントヤードから歩道に差し掛かった時に、ふいに声をかけられた。
「ルゥカ」
誰だと姿を確認しなくても声だけでわかる。
ルゥカの大好きな声、大好きな人。
「フェイト!」
どうしてここに?
ルリアンナが教会に戻り、シフト交代となってすぐにここまで来たのだろうか。
ルゥカは昔からの習い性でフェイトの腕に抱きついた。
「図書館に来たというとこは、もしかしてやっぱり窓から覗いていたのがわかった?」
ルゥカがそう訊ねるとフェイトがなんでもないように言う。
「いや、視覚的にハッキリ見えたわけじゃないが、多分ルゥカだろうなとは思った」
「え?じゃあ多分ってだけで図書館まで来たの?」
「お前がどこにいるかくらい簡単にわかる」
「えっ?すごい、どうしてわかるのっ?」
「そりゃ内緒だな」
「えー、内緒なの?まぁいいけど」
不思議と昔からフェイトはルゥカがどこにいてもこうやって必ずおむかえに来てくれるのだ。
今日も来てくれた事が嬉しくて、ルゥカはご機嫌になった。
「じゃあ帰りに市場に付き合って♪」
「今日のメシなに?」
「今日図書館でレシピ本借りたから新メニューに挑戦しようと思って」
「肉系か?」
「ふふ。肉系」
「よし。食材費は俺が出す」
「え、毎月折半でって決めてるじゃない。その食費から出すわよ」
ルゥカがそう言うとフェイトは本が入ったルゥカの鞄を取り上げながら言った。
「俺の方が稼ぎがあるんだ。そろそろ折半じゃなくてもいいだろ」
「え、やだフェイトったらオトナっぽい」
「あのな、とっくに成人してるっつーの」
「ふふふ」
そう言って二人で同じアパートへの帰路に就く。
部屋は別々だけど王都へ出て来た時にフェイトがルゥカの分まで見つけて来てくれたアパートだ。
お互い夜勤のある時は無理だが、こうやってシフトが合えば食事は一緒にしている。
たまに外で食べる日もあるけれど、基本ルゥカの部屋でルゥカが作った食事をフェイトと二人で食べる。
故郷にいる時からルゥカの家でよく食事を食べていたフェイト。
あとどのくらいこうやって一緒に食事が出来るのだろう。
ルゥカが故郷に帰ったら、少しは寂しいと感じてくれるだろうか。
今はまだ許されているフェイトの隣を歩きながら、
ルゥカはそんな事を考えていた。
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コツボゴケは本当にある苔類だよ✩
次回、パトリス青年と再会……?