11-6
空を飛び、雷を降らして戦争の火種を全て焼き殺した。
そして、世界中が混乱に陥る中、男は動き出す。
神の代理者。ヴァーテクスとしての運命を与える人間の選定へ。
この世から突然消えても困らない、必要とされない人間を。
貴族や王族、人の集団をまとめる長のような存在は無視した。
女であるが故に存在を否定された者。
力のない言葉を言うだけの学者。
子を亡くし、絶望に昏れる母親。
焼けた村でかろうじて生きていた青年。
周りに使い回され、病で倒れた女。
戦争に巻き込まれ、家族や家を失った少女。
家に引きこもり続ける少年。
お腹を空かせ、倒れていた少年。
そして、小さな洞穴に置き去りにされた、病弱な少女。
そして、数十年をかけて、世界の記憶を操作する。
王族や貴族を廃止して、平等を強制させ。
都合の悪いことは消去して、神である少女の存在を秘匿した。
そして、ヴァーテクスとしての条件を9人の人間に刻んでいく。
老いないこと。人間に攻撃されないこと。
そして、この世界にヴァーテクスを誕生させ、能力を与えて使命を与えた。
人間の生活、文明、思想をコントロールし、ヴァーテクスによる恩恵と災害。
飴と鞭を用いて、争いのない1300年を創り上げた。
そうして、それまでの世界は終焉となった。
♦♦♦
玉座の間の扉を勢いよく開け、中に人が入ってくる。
白と青の騎士服に身をくるんだユースティアが歩いていく。
「数名の反逆者を殺すために、このようなことをしたのですか!?」
その声には若干の焦りが含まれていることを、バジレウスは感じ取った。
「そうだ。だが、数名だけでは無い。アンジーナやその従者を殺すだけではダメだったのだ。奴らの思想は残り続ける。その思想を折るために、この手は最善手だった」
「関係の無い人々の中にも犠牲者が出ています!」
「必要な犠牲だ」
「……………反逆者の中には、私への情報提供者もおりました」
「必要な犠牲だ」
ユースティアの反論は全てその一言で片付けられた。
ユースティアはそれ以上、何も言うことなく部屋を去っていく。
その様子を玉座に座りながら見送ったバジレウスは顔を白い少女に向ける。
かつて、神と呼ばれた少女からは何の反応も見えない。
バジレウスは悔しそうに奥歯を噛み締め、呟く。
「…………大丈夫だ。これからまた始めればいい」
そう言い終えて、千里眼を発動させる。
世界の混乱、人々の状況を見て―――――――。
現在の状況を確認しようと千里眼を用いて、バジレウスは目を見開いた。
「…………………どういう、ことだ?」
その驚きはバジレウスの思考を停止させかけた。
何故なら、それはバジレウスの知らない概念だった。
そう。知りようのないものなのだ。
海と呼ばれる、水を渡る必要のなかったこの世界にて、発展するはずのない技術。
すなわち。船をバジレウスは観た。
「………………な、なんなんだ、あれは!?」
あんなものを事前に造れるとしたら、カルケリルしか存在しない。
バジレウスは視点を移動させてアンジーナやカルケリルを探し出す。
だが、見つからない。
水に沈んだ地表。その上を進む数隻の船。だが、そのどれもにヴァーテクスは乗っていない。
「どこだ、どこにいる!?」
繰り返される言葉には自然と焦りが含まれ始める。
そこで、ひとつの答えにたどり着く。
アンジーナの能力。
「……………………まさか、空、か?」
♦♦♦
バジレウスの推測通り、はるか上空を飛ぶ船の影があった。
その上には、着替えを終えたアンジェリカやカルケリルが乗っている。
そして、勿論。俺も。
「悪いな、俺が元居た世界じゃ、大洪水には方舟って相場が決まってるんだ」
この作戦をあらかじめ知らされてなかった、アルドニス、ローズさん、ルイーズは驚きのあまり言葉を失っていた。バルレやカルケリルの従者は予め情報がいっていたようだ。
対バジレウス戦の作戦会議をした夜。会議の前に俺とアンジェリカ、ドミニクさんはカルケリルから招集を受けてこの作戦の概要を聞かされていた。
…………というより、俺とカルケリルが仕組んだのだ。
予め、予測されていた事態に備え、制作されていた船。そして、それを隠すためにわざとバジレウスたちへ情報が流れるように嘘の会議を開いた。
それがあの夜、急遽開かれた巨大馬車、鉄の塊大作戦の全容だ。
「……………………間に合ってよかった。結構ギリギリだったからね」
船の上でカルケリルが息を吐いた。
冥界でバジレウスの襲撃を受け、水攻めにあった瞬間、アンジェリカが素早く動いた。アンジェリカの干渉能力で冥界に転がっていた適当な岩を浮遊させ、落ちてくる水に逆らいながら、全員を回収して地上に帰還した。
その際に丁度、俺たちを探しに来るため、賭けの街を出立したカルケリルの従者たちが乗ってきた船と合流を果たし、直ぐにアンジェリカの能力で地上を離れた。
カルケリルの従者たちも上空都市へと変貌を遂げる街から船で出立したタイミングはどうやらギリギリだったらしい。
「カルケリル様、カイロンさまはもう……………………」
従者のひとりが口を開く。その傍らには横になったまま動かないカイロンの姿がある。
「この戦いが終わったら、丁寧に埋葬してくれ」
「わかりました」
船の上ではアンジェリカだけが頑張っている状態だ。
他の人間はそれぞれ、これから始まる最後の戦いに向けて準備を進めている。
「……………………おそらく、バジレウスは自身の行動を最小限に減らしたうえで、一番楽に俺たちを殺せるように計画していた。実際に動き始めたのはテラシアが死んだ頃か。
アウルを殺すために動き、俺たちを反乱軍として世界中に手配した」
「でも、それは他の人間に私たちを殺させるためではなく、孤立させることが狙いだった」
そう答えたのはドミニクさんだった。
「そうだな。それで、俺たちに協力しようとしていたカルケリルを動かした。その後はデービルに襲撃させ、被害を出させながら時間を稼ぎ、カイロンを使ってアンジェリカを拉致。俺たちが冥界に向かうように仕組んだ」
その後は終焉の森を切断し、洪水によって俺たちを確実に殺し、思想という懸念点ごと折ろうとしていた。この洪水によって世界の状況は大きく変わる。そんな最中、反乱軍としての柱であるアンジェリカとカルケリルが死ねば、反旗を翻そうと考えることすらなくなるだろうな。
カルケリルの従者も、船がなければ上空都市から出ることなく、世界の変化に身を任せていただろう。
「……………………だけど、全ては予測通りだった」
俺の言葉を補完するような形でカルケリルが口を開く。
「……………………彼、のね」
船は進む。この世界の中心へ。
「……………………バジレウス。お前は間違いを起こした。これまで、この世界の人間はただの傍観者に過ぎなかった。アンジェリカを指名手配した時も、人間たちは動けなかった。それはアンジェリカがヴァーテクスであるが故にだ。人間はヴァーテクスを傷つけることができない。物理的にも、精神的にもだ」
でも、お前は世界を巻き込んだ。
俺たち反乱軍を殺し、残りそうな思想を滅ぼそうと考えたうえで、手早く、簡単に俺たちを殺すために。
それが何よりの間違いだ。
「……………………人は変わる。もう、ただの傍観者ではいられない」
アンジェリカが俺の隣にやってくる。
「……………………決着をつけましょう」
「――――――あぁ、革命を始めようぜ」
不敵に笑いながら、目線の下に見え始めた中央都市に宣戦布告をする。
最終決戦の火蓋は斬って落とされた。




