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4庇護者を見つける(後編)

「あ、噴水だわ……!」


歩き着いた先に水があって駆け寄る。


汚いかもしれないが、自領で野を駆けずり回って川で泳いでいた過去を思えば気にならない。


「はあーーー、気持ちいいわ……」


そのまま、手のひらで水をすくい顔を洗う。

思ったより冷たくなくて、気持ちいい。


流石に飲むのは躊躇われたが、致し方ない。

ごくごく飲む。


「ぷはーっ、生き返るわぁあ」


令嬢らしからぬ声を上げながら、嬉しそうに微笑む。


「………何してるんだ」


「……?!」


その瞬間、どこからか呆れた声が聞こえ、驚いた様子で周りを見渡すが、どこにも人影を見つけられない。


「だ、だれか……いるの……?」


思わず、夜闇に向かって問いかける形で声を発した。


「…………さあ、どうだろうな」


フードを羽織った男が現れる。


「なっ、ど、どこから」


「それは企業秘密。簡単には教えてやれねえよ。それより、お嬢さ、いや、"お前"こそ、こんな所でなにしてるんだ」


危ないぞ、と目で訴えられる。


「……なにも。ただ、どうすることも出来ないから、どうやったら生き残れるかと考えてるだけよ。あなたこそ、何故ここに?」


というか、何故、"私"に話しかけたの。


「警戒するだけの知性はあったんだな」


「……」


小馬鹿にする言い方に思わず睨み返せば、悪かったと肩を竦めては本題に戻る。


「何故、か。そうだな、あそこら辺は船着場の近くなんだが。明日の夜明けにこの国を出るから、船着場近くの宿屋に泊まって、最後の夜に歩いてたんだ。そしたら、ぐしゃぐしゃな姿で泣いてるお前が、いた」


「…………」


な、な、な、と声にならない声を上げる。

顔を赤らめながら、口がパクパクと動いてしまう。

あんな酷い姿を見られたのかと、そんな時から居たのかと、なんとも言えない気持ちで一杯になった。


「…………何があったかは知らないが、あんな無防備で、お前のような綺麗な女が出歩けるほど此処は安全じゃない。家の近くまで送る。信用出来ないだろうが、堪えてくれ」


真っ直ぐ目が合う。


「………………貴方のことが、信用出来ないから、じゃない。帰る家がないから、帰れない。だから、どうしたらいいのかすら、分からないわ」


自然と視線が落ちる。

また、じわりと涙が戻ってきて、ゆっくり頬にこぼれるが、もはや自分で拭う気もなかった。


「……………………悪い。泣かしたかった訳じゃねえ」


ゴツゴツした指が、気づいたら頬に這わされ、涙を拭っていた。


見知らぬ人にいきなり触れられて、ビクリと震えるが、悪意がないことに気づき、目線を彷徨わせるがおずおずと言葉を続ける。


「いいえ、泣いてしまってごめんなさい。見ず知らずの貴方に迷惑かけたかった訳じゃないの」


「……お前、可愛いな」


「……え?」


「なんでもない。それより、流石にその姿は目立つ。帰る家もないなら、とりあえず、うちの宿屋にくるか?」


「え、でも、えと」


とても有難い。けど、見知らぬ人の部屋に行く恐怖と、迷惑をかけてしまう申し訳なさから躊躇ってしまう。


「安心しろ。ババアがいるから、二人きりではねえよ」


男が笑う。こちらの警戒やら諸々が伝わってたようで、恥ずかしいやら、でも、それなら……と頷く。


「……行ってもいいのでしたら、よろしくお願いいたします」


「よし、なら行くか」


そう男は言うと、いきなり私の腰を引き寄せ、そのまま横抱きに持ち上げた。所謂、お姫様抱っこの持ち方で。


「ひゃっ……?!な、なぜ、えと、歩ける…歩けますので、おろしてください」


「タメ口でいい。いまさらだろ。あと、ダメだ。気づいてないだろうが、両足とも靴で擦りむけて血が出てる。ここから宿屋まではわりと近くだから、少し我慢してろ」


そう言い終わると、そのままスタスタと歩かれ、口を挟むタイミングを失ったまま連れられて行った。







そして、歩いて十分程で宿屋らしき建物にたどり着いた。


中をくぐると、人が少し混雑していて、いい香りがする。

一階が食堂、二階以上が宿屋になってるようだ。


ただ部屋へ向かうために、一度受付に顔を出さなければいけないようで、私を抱えたまま話しているのだが…。


周りからの目線が凄い。受付の年配女性からも、あらあらぁ!と目を見張られた。外では、人がほとんどいなかったからか露骨な態度はとられなかったが、宿屋に近づく度に視線は集まっていた。しかし、今はそれ以上だ。


「お、あんちゃん!さらって来たのか~~?」


酔った様子の男がニヤニヤと見つめる。


今日という日に、白いドレス、どこからどう見てもデビュタントを迎えた貴族の娘の格好だ。その上ぐちゃぐちゃな格好は、わけアリにしか見えない。


「変な言い方すんじゃねえ。余計なお世話だ」


私を抱く腕に力が籠る。

周りからは様々な目で見られるが、それらを後ろ手に彼は階段を上がった。



彼はズンズン歩くと、角部屋の前に止まった。


「ババア、入るぞ」


そう言い放つと、返事を確認しないまま足で扉をあける。

中は、ベットが二つ横並びになっており、空いたスペースに小さなテーブルと椅子が二脚。


その一脚に、赤髪の逞しい体躯の女性が鎮座しており、手には、刃物を持っていて布で拭っている。


「あ?ダレだ、その女」


「拾った」


「オマエ、誘拐したのか。モテないからってな、そこまで成り下がったのか!?」


「違うに決まってるだろ!変な勘違いするじゃねえクソババアッ」


もう一脚ある椅子に私をおろす。


「帰るところがないと泣いてたのを見つけた。だから、拾った」


彼は、被っていたフードを外し、そして、女性と同じ綺麗な赤髪を晒す。彼のとても綺麗な顔立ちに、ルビーより濃い赤い瞳、燃えるような赤髪に目を奪われる。


「足、出せ」


彼の声にハッとして、目線を下げる。彼は、いつのまにか私の前に跪き、カバンから瓶を取り出していた。


きっと、手当してくれるのだろう。でも、申し訳なさから足を出さずにいると、手が伸びてきて、そのまま靴を脱がされた。


「ご、ごめんなさい」


「気にすんな。痛いのはツラいだろ」


そのまま、優しい手つきで薬を塗り、包帯を巻かれる。


「あと、謝んな。何も気にしてねえからよ」


「……ありがとう」


優しさが身に染みた。今日一日のことを思えば、ありえない位の優しさだった。向かい側に座る女性も、優しい目つきで見守ってくれているのが分かる。


「…あの、助けてくれて、ありがとう。なんとお礼を言っていいか分からないわ」


そして、その優しさに、どう報いたらいいのか。


「…………」


一呼吸つき、決心する。


(わたくし)は、レア・ローズ・レヴィア。レヴィア伯爵の次女です」


顔を上げ、二人に向けて身分を明かす。

本来、身分は明かしてはいけない。

誘拐されたり、利用されるからだ。

自分のしていることの危険性に声が震える。


「わ、私には何の価値もありません。身代金も、出ないでしょう」


本来は、それ相応の金額になる。でも、家で無価値と判断されている私は違う。

仮に出たとして、少額の可能性が高い。

下手すれば”そのような娘はいなかった”で警邏に突き出される。


何故と問われれば、一晩でも行方をくらました貴族令嬢など無価値に等しいからだ。身の清らかさを重視する貴族社会では致命的な汚点。


あのオルレアン候と呼ばれた男も、きっと私への興味が失せているだろう。処女込みで、欲したはずだから。


だからこそ


「何の価値もない。けれど、なんでもします。できないことも、覚えます。だから、図々しいお願いだと分かっておりますが、少しの間だけ、ここにおいてください」


椅子の上から、頭をできる限り下げる。


父が見たら発狂ものだろう。

そして、これも、そこまで価値がないと理解してる。

でも、今の私にはこれしかできない。


「カオ、上げな」


上げた瞬間、赤髪の女性が私を抱きしめていた。


「アンタ、苦労したんだねぇ。普通、貴族の女はお礼どころか謝りもしないよ。しかも、こんな目を腫らしちゃってさあ……。よし、気に入った。私のおんn」


「オイ」


女性の背後にいる形になった彼が、首根っこをつかんでいた。


「おっと。つい本音が」


ニヒヒと笑って女性は頭を掻く。


「ハア…」


少し険しい顔して深い溜息をつく様子に狼狽しつつも、二人を交互に見つめる。


「安心しな。今日から、アンタは私の娘だ!」


「え?!」


「ハア…。娘か云々は気にすんな。俺たちは、レア、お前を歓迎する」


状況を理解した私は、震えながら口を開く。


「…ありがとう、ございます」


尽きたはずの涙が、また溢れてしまう。

私の様子に驚いた女性は、笑いながらきつく抱きしめて。


「泣き顔まで可愛いんだねぇ、レアは」


とスリスリ頬擦りされた。


「ババア、だからヨコシマな気持ちでさわるんじゃねえッ」


やり過ぎだと注意する彼。そういいつつも、一緒になって抱きしてくれる。


その二人からのハグに、私は、ただただ、喜びで噎び(むせび)泣いた。



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