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無名頂上種の世界革命  作者: 福部誌是
11 終焉の日
95/119

11-4

「……………………盗賊、ですか」


 男の目の前にいる少女が口を開いた。


 その声は透き通るような声で、聞くものを魅了する不思議な魔力が込められているようにも感じた。

 1分か、あるいは10分か。


 男は我に返り、周囲を見渡す。


 一体、どれだけこの少女に見惚れていたのか……………………。


 冷や汗を拭い、男は安堵の息をこぼす。


「どうやら他にはだれもいないようだな」


「ええ。ここは私の寝室ですので」


 男の言葉に、少女は答える。

 そこにどんな感情があるのか、男には読み取れない。

 が、少なくとも恐怖を感じている様子はなさそうだ。


「……………………女神さまもお眠りになるんだな」


「この身体は人間のものですので」


 妙な言い方が、少しだけ気になった。


「という事は、中身はほんとうに女神さまとでも?」


「……………………いいえ。…………………………………………どうなのでしょうね」


 長い沈黙の後、女神は顔を俯かせ答えた。


「……………………衛兵を呼ぼうとはしないんですね」


「……………………この屋敷の主が財産を奪われたとしても、私に非はありません」


 男は女神から視線を逸らすことなく、壁に背を張り付けて移動する。


 棚をあさるが、そこには何も置かれていない。


「……………………外したか」


「どうやら、ここには何も置かれてないようですね」


「……………………女神様なら最初から分かっていたんじゃないんですか?」


「いえ、女神だからと言ってすべてがわかる訳ではありません。神も含め、この世に完璧なものは存在しないのです」


 その不思議な瞳のせいか、女神には圧倒的な存在感があった。


「……………………まさか、この都市に女神さまがいらっしていたとは。知りませんでしたよ」


「そうですね。私に関わることはどうやら、極秘として扱われるようなので」


「……………………そうか」

 とだけ告げ、男は扉まで移動する。扉の向こう側に人の気配がないことを確かめ、静かに開く。


「……………………もう、行ってしまわれるのですか?」


 不意に囁かれたその言葉に、男は身体を止めた。


「長居は出来ませんので」


 女神の言葉に、寂しさを感じさせるものが含まれている気がする。そんな幻想を振りほどき、男は部屋から出ようと試みる。


 すると、部屋の外に広がる廊下の先から数人の男の声が近付いてくるのを感じた。




 話の内容までは聞き取れないが、どうやらこっちに迫ってきているらしい。


「クソ、今日はここまでか」

 男は扉を静かに閉め、入ってきた窓へと踵を返す。


「……………………くそ? とはどういう意味ですか?」


 純真に首を傾げる女神。


「そんなこと、女神さまが知る必要はありませんとも」


「……………………なるほど、そうなのですね。

 そうだ、お願いがあります」


 そう言って、初めて女神が身体を動かす。


「なんだ、俺は急いでいるんです」


「私を、ここから連れ出してくれませんか?」






 その言葉の内容に、男は思考を停止させる。



「な、なにを言ってるんですか」


「無理なら断ってくれても構いません。ですが、この世界に生きる多くの人間がどのように暮らしているのか興味があるのです」


 女神は自身の胸に手を当て、そう言い張る。

 女神が立ち上がり、初めて気づく。

 背丈やスタイルも子供のそれだ。


 まだ成長しきってないあどけなさが残っている。

 その中に輝く女神としての神聖さ。本来なら同居するはずのないふたつの要素が混じり合い、歪さを感じさせる。


 まただ。また、女神の瞳の魔力に魅せられる。


 男たちの声が扉の手前まで迫ってきた。

 そこで、男は我を取り戻し……………………。






 復活したばかりの思考で、決断する。



 男は急いで部屋の中に戻り、女神の手を引く。

 そして、窓の外へと飛び出す。


「わっ!」

 と悲鳴を上げる女神と、「縁に捕まってください!」と叫ぶ男。

 はやく建物から逃げなければ、追手が迫ってくる。



 その時だった。急に強く吹いた風に身体を飛ばされ、女神さまが足場から崩れ落ちていく。

 それを受け止めようとして、男も壁から飛び降りる。


 何とか女神さまを守るように頭を抱え、受け身の姿勢をとる。




 だが、不思議なことが起きた。



 地面に向かって落下するはずの男と女神の身体が急に減速し止まる。

 そして、上に浮き始める。




「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 今度は男が悲鳴を上げる番になった。



「危なかったので、力を使いました」

 女神は少女のような笑顔を男に見せる。


 男と女神の身体は風に包まれたように、夜の空を横断する。

 遥か脚の下には街中の光が見える。


「…………………綺麗だな」


「そうですね。この輝きのひとつひとつに人間の暮らしがあると思うと、感慨深いです」




「それより、力って何ですか」


「女神としての力です。貴方に死なれたら、私を案内する人間がいなくなってしまうではないですか」


 そう無邪気に答える女神さまに、男は息を呑み込んだ。


「女神さまの力って、何でもできるんじゃないんですか?」


「何でもは出来ません。色んなことは出来ますけど、有能な能力ではあっても万能の能力ではないのです。例えば、ものを一瞬で壊したり、直したり、怪我の治癒や死んだ人間を蘇らしたりなどは出来ませんね」


「そうなんですね。すこし、思い違いをしていたかもしれません」


「神にもできないことは当然あるのですよ。さて、どこに降ろしましょうか」





 男と女神の空中飛行はほどなくして終わり、人の目のつかない場所に静かに降り立つ。



「人の生活内容が知りたいんでしたよね」


「ええ、そうです。できるだけ大勢の生活内容が知りたいのです」


「わかりました。付いてきてください。と、その前に姿を隠す方法を考えないとですね」



 そうして、男は女神を引きつれ街の喧騒に溶けていく。






「目が見えずとも、力を使えばある程度の事はわかります」

 と女神が申すので、男は適当に少し高価そうな布と衣類を買い、女神に渡した。

 人気のない場所で着替えさせ、布で顔を隠すように促す。


「これで、正体はバレない筈です」


「ありがとう」


 そのあと、男と女神は食料を買い、子供たちが待つ教会跡地へと向かった。


「そう言えば、女神さまも栄養を取る必要があるのですか?」


「身体は人間ですので……………………呼び方を変えなければなりませんね」


「そうですね」


 女神の言葉に、男は賛同する。


「そう言えば、まだ貴方の名前を聞いてなかったわ」


「……………………ただの、バージです」


「バージですか」と女神は考える。


「バルジーナ、というのはどうかしら」


「いいと思います。では、バルジーナ様とお呼びいたしますね」


「……………………別に敬語は不要よ。軽く接してくれればいいわ」


 女神さまの言葉に、男は悩むもそれを受け入れる事にした。


「じゃあ、行くか。バルジーナ」


「えぇ、ありがとう」





 そして、男と女神は教会の中へと入る。


「わー、バージおじさん!」


 そう言って子供たちが集まってくる。


「そのお姉さんは誰?」


 女神を見て、首を傾げる子供たち。


「この人はここに来る途中で知り合ったんだ」



「ねぇ、その目って見えてるの?」


 目を隠す女神に、子供たちの興味が引かれる。


「見えてるわよ」


「じゃ、今何本指立ててるでしょう」


 質問をする子供たちに、女神は的確な答えを言う。

 すると、「すげー!」と歓声が上がる。

 そんな様子を見て、男は微笑ましそうに口角を上げた。











 夜も深け、ご飯を食べ終わった子供たちは睡眠時間となった。


 教会の外で黄昏れる女神に、男は後ろから声をかける。



「………楽しそうだったな」


「ええ、とても」



 2人の間に、なんとも言えない沈黙が訪れる。



「…………どうして、人間の暮らしなんかが気になったんだ?

 女神様なんだから、生活に困ったことなんてないだろうに」



 男は、疑問に思ったことをそのまま口にした。


「……………あるわよ。生活に困ったこと。

 今、神である私を取り巻く勢力は大きくわけて3つ存在している。

 ひとつが私を女神だと讃えて賞賛する勢力。

 ふたつめが私の存在を危険視して抹消しようと考える勢力。

 みっつめが私の力を私利私欲に行使しようと考えている人たち」



「…………それはまた、普通では想像もできない悩みだな」


「そうでしょ。争って欲しいなんて思ったことないのに、勝手に争いを始めて民たちを巻き込もうとしている。

 一心に私を信仰する人間も、自分が救われたいという想いだけで祈っている。

 そこに私自身の感情が入る余地なんてないのよ」


 女神はどこか寂しそうに、そう言った。




「…………うーん。難しすぎて俺にはよく分からんな」


 男は腕を組み、難しい顔を見せる。



「……………とりあえず、思ったより窮屈ってことね。

 まぁ、こんなこと普通の人間からしてみれば贅沢な悩みかもだけど」


 夜闇の中、後ろに立つ教会から漏れる光の下で女神は笑った。

 その光景に、またも男の目は釘付けになる。


 不思議な女神の瞳は布で隠されているのに。



「…………ここにいる間は、ゆっくり羽を伸ばせばいいさ」


「うん。そうさせてもらうわ」



 女神の力を持つ少女と、怪盗が共に過ごす初めての夜はこうして幕を閉じていく。




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