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伯爵令嬢とその幼馴染の恋模様〜拗らせた初恋は実るのか〜

作者: 睦宮 月乃

この物語は主人公たちのイチャイチャをメインとしています。

 私――ミュリア・セーバルの好きな人は、騎士を志し、いつだって私を助けてくれる幼馴染だ。

 彼は紫がかった肩にかかるほどの黒髪が印象的な美青年で、筋肉の付きづらい体質なのかどうにも騎士というより文官に見える。そして、伯爵家の跡取りという立場にある彼は、お見合いの釣書をさばくのが大変になるほどモテ、最近は、王女様にも目をかけられていると聞く。


「ごきげんよう!ユーリ」


「ミュリアか、ああ」


 休みだというのに訓練をしている彼に声をかけると、振っていいた剣をおろし、こちらに向かって来てくれた。


「休みなのに訓練して。たまには休んでも良いんじゃないの?」


「そうだが……」


「まあ、いいわ。ほら、お茶にしましょう」


 きっと彼は私を幼馴染としか思っていない。私の事を女として見ることなんて無いのだろう。

 だって、家が隣でもなければ、私なんかが彼と関わることはできなかったはずだ。

 彼は優秀で見目も良いが、私は学園での成績は良かったが彼に比べれば平凡で見目立って不美人では無いといったところ。だから、彼の横に立てば、見劣りしかしないはずだ。


「いいが、汗臭くないか?」


「全然よ。むしろいい匂いね」


 つい本音がこぼれ、焦ったが、彼は何も気づいていなさそうだ。


 私は家から持ってきたお茶のセットを東屋に広げ、向かい合って座る。彼の休みのたびに来ているから、彼ももう慣れただろう。


「どうかしら」


 私はお菓子を出し、わくわくと彼がそれを口に入れるのを待つ。


「……うまいな」


「本当!うれしいわ」


 喜んでくれるのが嬉しくて、どうしても大量のお菓子を作ってしまう。


「そうだ」


「なに?」


「俺の婚約が決まったらしい。だから、これからはこうやってお茶をするのが難しくなるかもしれない」


 何気なく言われた言葉は私に大きな衝撃をもたらした。


「そう、なの……」


 いつかは誰かと婚約を結んでこんな日が来るのはわかっていた。でも、もう少しくらいこのままでいられると勝手に思い込んでいた。


「……相手は?」


「さあ、今日決まったと言われただけだから」


「私、帰るわ。お菓子は処理しておいてくれる?」


 彼の前では泣きたくなくて、無理やり口角をあげて、笑顔を作った。

 乱雑にポットやらなんやらをバスケットに戻す。


「じゃあ、ね」


 私は半ば駆けるようにその場から立ち去った。




 ***


 それからの私は泣いてばかりだった。

 何かをしようにも何も手につかず、気づけば彼の事を考えて涙が溢れる。


「ミュリア、今度夜会があるのだけれどね。どうかな?」


 お母様の優しい声が扉の向こうからする。


「い、行きます」


 私の口から出たのは、ひどく枯れた声だった。

 鏡を覗くと、ありがちではあるが綺麗に整えられていたミルクティー色の髪はパサツキ、あまり日に当たらないから白く、メイドのおかげでつやつやだった肌も見る影がなかった。


「はぁー、お母様、いつですか?」


「一ヶ月後よ」


「わかりましたわ」


 一ヶ月もあれば少しはマシになると思う。


「頑張ろう」


 私は気合を入れるために頬を二度たたき、深呼吸をした。



 ***



 夜会のために全力を尽くした。

 髪は極限まで艶を出してゆるく巻き、すべすべの白い肌を取り戻す。そして、ちょっとだけ珍しいルビーレッドの瞳に合わせて、ドレスも用意した。いつもなら着ないスタイリッシュなスレンダーラインのドレス。大きく広がることの無いかわりにふんだんにレースを用いることで華やかさを出す。胸元は深めに開け、レースので覆うことではしたなくないように気をつけた。


「うん、大丈夫」


 ユーリの横に並び立てるだけの美しさには足りない気もするが、いつもの何倍も綺麗だと自信を持てる。


 夜会の会場はと美しいドレスの女性や、男性でひしめき合っている。


「ミュリア!」


「あら、ユーリ。貴方も来ていたのね」


 結局、ユーリの婚約相手が誰なのかは聞けないでいる。でも、今はその人を連れていないのを見るに、まだ婚約自体は結んでいないのかもしれない。

 ただ、ユーリの周りには美人と有名な令嬢たちが集まってきているが。


「ああ、ミュリアこそ、珍しいと思うが」


「まあ、私も婚約者を探さないといけないもの」


 弟がいるから跡取りに関してはなんの問題も無いが、ずっと家に留まっているわけにはいかない。


「……好きなやつでもいるのか」


「……わからないわ」


 貴方が好きだなんて伝える勇気は無い。

 そんな勇気があったなら、初恋を十数年とこじらせることなんてなかったはずだ。


「そうか……」


 あの日からずっと話していなかったせいか、なんとなくギクシャクしてしまっている。


「まあ、そういうことだから。私は行くわ」


「ああ」


 私は手を振ってユーリと分かれる。


 それから、未婚で可能性のありそうな同年代の男性数名とダンスをしたが、どうにもピンと来なかった。


「あーあ」


 結局、夜会の最中だと言うのに、少し奥まったバラに囲まれたところまで来てしまった。


 さっさとこの恋心を捨ててしまえればいいのに、なんて。


「なあ、少しいいか?」


 なんて考えていたら、同じく庭に降りていたらしいユーリに声をかけられた。これは、運が良いのか悪いのか。


「ええ」


「前に、婚約者の話をしただろう?」


 ああ、傷口をえぐらないで欲しい。


「それで」


「その話は一旦止めてもらったんだ。なんでかわかるか?」


「知らないわ、そんなこと」


 何が言いたいんだろう。


「そうか……そのなんだ」


「なによ」


「……好きだ、俺と婚約してほしい。俺の両親は認めてくれている」


「え……」


 本気だろうか。後から撤回などと言われたら、何をするかわからない。


「お前は俺のことを幼馴染としか思っていないかもしれないが、好きだ、愛してる」


 畳み掛けるように言われ、なんと返していいかわからない。

 ユーリの瞳に欲望のような熱を感じて、胸が高鳴る。


「本当?」


 自分でも驚くほどに声が震えた。


「こんなところで嘘なんて吐かない。……俺のことが好きでなくてもいい。ただ、他に好いた者がいるのでないのなら、考えてほしい」


 一音一音から本気さが伝わってくるような、真剣な声色だった。


 好きな人に、好きだと伝えられて嬉しくない人がいるだろうか。

 いや、いない。少なくとも、私は泣きそうなくらいに嬉しい。


「……さっき、貴方に好きな人がいるかと問われた時、わからない、と答えたでしょう。でも、それ、嘘なの」


「それは、他に好きな者がいるということか?」


「!違うわ」


 私は咄嗟に否定する。


「なら、期待していいか?」


 交わる視線に、顔を逸らそうとしたら、頬に手が置かれた。

 私はとっさに、視線を下げる。だって、恥ずかしい。

 きっと、私の顔はどうしようもなく真っ赤だ。


「……?」


 ユーリは私としっかり目が合うように屈む。


 どうしよう、目が離せない。


 彼に魅入られて、囚われてしまったかのように、体が動かない。


「っあ。……期待して、ほしい」


 "好き"の言葉は出なくて、彼の言葉に乗っかって答えることしかできなかった。


 情けない。


「嬉しい」


 耳元でささやかれた。

 低すぎないその声は美しく、心臓から揺さぶられるように感じる。


「愛してる、ミュリア」


 チュッと耳元にキスが落とされる。

 そして、何度も顔全体を啄むように、額、頬、鼻、……と続々と唇が触れた。

 彼の顔は毛穴なんて見えないほどに美しいと、近づく顔に場違いにもそんなことを考えた。


「なあ、唇も良いか?」


 私は息を飲んだ。

 キスしていいなんていうのは恥ずかしい。でも、キスはしたいと思った。


「い、いよ。して?」


 私は目を伏せ、顔を上に向ける。

 女性の平均よりも私の身長は高いが、それでもユーリとは大きく身長に差があるのだ。


「ああ」


 微かに唇が重なる。

 さっきも思ったが、男の人なのにユーリの唇は私の唇よりも余程柔らかい気がした。

 そんな風に余計なことを考えないと、私は羞恥心に殺されてしまいそうだ。


 一度離れたと思えば、再び重なる。

 唇から溶け合ってしまいそうだ。


 どのくらい経ったのだろうか、一瞬のようにも永遠のようにも感じる時間だった。


「はぁ……」


 うまく息ができていなくて、大きく深呼吸した。


「ふっ。息できてなかったのか?」


 飽きれたような、けれども愛おし気な笑みが向けられた。


「ユーリは経験あるかもしれないけど、私は初めてなの。しょうがないでしょ」


 私は唇を尖らせて、拗ねて見せる。


 でも、やっぱり考えてはしまう。いくら女っ気がないと有名なユーリだってあれだけモテるのだから経験の一度や二度、なんなら片手では数えきれないくらいにあるかもしれない。


「……俺も初めてだが」


「え……」


 私は目を見開いて固まってしまった。

 しかし、あまりにも不思議そうに言っていて、嘘ではないだろうと思った。


「そうなの?あんなにモテるのに」


 それに、恥ずかしくて言えなかったが、とても心地よかった。

 恥ずかしかったがそんな気持ちになれたのは、彼のキスが上手だったからだと思う。


「初めてだ。好きな人がいるのに違う人とそんなことしないだろ」


「そう?男の人は奥さんがいても他の人と関係を持ったりすると聞くわ」


 そういうと、彼は心底心外だというように、ムッとした顔をする。


「そんな奴と一緒にするな。俺はそんなことはしない。絶対にお前だけを見る」


「そうなの……じゃあ、なんで上手だったの?」


 本当は聞くつもりなんて無かったが、好奇心の方が勝ってしまった。私はユーリみたいに綺麗なリップ音を出せる気なんてしない。

 昔は男の人はそういう事を習うのに先生をつけていたと言うが、今ではそれも廃れた風習。それとも、ユーリはその昔のように先生を付けていたのだろうか。


「上手だったのか……それは良かった」


「ユーリ?」


「あぁ、理由だったな。俺は娼館とかにもついていかなっかたから、付き合いが悪いとその理由を根掘り葉掘り聞かれて、それでその時に先輩にどうやれば上手にできるか教えられたんだ」


 苦い思い出を語るように微妙な顔をしている。


「役には経ったが、感謝はしたくない」


 大袈裟にため息をつくから、それが余計におかしい。


「良かったわ。ねえ、もう一回良い?」


「ああ」


 私は伸び上がって、ユーリとの距離を縮める。


「ん」


 さっきよりもずっと長いキス。恥ずかしさと幸せさに酔って熱にのまれ、全身が満たされるような気がする。

 か細い息だけでは辛く、あえぐように空気を求め、口を開く。


「っあ」


 開いた唇から覗いた舌先にユーリの歯が当たり、戯れにか、舌どうしが絡む。

 ただ、全身が満たされるような温かいだけだったキスは、徐々に欲望を曝け出させるようなものへと変貌していく。


 もっと……


 さっきまではこれで満足だったのに、もっと欲しくなるなんて麻薬のようだ。

 中毒性のある、とびきり危険な麻薬。


 チュ、と音がして唇が離れる。でも、銀の糸が引き、まだユーリと繋がっているみたい。


 密かな水音と熱い吐息だけが耳に残って、頭がぼぉっとする。


「もっと?」


 ユーリの小さな問に頷くと、クスリと笑い声がして抱きしめられる。


「可愛い俺のミュリア、愛してる」


 ユーリの言葉とは思えない甘い声音にびっくりした。


 固まっていると、ユーリの顔が首元に埋められ、大きく息を吸う音がする。


「ちょっと、嗅がないでよ」


 顔を離そうにも、いくら細身とはいえ騎士であるユーリの力に叶うわけがない。


「良い匂い。ミュリアの匂いだ」


 彼の唇が首に触れる。くすぐったくて、でも気持ちがいい。


「もう」


 怒る気にもなれなくて、でも何も言わないのも癪で、つい言葉になったのは、自分でも驚くほどに優しい声だった。

 それに驚いたのはユーリも同じだったようで、彼が上を向く形で至近距離で目が合う。キスをするときの方がずっと近かったが、上目遣いで見られるというのは、心にグッとくるものがある。


 そんなことを考えていると、何を思ったかユーリは頬ずりをしてきた。スリスリと当たるなめらかな肌と、柔らかい髪。そして、吐息。

 全部がくすぐったくて、私はつい笑ってしまう。


「ユー、リ。っちょっと」


 腹筋が痛くなるほど笑って、それが幸せだと感じた。


「俺を信じてくれ、絶対に幸せにする」


「そうね、私も貴方を幸せにするわ」


 私は無力だけど、ユーリのためにならなんだってできる気がする。


「愛してる」


「ええ、私も……その、愛してるわ」


 私達は名残惜しかったがその日最後の口づけを交わした。



 ***





「病める時も健やかなる時も、富める時も貧しき時も、死がふたりを分かつまで命の続く限り、これを愛し、敬い、貞操を守ることを誓いますか?」


「はい、誓います」


「ああ、誓う」


 あの日から半年後、貴族の結婚にしては異例の速さで式をあげた。

 私の両親も彼の両親も私達の結婚には賛成で、反対の声は挙がらなかったが、貴族の令嬢たちはユーリの結婚で大きな衝撃が広がった。特に過激だった一部に嫌がらせをされることもあったが、私が自分で追い返したり、ユーリが追い返したりするうちに、そんなものはなくなった。


「それでは、誓いのキスを」


 私はヴェールが上げられ、頬に手を添えられる。


「愛してる」


 耳元で囁かれた言葉に、私の顔は真っ赤になった。

 そして、唇に触れるだけのキスがされた。


「これからも、よろしく」


「ああ」


 これからはずっと、私はユーリのもので、ユーリは私のものだと思うとどこまでも幸せだ。

 私はそんな幸せに、ただユーリを見つめていた。


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