ミラノ(4)
ロマンス小説は、心の常備薬。
もしあなたの気持ちが塞いだり、元気の素が必要なら、ロマンス小説を一服して、ロマンスの世界に心を遊ばせてから、また現実に戻りましょう。
あなたが帰って来た場所は、以前より少しばかりカラフルになっているでしょう。
運河を渡りミラノ郊外を抜けたリムジンは、大きな鉄門をくぐり邸宅前の車寄せに止まった。コスタンティーニ氏の別邸は、まるでルキノ・ヴィスコンティの映画に出てきそうなお屋敷だった。
ドアマンがうやうやしくコスタンティーニ氏とキャサリンを迎え入れた。大広間に通されると、ウェイターから盆に載せたシャンパングラスを渡された。
「お集まりいただいた皆さん、今夜のパーティーにお越しくださったことに感謝します」コスタンティーニ氏はシャンパングラスを片手にゲストに向かってスピーチを始めた。
キャサリンは、ここに来る前の車中での会話について考えていた。
「わしの持株をお前に相続させたいと思っている。わしもビジネスの最前線に立ち続けるのは辛い年になった。筆頭株主になってブランドビジネスの経営陣に加ってくれかね?」
「お祖父様、私は中学の理科教師ですよ。ファッション業界ともブランドビジネスとも無縁の人生を歩んできてます。お申し出はありがたいですが、私には荷が重すぎます」
「何もひとりでやれとは言っておらん。優秀な経営陣がお前をサポートする。COOはロレンツォ・ブルーノという男だ。身寄りがないため、わしが親同然として育てて、教育を受けさせた、優秀な経営者だ。今夜のパーティーにも呼んでいるので、お前に紹介するよ」
「なぜわたしなんですか? 他にご家族がいらっしゃいますよね?」
「わしはこれまで二回結婚したから、元妻とその子供もいる。残念ながら経営に向いた身内はお前以外におらん。他の連中は、わしからどう金をむしりとることばかり考えておる。ああした連中に会社を任せることはできん」
「わたしのどこが経営に向いているとお考えなんですか?」
「ここ数日、お前と食事しながら、いろんな話をしながら考えたんじゃ。別に試していたわけじゃないから、気を悪くしないでおくれ。これまで苦労して育ったお前には堅実さがある。そして経営に必要な知性もある」
「わたしのことを買い被り過ぎです。堅実であることは認めますけど。これまで贅沢とは無縁の人生でしたから」
「前も言ったが、お前は自分の価値がわかっとらん。これまでそれを発揮する機会に恵まれてなかったから、それも無理もないがな。お前が祖母のジュリアから受け継いだ知性と美意識は、わしのブランドビジネスにとって不可欠な要素なんじゃよ。お前を見ていると、ジュリアと過ごした日々を思い出すよ。若い頃の無垢な恋愛と名声を得てからのそれは別物じゃよ。この年になると、若くて純粋だった頃のジュリアとの付き合いがいかに貴重だったかが身に沁みるよ」
「じゃあ、しばらく試しにわたしを使ってみてください。経営陣に加わるのは、わたしが本当に役にたつかどうか確かめてからでも遅くないでしょう?」祖母の話を出されると、キャサリンもこのオファーを引き受けざる得ない気持ちになった。
「お前ならやれるよ。きっとお前にもわかる時が来る」コスタンティーニ氏は静かに言った。