12-2
俺がユースティアに、向かって地面を蹴り、その距離を詰める。
剣を握り、垂直に振り下ろす。
だが、その刀身がユースティアに当たることは無い。
その前に見えない壁によって遮られるのだ。
「………………やっぱ、ダメだよな」
言葉を零しながら、ユースティアから距離を取る。
すると、それを見越したユースティアが腕を構える。
その瞬間、俺の背後から3本の剣が飛び出し、俺を超えてユースティアを襲う。
だが、それすらも見えない障壁に阻まれ、届かない。
「…………アンジーナ」
ユースティアはそう小さく呟いた。
それに対し、アンジェリカは不敵に笑いを見せる。
「決着をつけましょう、ユースティア」
そう宣言するアンジェリカの後ろにはアルドニスとローズさんの姿もある。
…………これで一応、準備は整った。
ユースティアはそのまま腕の先を振るい、その瞬間、見えない斬撃が床を切断してアンジェリカたちに迫る。
アンジェリカたちは急いでその場から離れ、斬撃を避ける。
秩序のヴァーテクス
ユースティア・テオス。
彼女の能力は空間に関係するものだ。
あらゆるものを切断する、空間切断
全ての攻撃を弾く、空間障壁
そして、視界の先に移動する、空間転移
攻撃と防御、そして回避あるいは奇襲。
それら全ての機能を兼ね備えるユースティアには隙がない。
――――――――――――と。
以前までならそう絶望していた。
ここまで何度もユースティアとはぶつかってきた。
その都度、苦いものを飲む気持ちで敗北を味わった。
けど、ヒントはあった。
ユースティアが終焉の森を越えられなかったこと。
アウルの攻撃がユースティアに通ったこと。
それらの事実が、彼女は完全超人ではないことを示している。奴の能力は対処可能で付け入る隙があることを示していた。
――――――――故に、仮説を立てた。
俺が実際に見た事実と、カルケリルが知っている事を合わせて、作戦を立案した。
「アルドニス、ローズさん!」
と大声で2人を呼ぶ。
「あぁ、分かってるぜ!」
それに大声で答えるアルドニスと頷きながら走ってるくローズさん。それを横目で確認し、俺は一気に駆け出す。
その方向はアンジェリカの方へと、ユースティアから逃げるように。
「あとは任せた」
「おう」
「えぇ」
と応える2人とすれ違い、アンジェリカの元へと駆け寄る。
「―――――――――――っ!?」
俺たちの行動を見て、ユースティアは僅かに動きを止める。
その隙に、俺とアンジェリカは城を出ようと動き出す。
「行くぜ、俺の槍を受けてみろ!」
アルドニスは構わず、槍を構えながら突進を試みる。
それに背中を向け、俺とアンジェリカは走り出し…………。
それを確認したユースティアが額に皺を寄せて酷い剣幕でこちらを睨んだ。
「逃がすわけ、ないだろっ!!!」
咄嗟に腕を構え、空間斬撃を放とうと姿勢をつくる。
そこに、アルドニスが突き出した矛先が迫る。
それを気にすることなく、ユースティアはこちらを睨み、腕を振るおうとして―――――――――。
―――――次の瞬間、赤い鮮血が散った。
アルドニスの放った槍はヴァーテクスを守る障壁に阻まれることなく、ユースティアの右肩を貫いていた。
「―――――――――っ!?」
ユースティアが口から血を吐きながら、驚きに顔色を染める。
そして、俺は身体を急停止させ、反転。
そのまま地面を蹴り、剣を振り上げる。
「上手く、いった!」
アルドニスも槍を引き抜き、追撃のために槍を振るう。
その瞬間だった。
ユースティアの瞳に力が戻り、見えない障壁に攻撃を防がれる。
甲高い音が鳴り響き、拡がる障壁に押される形で俺とアルドニスは吹き飛ばされる。
「――――――――くそっ!
あと一歩だったのに!」
空間障壁の拡張。
絶対障壁による防御と、相手との距離を開く一番ウザイ技だ。
「……………できれば、ここで決めたかったな」
俺はボソッと愚痴をこぼす。それにアルドニスも苦い表情を見せる。
一発目は完全な奇襲だから上手くいった。
だけど、次からは警戒されるだろう……………。
だが、変わらないものはある。
やっぱり、ヴァーテクスの弱点はみな同じだ。
目の前に立つユースティアは障壁の中心で、自分の左手を見詰めていた。
その左の掌には右肩からこぼれ落ちる血が溜まっている。
「……………………なるほど。さっきの攻撃は人間のものと見せかけた貴様の攻撃か」
ユースティアはゆっくりと顔を上げ、アンジェリカを睨む。
次の瞬間、ユースティアを護る障壁が消え、ユースティアの姿も泡が弾けるように消えた。
―――――――それは、一瞬の出来事!
「アンジェリカ!!!」
俺が叫ぶのと、ユースティアがアンジェリカの背後に現れたのは、ほぼ同時だった。
ユースティアの腕がアンジェリカへと迫る。
「――――――くっ!!」
だが、その腕が最後まで振り下ろされることはなく、ユースティアは逃げるように身を引き、アンジェリカから距離をとった。
あまりに咄嗟の行動に、アンジェリカは息が上がっている。対する、ユースティアも額に汗を浮かべて再度アンジェリカを睨む。
ユースティアの頬には真新しい切り傷が出来ており、そこから真っ赤な血が垂れている。
ユースティアの頬を切り裂いたもの。
それは、アンジェリカを中心に公転する剣だった。
アンジェリカが太陽だとするなら、回転する剣は太陽系の天体だ。
それぞれが違う速度、違う半径で回転し、アンジェリカを護っている。
「………………まさか、貴様に苦戦する日が来るとはな」
「なめないでよね!」
ユースティアの言葉に、アンジェリカは鼻息を荒くして答える。そこからは自信が見て取れる。
決して傲慢ではない、強かな自信。
「アルドニス、お前はアンジェリカの支援に回ってくれ。
攻撃は俺とローズさんが対応する!」
俺の言葉に、おうよ、と答えアンジェリカの傍に移動するアルドニス。
それを皮切りに、俺とローズさんが両側からユースティアへの攻撃へと移る。
空間障壁による防御、防御、防御。
空間転移による瞬間移動。
そこから空間切断による攻撃。
ユースティアのとる行動は大きく分けてその3つだ。
こちらの攻撃は通らず、瞬間移動で距離を取られ、あらゆるものを切断する手刀の斬撃で攻撃してくる。
言葉で見れば、勝率は少ない。
だが、隙はある。ユースティアの能力はひとつひとつを取り上げればかなり強力だが、完璧では無い。
なぜなら、ユースティアは3つの能力を同時に使用することが出来ないからだ。
障壁を展開したまま瞬間移動や切断攻撃は行えない。
攻撃を放つ瞬間に瞬間移動や障壁は展開できない。
そして、瞬間移動する場所は座標基準ではなく、視線の先にしか飛べない。
だからこそ、終焉の森を突破出来なかったのだ。
更に、突破出来なかったという事実からもうひとつの仮説が立てられる。
それは、防御障壁を展開中、ユースティアは動けないかも、ということだ。
そして、その仮説は俺の中で確信に変わる。
ユースティアはアンジェリカの背後に移動し、腕を振り上げる。
その寸前で、腕を止め、更に視界の先へと移動する。
「――――――――――っ!?」
――――――――――フェイント!?
心臓が一気に高鳴る。
そして、1回目の攻撃に備えようとしていたアンジェリカの背後に現れた、腕が完全に振り上げられる。
「――――――――――アンジェリカ!?」
その声とほぼ同時に、アンジェリカは反応を見せる。
だが、それでは間に合わない……………。
「させるかっ!!」
そこへ、アルドニスが腕を振り払う。すると、それに呼応するように、突風が吹き、アンジェリカの身体を吹き飛ばす。
きゃっ、と短い悲鳴を上げ、アンジェリカは風に攫われる形で攻撃を避けることに成功した。
「―――――――なんだと!?」
それに驚くユースティア。
その隙に、俺とローズさんは体勢を立て直し、攻撃へと転じる。
ナイスだぜ、アルドニス!
心の中で叫び、地面を蹴る。
だが、こちらの攻撃が届くよりも早く、ユースティアは次のポイントへと移動する。
瞬間移動は思っていたよりも厄介であり、防御障壁と合わせられると、なかなか攻撃を当てることは出来ない。
「………………フェイントには気を付けよう」
俺はそのまま、ユースティアと距離を取ってアンジェリカの傍へと下がる。
「ええ、そうね。それと、やっぱりユースティアを倒すにはカウンターしかなさそうね」
息を整えながら、アンジェリカの言葉に頷く。
瞬間移動と防御障壁が厄介であるからこそ、攻撃を引き出してカウンターを決める他に勝ち筋は無い。
幸いなことに、ユースティアは同時に複数の能力を行使できないのだから。
「―――――――次で決めましょう」
呼吸が整ったのを皮切りに、再び地面を蹴る。
能力で身体能力を底上げし、一気にユースティアまでの距離を詰める。
そこから、再び激しい攻防戦が始まる。
瞬間移動と防御障壁を織り交ぜながら、応戦するユースティアに対し、俺たちは傷を与えることが出来ず、ただ、体力だけが無駄に消費されていく。
攻撃に見せかけた瞬間移動からの攻撃。
時折折り込まれるフェイント攻撃に、脳機能が酷使され、酸素が足りないと、脳が悲鳴を上げる。
それでも、必死にユースティアに攻撃を仕掛ける。
30分以上、経過したと思いたいその攻防戦の中、ユースティアは何度か攻撃を仕掛けてきた。
それは、ユースティアにとって、都合のいいポイントに移動できた証であり、その度に俺たちの精神が削られることになる。
………………………だが。
俺とローズさんの攻撃。アンジェリカの操剣による支援。アルドニスによるアンジェリカの支援。
それらが組み合わされた布陣の中には、幾つかユースティアが入り込みやすいポイントをつくっておいた。
それは一見、俺たちに致命傷を与えることができる大きな隙であった。
だからこそ、ユースティアは簡単にそれに飛びついた。
それが、獲物を狩る為の罠だとは知らずに………。
ユースティアが得意げに腕を構える。
それは、遠距離からアンジェリカを狙って放つ斬撃の溜め。
ユースティアは特に深く考えることなく、その腕を振り払おうと試みて……………………。
その背後に、風を纏う槍の矛先が迫る。
それは、確実にユースティアを絶命に追い込む一撃だった。
そこに、声が響いた。
「血の刃よ、裂け!」
「―――――――っ、アルドニス!」
アンジェリカが叫ぶ。だが、それは既に手遅れで……………。
次の瞬間、目の前に血で造られた刃が拡がる。
「………………………くっ!」
それは広範囲に広がり、アルドニスは勿論、俺とローズさんも襲った。
俺はなんとか剣で防ぎつつ、耐えるがアルドニスはモロに攻撃を食らったようだ。
そこへ、攻撃の方向を変えたユースティアの腕が迫る。
ユースティアは標的をアンジェリカから、自身の背後に迫っていたアルドニスに変えて腕を勢いよく振り払った。
直後、防御不可能の斬撃が放たれ……………。
アルドニスは必死に身を捻り、斬撃を避けようとする。
だが、完全には避けきれず、右腕の肘から先がくるくると宙を舞った。
「――――――――――っ、がぁ、ぁぁぁ」
小さく、悲鳴が響く。
そこへ、再びユースティアの腕が迫る。
「――――――――――させるか!」
俺は無我夢中で地面を蹴り、剣を振り回す。
だが、攻撃は当たらず、ユースティアの姿が消える。
……………………俺の背後に。
「終わりだな」
ユースティアが腕を構える。
そこへ、アンジェリカの剣が数本飛び込んできた。
その隙を逃さず、アルドニスの身体を抱えて、大きく飛んで戦場から離脱する。
部屋の壁際に着地し、アルドニスを下ろす。
そこへ、ちょうどよくローズさんが駆け寄ってくる。
ローズさんにはあまり大きな傷は見当たらない。
「応急手当をするわ」
「お願いします」
俺はそれだけ言うと、アルドニスたちから離れて戦場へ戻る。
「さっきは助かった!」
「当然のことをしたまでよ」
アンジェリカにお礼を言って、剣を構える。
「……………くそ、最悪なタイミングだな」
目の前にいる敵はユースティアともう1人。
男のようにガタイのいい身体、紺色のベリーショートの髪。両腕に巻かれた白い包帯。そして、バルバードと呼ばれる斧の先端に槍がつく武器を持った女が立っている。
「…………………ルイーズ」
かつて、仲間だった者の名前を、アンジェリカが小さく呟く。
ルイーズはユースティアと並ぶようにこちらを睨み、バルバードを構えた。
そう、俺たちの情報をユースティアに流していたのはルイーズだったのだ。