ミラノ(1)
あなたはどんな物語にも始まりと終わりがなくちゃあならないって思うんですか?
昔は物語の終わり方が二つしかありませんでした、いろんな試練を経て、主人公と女主人公が結婚するかそれとも死んでしまうかでした。
あらゆる物語が伝える究極的な意味には二つの面があるのです、生命の連続性と、死の不可避性です。
––– イタロ・カルヴィーノ『冬の夜ひとりの旅人が』
リムジンは、オレンジ色にライトアップされた教会や大聖堂の間を縫って、すべるようにミラノ市街を走っていた。
「シャンパンはどうかね、キャサリン?」祖父のパオロ・コスタンティーニが車内の冷蔵庫からボトルを取り出した。
「少しだけいただきます」キャサリンは、シャンパングラスを受け取り、祖父が注いでくれた黄金色の液体を口につけた。きらやかでフルーティ香りが口の中で弾けた。リムジンに乗ってパーティーに向かうのは初めてだ。一週間前までテキサスの中学校で理科を教えてた自分が、ここにいる現実感が今ひとつ湧いてこない。
きっかけは、半月前にあった一本の電話だった。
「ミス・キャサリン・ブラウンさんでいらっしゃいますか? ミセス・ジュリア・フランチェスカのお孫さんの?」知らない男性の声だった。
「そうですが、祖母は一か月前に亡くなりました」
「それは存じております。お悔やみ申し上げます。私はパオロ・コスタンティーニ氏の弁護士です。コスタンティーニ氏はあなたに会いたがっている。コスタンティーニ氏の依頼で当社が調査した結果、あなたがコスタンティーニ氏のお孫さんであることは間違いないようです。コスタンティーニ氏は、〈タラリア〉というイタリアのラグジュアリー・ブランドのCEOです。タラリアはご存知でしょうか?」
聞いたことはある。ただ、アメリカではニューヨークにしか店舗がないはずだ。創業以来、高品質・少量生産の理念を貫くミラノを本拠とするプレスティジの高いブランドで、国外展開する際もその国の主要都市の一つにしか店舗を作らないポリシーだと何かの記事で読んだことがある。
「こみいったお話なので、詳細はメールでお知らせします。ミラノへいらしていただければ、代理人の私としても嬉しいです。美しい街ですよ。食べ物も美味しい。きっと気に入っていただけると思います」
今ひとつ状況が飲み込めなかったが、メールアドレスを教えて電話を切った。
半日後、送られたきたメールの内容を要約すると次のようになる。
祖父(と名乗る人物)パオロ・コスタンティーニ氏とキャサリンの祖母ジュリア・フランチェスカは約五十年前にイタリアで交際していた。二人の関係が終わった後、祖母はアメリカに移住し、この地でキャサリンの母となる子を産む。長い間、二人は音信不通だったが死期が近いことを悟った祖母は、祖父宛に手紙を出した。もちろん現住所など知るはずもないから、会社宛への郵送だ。手紙の内容は、祖母以外の身寄りのないキャサリンの後見人になって欲しいというものだった。会社宛に手紙を送ったので、祖父の手に手紙が渡った時には、祖母はすでに亡くなっていた。それから、アメリカの調査会社に依頼して、秘密裏に身元調査がされた。キャサリンがコスタンティーニ氏と祖母の孫であることが確実であることの確証を得たため、彼女の元へコスタンティーニ氏と会うためにミラノに来て欲しいという連絡がきた。