決して知られることのない僕の恋
僕らは箱の中で生きている。声を出すことも、動くことも許されずに。やがて箱が開くと、眩しい光にされされながら仕事をしなくてはならない。ここでも僕らは動かない。「長時間ただ使われるのみ」それが仕事であり、使命であり、宿命だ。…………それにしても、ここに来たばかりの時はこの削れる感覚に慣れなくて辛かったものだ。今は体も少し小さくなってもそんなに違和感はない。成長の証だろうか。
僕らを使う人間たちから呼ばれる「消しゴム」という名にもようやく慣れた気がする。
そんな僕にも春がやって来たのだ。美しい黒色に輝く側面に、銀色に輝く先端。なにより、使われている中で思わず「カチ、カチ」と漏れてしまう声がとても美しい。そんな「シャープペンシル」と呼ばれる彼は僕が彼を思っていることなど知らない。いくら熱い視線を送っても、僕には彼を愛でるための声も、手も、足もないから、彼はずっと快楽を追い求めている。けれどそんなところも非常に愛らしい。
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しかし、いつも通り仕事をしていたある日僕は気づいてしまった。何故か僕はなぜ彼を想っていたのかを思い出せなくなっていた。彼を好きな気持ちは変わらないのに、なぜ彼を好きなのか疑問を持つようになったのだ。
またある日誰を好きなのかを少し忘れてしまっていた。彼は僕にとって唯一無二の存在のはずなのに。
そしてまたある日誰を好きなのか完全に忘れてしまった。そんなことに気づくと悔しい思いでいっぱいになった。自分を自分で殴りたくて仕方なかった。それができないこともまた、むなしかった。
もう僕は好きな気持ちすら忘れていた。この体ももうほとんどが削れてなくなり、体は軽くなっている上、心も空っぽになっていた。
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あぁ、何か忘れている気がするな…………。まぁいいか……。あれ?狭い視界の中で何か見える……。…………綺麗な黒色だな。この気持ちはなんだろう……。何故か懐かしいな。あぁ、そうだ。僕は恋をしていたんだ。何で今更思い出すのか……こんな大切な気持ちを。大事にしてきたこの気持ちを。もうすぐ僕は消えてしまう。削られ切ってしまう。使命を果たしきってしまう…………。けど、もし生まれ変わりがあるのなら、僕は彼と一緒に人間になりたいな。手で彼に触れ、足で彼と共に歩きたい。
彼は僕よりも長く長く生きるのだろう。僕の見られない姿もたくさんあるのだろう。でも、人間として生まれ変われたら、等しい命でずっと君の姿を見られたらいいな。